夏合宿、恋模様 7
そして、今年はたった1週間の帰郷。
しつこい陽菜からは解放されるものの、遼太郎にとっての実家への帰省は、葛藤との戦いだった。
今すぐにでも、みのりに会いに行きたい。だけど、遼太郎には、まだ今の自分を胸を張って誇れる自信がなかった。
お互い狭い街にいるのに、バッタリ出会えるようなこともない。すぐ近くにいても、会おうと思って行動しなければ、所詮会えないものなのだ。
「兄ちゃん。今の俺の担任、みのりちゃんなんだぜ。」
ましてや、弟の俊次からそんな話を聞かされると、会いたい気持ちがいっそう勝って、それを抑え込むのに多大な努力を要した。
「それで、つい最近、家庭訪問でこの家に来たんだぜ。」
遼太郎が必死に苦しさに耐えているなんて知る由もない俊次は、無邪気そのもの。追い打ちをかけるように、こんなことまで言ってくるので、思わず遼太郎は殴ってやりたくなる。
みのりは、どんな気持ちでこの家に足を踏み入れたのだろう……。
――…もしかして先生はもう、俺のことなんて、何にも感じなくなってるかもな……。
会えなくなって2年半が経とうとしている。それは、みのりにとって自分が〝過去の人〟になるのに、十分すぎる時間だと思った。
そんな想像をすると、あまりの切なさに体が震えてくる。
「そうそう、仲松先生ね。俊ちゃんの個別指導もしてくれてるのよ。」
さらに、台所にいて俊次の会話を聞いていた母親がそう付け足してくれるものだから、遼太郎の切なさにいっそう拍車がかかる。
「…俊次の成績があまりにも悲惨だから、先生も見るに見かねたんだろ。」
感情を押し隠し強がるために、つい嫌味のようなことが遼太郎の口を衝いて出てきた。
「…えっ?!…なっ!なんだと!!」
痛いところを指摘されて、俊次は憤慨したが、遼太郎の言葉に母親は面白そうに笑った。
「そうそう、遼太郎の言う通りよ。…でも、先生のおかげで、俊ちゃんも最近はちゃんと課題もやってるのよね。」
「課題をやるのは、当たり前のことだろ。」
遼太郎の呆れたような物言いに、母親は優しい笑顔を向けてくれた。
「遼太郎はその点、全く手のかからない子で、お母さん、本当に助かったわ。」
そう言われてしまうと、遼太郎も毒気を抜かれて返す言葉がなくなる。肩をすくめながら、飲み物を飲んで手にあったグラスをシンクへ持って行く。
「あ、遼太郎。今日は夕方からお墓参りでお寺に行くから、出かけないでよ。」
台所を出て行くときに、母親から背中に向かって声をかけられた。
それを聞いて、遼太郎は思い出す。みのりがお寺の娘だったことを。お盆ということもあり、みのりもきっと今頃は、実家であるお寺に帰省しているに違いない。
この街にいないのに、バッタリ会えるなんてことも起こり得るはずがない。
みのりの実家であるお寺がどこにあるのか、遼太郎は知らない。どんなところでどんなふうに育ったのかも知らない。
こんなにも好きで好きで、愛しくてしょうがない人のことなのに、遼太郎は知らないことが多すぎた。
みのりについて色んなことを知ることができないまま、別れてしまった。それほど、一緒にいられた時間が短すぎた。
今、遼太郎が思い描くみのりは、その短い時間の記憶に頼った実体のないもので、本当のみのりとは違っているのかもしれない。
そんなふうに思うと、今すぐに本物のみのりに会いに行きたくなる。この手に抱きしめて、触れて、声を聞いて、記憶の中で反芻しているみのりが、本物と違わないことを確かめたくなる。
でも、別れた日のことを思い出して、躊躇する。まだ自分は半人前だし、胸を張って会いに行ける自信もない。遼太郎の思考は堂々巡りを始め、葛藤はますます深く絡みついてくる。
結局、遼太郎は二俣と一緒に部活に1回ほど顔を出しただけで、早々に帰省を切り上げて東京へと戻ってしまった。




