不本意なデート 1
遼太郎が、同じゼミの2年生長谷川陽菜から初めて声をかけられたのは、まだ梅雨入り前の6月のことだった。
「このチケット。知り合いからもらったんですけど、1枚しかないし、狩野さんにあげます。」
週に1回行われるゼミ生のミーティングを終えた時、ゼミ室の一角で、不意に関係のない話を持ち出してきた。
遼太郎は差し出されたチケットに目を落として、そこから目を動かせなくなる。
それはラグビーの試合のチケットだった。しかも、日本代表と何とニュージーランド代表オールブラックスの試合。さらに、S席の指定席だった。
サッカーほどメジャーでないラグビーの試合とはいえ、これはプラチナチケットだった。遼太郎も入手しようと試みたが、すぐに売り切れてしまい、結局手に入らずじまいだったものだ。
何としても観戦したいと思っていた試合のチケットが、目の前にある!
遼太郎はほとんど無意識にそのチケットを受け取ってしまっていたが、突然我に帰る。
「…いや、でもこれ。指定席だし、金は払うよ?」
嬉しい反面、あまり口も利いたことのない後輩からタダでもらうのは、あまりにも気が引ける。遼太郎は財布の中身を思い出しながらそう言葉をかけた。
「いえ、私ももらった物ですから。…狩野さん、高校の時ラグビーやってたって聞いてたから、試合の価値が分かる人に行ってもらった方がいいし。」
しかし、陽菜がそう言いながらニッコリと明るく笑うと、遼太郎よりも、側にいた佐山の方がその可愛らしい笑顔に見とれてしまう。
「いいじゃないか、遼太郎。せっかく『陽菜ちゃん』がくれるって言ってるんだから、好意を無駄にするなよ。」
女の子に対して、特に可愛い子に対してソツのない佐山は、陽菜とはもうすでに〝ちゃん〟付けで呼ぶ仲らしい。
それはともかく、佐山が口添えしてくれて、遼太郎はようやく素直にチケットを受け取ることができた。
「…ありがとう。」
「どういたしまして。」
遼太郎が礼を言うと、陽菜の表情はいっそう輝いて、ニッコリとまぶしい笑顔を見せてくれる。
その笑顔に、遼太郎の胸の底がトクンとざわめく。
今日初めて、陽菜の顔をまじまじと見たのだが、陽菜の笑顔には可愛いだけではなく、遼太郎を落ち着かなくさせる何かがあった。
のどから手が出るほどだったチケットなのに、何とも言いようのない〝心持ちの悪さ〟も、一緒に抱え込んでしまったような気分になった。
「狩野くん。」
だが、そのやり取りを傍目で見ていた樫原が呼んでくれたので、遼太郎はそのモヤモヤした感覚から解放される。手にあるチケットをきちんと財布の中に仕舞い、樫原へと振り返った。
「今日この後何も用事がなかったら、今日の打ち合わせのこと、旅行社に行って相談してみよっか?」
「そうだな。今日はバイトもないし。うん、行こう。」
樫原の提案に、遼太郎も快く頷いた。
〝今日の打ち合わせ〟とは、夏休みに行うゼミ合宿についてのこと。この日、候補地が沖縄に決まり、遼太郎と樫原は旅行社との話し合いをする担当になっていた。
大学生活も後半に入り、ゼミでの研究も本腰を入れて取り組まねばならない時期となりつつあった。来年の今頃は、もう就職先が決まっているだろうか…。そして、その後は卒業論文が待ち構えている。
卒論のテーマは、ゼミの担当教官が適切なものを提案してくれたりもするが、遼太郎は何とか自分の力でそれを見つけたいと思っていた。
そのためには講義も単位を落とさない程度に、何でもテキトー…というわけにはいかず、何か自分の未来につながるものを見いだすことに必死だった。
というより、そうしていないと不安に駆られる。みのりに向かう正しい道を、着実に歩んで行けていないような気がして…。
そんな熱心な研究態度と、分け隔てなく誰にでも親切な遼太郎は頼れる存在として、同級生はもちろん後輩からも慕われていた。




