不本意なデート 3
そうやって和やかな会話を交わしながら図書館の入口に差し掛かった時、向かいから歩いてきた3人ほどの男子の集団を見て、樫原の表情が固まった。
その集団から目を逸らして、そそくさと図書館へ入って行こうとする樫原の背中に向かって、声がかけられる。
「おやおや、樫原猛雄ちゃんじゃないか!間違えてないか?そこは新宿2丁目じゃないぞ?」
男の一人がそう言うと、あとの2人が大声をあげてゲラゲラと笑った。その嘲った笑い方に、遼太郎も顔をしかめる。
「…なんだ、あいつら?知り合いか?」
遼太郎の質問に、樫原は遼太郎以上の不快さを隠さずに答える。
「附属中学の時からの同級生。僕を見かけると、いつもあんなふうにからかってくるんだ…。」
「あんなふうって…?なんで『新宿2丁目』なんだ?」
その疑問に、樫原の顔がいたいけな女の子のように歪んで、今にも泣き出しそうになる。
「……新宿2丁目って、ゲイとか同性愛者が集まる街だよ。」
樫原の説明を聞いて、遼太郎の顔色が変わり、鋭い視線を男たちに投げかける。図書館に入りかけていた体を翻して男たちの方へと向かうと、威圧するように立ちはだかった。
「自分が何を言ってるのか、解ってるのか?二十歳を過ぎた大人だったら、自分の言動をもう少し自覚しろよ。」
初めて面と向かう遼太郎に、いきなり攻撃的なことを言われて、樫原に言葉を放った男も遼太郎を睨みつける。
「…猛雄と一緒にいるところを見ると、お前もゲイの仲間かよ?」
反省するどころか、そんなことを言い出した相手に、遼太郎は珍しく逆上した。
「俺がゲイだったら、どうだって言うんだ?誰がどんな相手を好きになるのかなんて、他人にとやかく言われることじゃない 。ゲイの何が悪いのか言ってみろよ。」
鬼気迫るほどの形相だったが、遼太郎の声は深く静かで、却ってそれが相手を怖気づかせた。決まり悪そうに唇を歪ませるだけで、しばらく何も言葉が出て来ない。
「ゲイの何が悪いのか、答えてみろって、言ってんだろ!!」
追い討ちをかけるように語気を強めて、遼太郎が同じ言葉を繰り返すと、横にいた他の男の方が口を開いた。
「…べ、別にゲイが悪いなんて、言ってないだろ?」
屁理屈をいうような返答に、遼太郎は今度はその男と正面の男と2人を、鋭い目つきで交互に見据えた。
「悪くないなら、負い目だってないはずだ。じゃあ、何で今みたいに、樫原をからかうんだよ?」
「……………。」
「だいたい、樫原がゲイかどうかも知りもしないで、からかうってどういうことだよ?」
遼太郎の正論に圧倒されて、男たちは何も言えなくなる。かと言って、暴力に訴えるほど、この男たちもバカではなかった。遼太郎の体つきを見たら、自分たち3人がかりでもケンカには勝てそうもない。
「……わっ、悪かったよ!…も、もう言わねーから…。」
樫原に暴言を吐いた男は、そう言い捨てると、逃げるようにその場を立ち去る。あとの2人も、樫原とは目も合わさずに、その男のあとを追った。
遼太郎とその男たちとのやり取りを、樫原は図書館の入口で見つめるばかりだった。いつもは、どうでもいいことでも口を衝いて出てくるのに、何も言葉が出てこないどころか、体がすくんでそこから動けなかった。
これまでも、佐山と一緒にいる時に、こんな風にからかわれてしまうことが何度かあった。けれども佐山は、「気にするな」と言うだけで、面倒な奴らに関わろうとはしなかった。
もちろん、樫原自身が自分でどうにかする問題だけれども、当然何も言い返すこともできず、会うたびに不快な思いを繰り返していた。
「これで、もうからかってこなくなると思うよ?もし、また何か言われたら、俺に言ってくれればいい。」
〝ふとどき者〟たちを退治してくれた遼太郎が、別人のような笑顔で樫原に歩み寄ってくる。
樫原は安心するどころか、この遼太郎の親切に却って泣きたくなるような気持ちになった。
「…でも、このままじゃ、あいつら狩野くんのことを『ゲイ』だって思っちゃうよ?」
そんな樫原の心配を、遼太郎はいっそう明るい表情でフッと笑い飛ばす。
「あんなヤツらにどう思われようが、別に気にすることじゃない。」
それから遼太郎が見せてくれた笑顔。
全てを無条件に受け入れてくれるような笑顔を見た瞬間、樫原は自分の中の何かが覚醒したような気がした。
図書館のエントランスを横切って、中に入って行く遼太郎を目で追いながら、その「何か」が逃げていってしまう前に捕まえようと、思わず声を上げる。
「……狩野くん!」
名前を呼ばれて、遼太郎は立ち止まって振り返る。
「あのね、僕ね……。」
けれども、事務的な用件を聞くような遼太郎の様子に、何も具体的な言葉が出てきてくれず、樫原は曖昧な感覚を飲み込んだ。
「……いや、なんでもない…。…ありがとう。」
遼太郎はそんな樫原を訝しむこともなく、小さく一つ頷くと、新聞コーナーへと足を向けた。




