さまよう心 10
みのりはもう何も言わずに、二俣の言葉を聞いて首を横に振った。こんなみのりを見て、二俣も業を煮やす。
「何が、『狩野くんのため』だよ?自分が傷つきたくなかったから、ありもしないことを一人で勝手に想像して別れたのかよ?」
二俣の言っていることは、真実を衝いていた。
高校を卒業して離れ離れになった恋人たちが別れていく様を、みのりは何度も目の当たりにしていた。自分と遼太郎も、そうなってしまうことを恐れていた。
大人になって価値観が変わった遼太郎に、捨てられてしまうのが怖かった――。
「『遼ちゃんのため』の一番は、みのりちゃんが寄り添って側にいてやることだろ?みのりちゃんだって本当は、そうしたいって思ってるはずだ!」
二俣の断言を聞いて、みのりは弾かれたように顔を上げ、二俣を見つめ返す。
「…逃げるなよ、みのりちゃん。ちゃんと自分と向き合って、『怖い』と思うことにも立ち向かえよ。」
だけど、今のみのりには、二俣の言葉を受け入れて行動を起こす勇気はなかった。『逃るな』と言われているのに、足が勝手に動き出して二俣に背を向けていた。
二俣はそんなみのりを追いかけては行かなかったが、その背中に向かって声を張り上げた。
「それが、ずっと俺らを応援し続けてくれてたみのりちゃんかよ!?」
みのりは振り返ることもできず、二俣を振り切るように駆け出した。
このままでは、職員室へは戻れない。涙が溢れ、体の震えが止まらなかった。植え込みと校舎の間の陰に身を隠して、気持ちを落ち着けようと懸命に深呼吸を繰り返す。
遠くから聞こえるヒグラシの物悲しい鳴き声に加え、近くの木で鳴くツクツクホーシの声が共鳴している。その閑かな空間で、みのりは涙を拭い、ようやく正気を取り戻した。
傾いてもまだ力強い夏の夕陽が照りつけて、息が詰まりそうな暑さがまとわりつく。夕陽が作る長い影を見つめながら、みのりは今の自分を顧みた。
――…また、逃げてしまった……。
そのことを自覚すると、またみのりの目から一筋の涙がこぼれて落ちた。
夜になり、なんとか自分のアパートの部屋にたどり着いても、みのりは何も手につかず、ただほんやりと暗い部屋の中の窓辺にたたずんだ。
今日の衝撃があまりにも大きくて、こうやって何も考えず、静かに自分を取り戻す時間が必要だった。
その時、みのりの携帯電話のメールの着信音が鳴る。机の上に置いていたバッグから携帯を取り出してみると、二俣の名前が表示されていた。
ようやく落ち着きつつあったみのりの心臓が、再び不穏に脈打ち始める。今日のこともあって、そのメールをどうするべきか迷ったが、
『逃げるなよ……!』
二俣の言葉がみのりの頭の中に響き渡った。大きく息を吸い込み、覚悟を決める。
開いてみた二俣のメールには、「遼ちゃんの住所」と件名があり、東京の遼太郎の住所だけが記されていた。




