不本意なデート 5
遼太郎が座るメインスタンドは、辛うじて日陰になりつつあったが、どうやら今日は真夏日らしい。選手たちがプレーをする芝生の上は初夏の太陽が照りつけている。
そのピッチに、スタメンの選手たちに代わって、控えの選手たちが出てくる。その選手たちが体をぶつけ合い練習する様を、遼太郎は再び食い入るように見つめながら、手元にあったペットボトルの水を一口含んだ。
「――狩野さんって、本当にラグビーが好きなんですね。」
周りでざわめく観衆の会話の中に、その言葉を聞いて、遼太郎の動きが止まる。確かに『狩野さん』と聞こえたけれども、周りに知り合いはいなかったはずだ…。
ゴクンと口の中の水を呑み込んで、声がした方へ振り向いてみる。……すると、遼太郎の隣の席に、長谷川陽菜が座っていた。
一瞬、どういうことか理解が出来ずに、遼太郎の表情は固まり、言葉を失う。しかし、その視線には『何で?』という疑問が醸されていたのだろう、陽菜は肩をすくめて小さく笑った。
「…私も、ラグビー、観てみたいと思って…。」
その一言を聞いて、遼太郎はますます絶句してしまう。思考が完全に混乱してしまっていた。
そうしている内に、また選手たちがピッチに登場して歓声が上がる。遼太郎が陽菜に何も話しかけないまま、ハーフタイムが終わり、後半が始まってしまった。
目の前で再び始まった激しい闘いを観ている内に、遼太郎の意識も再び選手たちと同化し、陽菜の存在を忘れた。
自分が理想とするラグビーを、まさに体現してくれているようなオールブラックスの選手たちには、何度も感嘆のため息をこぼした。日本の選手たちも、なかなかトライまで持って行くのは難しかったが、たまにいいプレーを見せてくれた。
しかし、後半の後半になるにつれて、どんどん力の差が歴然としてくる。オールブラックスにたて続けにトライを決められ、50点以上の点差があき、試合をする選手たちはもちろんのこと、観る側にも少し疲れが出てきた。
すると遼太郎の意識の中に、陽菜の存在が浮かび上がってくる。
――…彼女は、どうしてここにいるのだろう…?
陽菜は、チケットは人からもらった物で、1枚しかないと言っていた。なのに、彼女もここにいて…、しかも遼太郎の隣にいるということは…?
初めから、チケットは2枚あったということだ。
陽菜と二人きりで行く話だったら、遼太郎はこのチケットを絶対に受け取ったりしなかった。陽菜も、そんな遼太郎の行動パターンを読んで、嘘を吐いたのだろう…。
本当に陽菜はラグビーのファンで、遼太郎にはただの好意でチケットをくれただけなのか…。それとも……。
もう一つの厄介な可能性が頭をかすめて、多分そちらの方が現実なのだろうと、遼太郎は推測する。
試合が終わって、日本代表の健闘を称える拍手を贈った後、陽菜を無視するわけにもいかず、遼太郎は陽菜に向き直った。
陽菜は遼太郎から視線を向けられて、ニコリと笑みを返す。そんな無邪気な笑顔を見ても、遼太郎からはため息しか出てこない。
「…どこからどこまでが嘘だったのか、説明してくれるかな?」
いつも優しい遼太郎が笑い返してくれないことに、陽菜も神妙な面持ちになり、微妙な空気が辺りに漂う。
「……人からもらったって言ったのも、チケットが1枚しかないって言ったのも、全部ウソです……。」
――…やっぱり…!
陽菜の告白を聞いて、遼太郎の顔つきがますます険しくなった。
「…それじゃ、君が俺の分のチケット代も払ってるんだな?」
凄味のある声色に、陽菜はただ頷くしかできない。遼太郎はチケットに印字されている金額を確認して、財布を取り出す。
「とにかく、金は払うよ。試合を観られたのはありがたかったけど、もうこんなことはしないでほしい。」
冷たくあしらうような遼太郎の態度を目の当たりにして、陽菜の神妙な顔の眉間に皺が寄り、仏頂面になる。
「そのチケットは狩野さんにあげたんだから、お金は受け取りたくありません!」
陽菜の反発的な態度に、遼太郎の声もいっそう不機嫌になる。
「そういうの、逆に困るんだよ。」
「いやです!!」
そう言い捨てると、陽菜はきびすを返してスタンド席の階段を駆け上って行く。試合が終わり、競技場をあとにする観客たちの人ごみに紛れて、すぐに姿は見えなくなった。




