不本意なデート 2
「遼太郎?お前、バイトって?この前インターンシップに行った会社か?結局、バイトに行くことにしたんだな。」
佐山からその話題を振られて、遼太郎は肩をすくめて相づちを打つ。
「うん。ちょうどバイトの募集をしてたから。あの会社の環境関連の事業って色々あって…。バイトをすると、インターンシップで見えないところも見えるかな…って。」
「確かに、バイトで働かされると、そのギョーカイがよく見えることもあるよな。」
「でも、最近はバイトにあれこれ責任のあることやらせたり長時間働かせたりする『ブラック』なところもあるらしいから、気を付けてね。狩野くん。」
と、佐山との会話の中にも、スルリと樫原が入り込んでくる。
佐山の怪訝そうな表情に引き替え、遼太郎はそれをうっとうしがることなく、ニッコリと笑顔で応えた。
「うん、心配してくれてありがとう。気を付けるよ。」
遼太郎の言葉に樫原は、遼太郎以上に輝く笑顔で応えて気を良くする。
「それじゃ、狩野くん。早速旅行社に行こ♪」
「えっ!?もう今から行くのかよ?合宿のことだし、俺も一緒に行きてーから、次の講義が終わるまで待っててくれてもいいじゃんか。」
置いてけぼりを食らう佐山が不機嫌そうな声を上げると、樫原はしかめっ面で佐山を見返す。
「それ、去年取ってるはずの講義だよね?単位落としちゃう晋ちゃんが悪いんだよ。それに僕、狩野くんとデートしたいんだから、邪魔しないでよ。」
樫原の佐山とのやり取りを聞いて、遼太郎の表情も苦くなる。
「……『デート』って……。」
樫原のこういう発言は、どこまでが本気なのか分からなくて戸惑ってしまう。
「…なっ?!何だと!!猛雄、お前。許さん!!」
と、佐山が樫原を捕まえようとしたところを、樫原はサッとしゃがんでそれを躱した。
「へへーん!そんな簡単に捕まらないよー!!」
「猛雄!このやろ!!」
二人はゼミ室の大きなテーブルを挟んで、ぐるぐると周りで追いかけっこを始める。その辺にいた女の子たちが少し迷惑そうな表情を浮かべたが、佐山にぶつかりそうになった一人は却って嬉しそうに体を硬くした。
「佐山、講義が終わるまで待ってるから。旅行社との打ち合わせも、一緒に来てくれた方が助かるし。」
遼太郎の判断で、樫原の〝デート〟という目論見は却下され、佐山を待つことになった。
そう言われて佐山は樫原を追いかける理由がなくなり、樫原も消沈しておとなしくなる。そうやってその場を収めた遼太郎に、後輩たちは頼もしそうに尊敬の眼差しを注いだ。
佐山を待っていることになったのはいいが、これと言って何もすることがなく、手持ち無沙汰になってしまった。
樫原はゼミ室のパソコンで、沖縄の観光名所などを調べていたが、遼太郎はこの時間を利用して図書館に行くことにした。
また後でゼミ室で落ち合うことにしようとしたのに、樫原はパソコンの電源も落とさずに遼太郎を追いかけてきた。
樫原が遼太郎にまとわりついて気を引こうとするのはいつものことだが、3年に上がってゼミの後輩が出来た頃から、その態度はいっそう顕著になった。
「狩野くん、よく図書館に行くけど、図書館で何してるの?」
樫原にとっては素朴な疑問なのだろう。図書館ですることと言えば、だいたい想像がつくはずだが、こんなことを訊いてくるあたり、情報通の樫原でも図書館にはあまり行かないらしい。
「図書館で本を読むに決まってるじゃないか。それに、いろんな新聞もあるだろ?」
「ふーん、新聞をわざわざ読まなきゃいけない?ネットでも十分情報は入ってくると思うけど?」
「うーん…。新聞を読み慣れるまでは俺もそう思ってたけど。ネットと新聞じゃ違うよ。新聞は限られた紙面の中で、情報が凝縮されてる感じがするんだ。俺、教職取ってるだろ?もし将来公民科の先生になったら、やっぱ色んなことを知っておかなきゃいけないし。色んな情報をまんべんなく蓄えておきたいんだ。」
遼太郎がそう語るのを聞いて、樫原は目を丸くした。
「…えっ!?狩野くんって、学校の先生になろうと思ってるの?インターンシップに行ってるくらいだから、東京の会社に就職するつもりなのかと思ってたけど。」
そんなふうに反応する樫原は、ショックを受けているようにさえ見えた。その樫原のショックを和らげるように、遼太郎はニッコリと笑って答える。
「いや、可能性の問題で。今のところ、先生になろうとは思ってないけど。もしかしたら、その資格を役立てなきゃいけなくなる時が来るかもしれないし。」
「…なんだ…。でも、それじゃ、教育実習なんかにも行かなきゃ、だよね?」
「うん、まだ実習に行ける単位を取ってからだから、行くのは来年の今頃かな?」
「…ええっ!!就職活動の真っ最中だと思うけど、……大丈夫?」
樫原の心配は、遼太郎も気がかりだったことで、渋い顔をして眉根を寄せる。
「……俺の予想では、来年の今頃には内定をもらっていることになってるんだ。」
「……狩野くんて…。案外楽天家なんだね…。」
呆れたように樫原が合いの手を打つと、遼太郎はフッと笑いを含めた息を抜いた。
「確かに大変だとは思うけど、今の段階じゃ、諦めたくないんだ。まだ就職も教職資格も、どっちも手に入れられるチャンスはあるから。」
かつて受験勉強と花園予選で大変だった頃、みのりにそうやって叱咤されたことを、遼太郎は思い出していた。
みのりを思い出す遼太郎の得も言われぬ優しい笑顔に、樫原は思わず見とれて、それから自分も笑顔になった。




