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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
不本意なデート
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不本意なデート 7




 夕刻になりつつあったが、梅雨の晴れ間の日は長く、太陽が照りつける中、二人は言葉も少なく歩き続けた。陽菜にしてはずいぶん歩いてきた気持ちだったが、やっとのことで明治神宮の入口にたどり着いた。


 南参道から入って行くと、そこには東京とは思えない景色と空気が広がっている。うっそうと生い茂る木立の中はひんやりとして、二人はホッと息を吐いた。

 遼太郎は木々の梢を一巡り見渡すと、歩調を緩めてゆっくりと参道を進んで行った。



 大鳥居をくぐる頃、黙って遼太郎の隣を歩いていた陽菜が、不意に口を開いた。



「……そういえば、明治神宮には、『清正の井戸』がありましたよね?」


「清正の井戸?」



思いがけないことに、遼太郎も訊き返す。



「ほら、何年か前に、パワースポットって言われて、写真を携帯の待ち受けにすると『いいこと』があるとか言われてましたよね?」


「……ああ。」



 そういえば、井戸の写真を撮る人が行列を作っているニュース映像を、遼太郎も見たような覚えがある。それに伴って、記憶の中の微かな知識も浮かび上がってきた。



「せっかくですから、清正の井戸にも行ってみましょう!」



 ここに来ることは思ってもいなかったはずなのに、陽菜はもう楽しみを見つけているようで、弾んだ声でそう言って遼太郎に笑いかけた。



『清正の井戸』は、遼太郎の当初の目的ではなかったが、陽菜の笑顔につられて思わず同意してしまっていた。



 明治神宮に参拝する前に参道を外れて、こんこんと清水の湧き出す井戸に向かってみたが、あの時の熱狂ぶりが嘘のように閑散としていた。

 陽菜はスマホを取り出して、井戸の写真を何枚か撮っていたが、遼太郎はそれが終わるのを傍らで眺めながら待っていた。



 それから、明治神宮の境内に入り、一通り型通りの参拝を済ます。

 陽菜が「大御心おおみごころ」を授かるための「くじ」を引き、それを開いてみている。そんな陽菜を横目で見ている遼太郎に、陽菜が不思議そうに声をかける。



「狩野さんは、引かないんですか?」



 そう尋ねられて、遼太郎は肩をすくめた。



「…あんまりそういうの、興味ないんだ。」



 興味がないというよりも、引きたくないというのが本音だった。


 おみくじを引いて、そこに「恋愛、実らず」だの「待ち人、来らず」などと書いてあることに、惑わされなくない。自分の運命を決定づけられたくない。



「自分のことは、神様の助言がなくても自分で決めるよ。なりたい自分になるために努力してるから、必ずそうなると思ってるし。」



 そう断言する遼太郎を、陽菜は意外に思ったらしく、目を丸くして見つめている。



 明治神宮の〝くじ〟は、いわゆる一般的な〝おみくじ〟ではなく、そこに運勢なんて書いていない。けれども、陽菜は、



「…そうですよね。狩野さんがそう言うなら、私も今度からそう思うことにしよっと。」



と、敢えて遼太郎を肯定するように、ニッコリと表情を和ませた。


 陽菜のこの受け答えは、遼太郎を慕っていればこそ出てくるものだったが、既にそこに意識のない遼太郎は、陽菜の言葉を軽く聞き流した。



「……というより、ここに来たのは、お参りするためじゃなくて、他に目的があるんだ。」


「……?」



 陽菜は笑顔を疑問の色に塗り替え、首をかしげて遼太郎を見上げる。

 その仕草に、今度は遼太郎の感覚が一瞬ピクリと反応した。この自分を落ち着かなくさせる感覚は、陽菜とあまり一緒にいたくない理由の一つだった。



「ここには森を見に来たんだ。ここから『神宮の森』を巡って、北池の方まで行ってみようと思ってるんだけど。」


「…は。もり?」



 遼太郎の思惑は、本当に思いがけなかったみたいで、陽菜は口をぽかんと開けて瞬きをしていたが、すぐに気を取り直した。



「たまには、森林浴しながら散歩するのもいいですよね!」



 そう言いながら、陽菜は異を唱えることもなく、遼太郎の後を付いてきた。



 本当ならば、何ものにも煩わされず、ここには一人で来たかったと、遼太郎としては思わなくもなかったが、こんなことでもなければ来る機会はないかもしれない。


 遼太郎は心の中で何度も溜息を吐きつつ、本来の目的である森の中へと足を向ける。





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