夏合宿、恋模様 1
大学も夏休みになり、ゼミ生たちが待ちかねていたゼミ合宿が始まった。
彼らが、飛行機に乗りバスに乗って到着したのは、沖縄ではなく――九州のとある県だった。
何故、沖縄ではなくなったのか…。
それはまず第一に、ゼミの担当教官から当初出した計画を、「中身が薄すぎる。遊びに行くのが目的なのか?」と却下されたこと。
そして第二に、夏休みシーズンの沖縄はやはり割高で、旅行費用が高額になり、ゼミ生の中でも不参加を表明するものが多かったからだ。
夏休みまでにあまり時間もないのに、ゼミ生たちは一から計画を立て直す必要に迫られる。
といっても、2年生は初めての合宿で勝手がわからない。4年生は就職活動の真っ最中の上、合宿で卒論の中間発表をしなければならず、それの準備に追われている。必然的に、3年生がその任に当たらねばならなかった。
そして、こんな時に頼りにされるのが、普段から真面目で適切な判断ができる遼太郎だ。
高校の時までは、こんな場合でも誰かが仕切ってくれるのに黙って従っているだけだった。初めに行先を沖縄に決める時にも、周りの成り行きに任せて、遼太郎はほとんど口を出さなかった。
それなのに、今のこの状況になって、どうしてこんなに頼られてしまうのか、遼太郎自身も分からない。
しかし、戸惑っている場合ではなく、せっかくの研修の機会がなくなってしまうかもしれない。
遼太郎は満を持して意見を出し、再生可能エネルギーを利用した発電所に見学に行くプランを提案した。すると、藁をも掴みたい状態だったゼミ生たちは、すんなりとそのプランを受け入れて話が進んでいく。
けれども、そういった発電所は全国にたくさん点在していて、効率よくそれらを見学する場所を選定するには、ずいぶんな調査が必要だった。
そんな時、積極的に協力してくれたのが、長谷川陽菜だ。もちろん、佐山や気の利く樫原も一緒に調査に当たったが、陽菜は文句一つも言わず、まるで遼太郎の手足のようによく動いてくれた。
それは、遼太郎を恋い慕う気持ちがあればこそで、陽菜は遼太郎のために努力を惜しまなかった。
その陽菜の気持ちを知っていればこそ、遼太郎は彼女とはなるべく関わりたくないと思っていたが、そんなわだかまりも感じさせないほど、陽菜は明るく軽快だった。
何よりも、陽菜は打てば響くように機転が利き、彼女の情報収集能力には目を見張るものがあった。
「すごい!陽菜ちゃん!!よくこんなに早く、これだけのことを調べて来たね!」
陽菜がゼミ室のテーブルに広げた資料の量とその質に、佐山が感嘆の声を上げる。
実際、陽菜のこの能力に頼らざるを得ない場面も多々あり、遼太郎よりも佐山などは彼女に対する信頼を厚くした。そんな佐山の言葉を受けて照れる陽菜だったが、その視線の向く先はいつも遼太郎だった。
遼太郎は、陽菜に変な期待をさせないように特別にねぎらうことなどはしなかったが、複雑な思いを抱えながら、陽菜の行為を拒んだり否定することもしなかった。
元々利発なことに加え、何にでも興味を持ち知識を増やすことを楽しむポジティブさ、可愛らしい笑顔をいつも絶やさない陽菜は、そこにいるだけで周りを明るくする。
いつしか遼太郎や佐山や樫原の間にいることが自然となり、四人組で生協のランチに行くこともよくある光景となりつつあった。
そんな変化を伴って迎えたこのゼミ合宿。
3泊4日間、遼太郎と一緒にいられる陽菜はもちろん嬉しそうだ。遼太郎も自分がかねてより行ってみたかった場所に行けることもあって、気持ちは十分充実している。
他のゼミ生たちも皆でワイワイやれるだけで楽しそうなのに、一人うかない顔をしていたのが、樫原だった。
陽菜と付かず離れずの遼太郎と、すっかり気を許してしまっている佐山。
大概の女の子とはすぐに打ち解けて仲良くなる樫原だったが、陽菜にだけは心に引っ掛かるものがあった。
陽菜はいつも遼太郎の側にいたがる…。
このバスに乗り込むときも、陽菜は女の子同士で座るよりも、すかさず遼太郎の隣に座ろうとした。しかし、遼太郎もさすがにそれは避けようと、場所を移して樫原の隣へとやって来る。
皆の気付かないところで繰り広げられている二人のこんな駆け引きを、樫原は何度も目撃していた。
いつの間にか自分たちの間に入り込んでいた陽菜にも強い違和感があり、空気を読んで楽しそうに会話はするけれども、樫原は決して陽菜に心を許していなかった。




