遊園地 8
バーガーショップから外へ出てみると、まだ昼下がりにもかかわらず、もう夕方のような暗さになっていた。雨粒こそ落ちてきてはいないが、いつ降ってきてもおかしくないような状況だ。
「夕方になる前に、降ってきそうですね。」
消沈した面持ちで、遼太郎がどんよりと曇る空を見上げる。
「大丈夫よ。室内で遊べるところだってあるでしょう?」
みのりはそう言って、この状況を悲観しないように思わせてくれるが、雨降りの遊園地ほど冴えないものはない。
「…室内で遊べるところって…?」
遼太郎が眉を寄せると、みのりは遊園地の見取り図を開いてみた。
「ほら、ここ。3Dシアターなんか、イケるでしょう?」
みのりと頭を並べて、遼太郎も一緒に見取り図を覗き込む。
「あ、これ。スリラーハウスも室内ですよね?」
遼太郎がそう言った瞬間、みのりが突然身を引いた。
「…お、お化け屋敷は、…嫌よ!」
極端なみのりの反応に、遼太郎は驚いて顔を上げる。そして、口元をニヤリと歪ませた。
「先生…、もしかして怖いんですか?」
「こ、怖くなんかないけど…!びっくりするのが嫌なだけ。」
「ふうん。びっくりするから、怖いんじゃないんですか?」
遼太郎は珍しく、みのりをからかうようなことを言う。すると、みのりは必死で本心を隠そうと、顔を真っ赤にして目を白黒させる。
そんな素直なみのりの反応を、遼太郎は面白がっているわけではなく、ただ単に可愛いからもっと見たいと思っているだけだ。
「…暗闇の中で、また誰かに抱きすくめられて、身動き取れなくなるのは、困るもんね。」
みのりが文化祭での出来事を暗示してそう言った瞬間、形勢は逆転した。
遼太郎の顔が、焦りでみるみる赤くなる。
「あっ、あの時は…、わざとじゃなかったんです…!」
「抱きすくめるのも、わざとじゃなかったの?じゃ、他の女の子が来ても同じことをしてたんだ。」
ちょっと意地悪そうな目で、みのりは遼太郎の顔色をチラリと確認する。
「いや!あれは、先生だったから。他の人だったらしてません。…先生、やっぱり、あの時のこと気にしてたんですね?」
遼太郎が躍起になって弁明するものだから、みのりは可笑しくなって声を立てて笑い出した。
「別に、相手が遼ちゃんだったから、胸を触られたりしたのは気にしていないわ。」
「……!」
ゆでダコのようになって、遼太郎は言葉を呑み込んだ。あの時の柔らかい感触が、遼太郎の右手に甦ってくる。
「ただ、気になるのは、私と分かっててしたってことの方よね。…まさか、あの頃から私のことを想ってくれてたのかな…って。」
激しい鼓動で乱れている遼太郎の胸に、みのりの言葉が染み透る。みのりが自分の気持ちを受け止めてくれていることが、遼太郎はとても嬉しかった。
「…あの時は、先生のことが気になってしょうがなかったけど、まだ、好きなのかどうかは…。本当に好きだって自覚したのは、先生が前に付き合っていた人と別れたことを教えてくれた時です。」
遼太郎の目から焦りは消え、深い眼差しでみのりは見つめられた。痛みを伴うような胸の鼓動が、みのりの中で起こり始める。
まだ、暑さの残る秋の初めだった。あの時、一緒に見上げた空の青さを、みのりは思い出した。
あの時から、ずっと遼太郎は想ってくれていた――。
遼太郎がいつもみのりのことを見守って、優しく寄り添ってくれたからこそ、みのりも恋の魔法にかかり、遼太郎を深く想うようになった。
「…私はね。花園予選の決勝戦の時よ。遼ちゃんのドロップゴールを見た時に気づいたの。遼ちゃんのことが好きなんだって…。」
二度目の告白のようなみのりの言葉に、遼太郎の全身に震えが走り、鳥肌が立つ。
あの花園予選の決勝戦の時、みのりの心の中でそんな大きな変化が起こっていたなんて、遼太郎には想像さえできなかった。
「…そんな、前から…?」
と、遼太郎がつぶやく。
淡い期待をしたことならあるが、みのりがそんなふうに想ってくれているなんて、遼太郎は卒業式の日に告白するまで全く気付くことなどなかった。
「遼ちゃんは生徒だったし…、それに、こんな年上の私に想われるのなんて…迷惑だろうと思って、必死に隠していたからね…。」
そのころの切なく苦しい想いを思い出したのか、みのりは少し声を詰まらせた。
遼太郎の手のひらには、みのりを懐にきつく抱きしめたい衝動が湧き出してくる。その衝動と必死で戦って、みのりの手を取ることに押し止めた。
みのりはその手に視線を落とし、それから遼太郎を見上げ、切ない目で微笑んだ。
「…雨が降り始める前に行きましょう…。」
遼太郎がそう言葉をかけると、みのりの目に戸惑いが混じる。
「スリラーハウスじゃなくて、観覧車。これなら先生でも大丈夫でしょ?」
遼太郎は優しい眼差しでみのりへと微笑み返し、手を繋いだまま観覧車の方へと誘った。
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明けまして おめでとうございます。
いつも作品を読んでくださり、時にはお声などもお聞かせくださって、本当にありがとうございます。大変嬉しく、励みにもなり、拙いながらも小説を書き続けることができています。
どうぞ今年も、この作品をよろしくお願いいたします。
まだまだ先は長い物語になりますが、気長に読んでいってくださいませ(*^^*)
皆実 景葉 2018.1.1
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