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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
さまよう心
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さまよう心 9




「……みのりちゃん。みのりちゃんは、どうなんだよ?…どうして遼ちゃんと別れた?」



 投げかけられた二俣の言葉は、雷のようにみのりを貫き、みのりは直立したままどうにも動けなくなる。二俣へ向ける眼差しには恐れが宿り、優しい教師のものではなくなった。



 『どうして?』と訊かれても、簡単には言い表せない。あの時は、そうしなければならないという思いに囚われていた。



「……それは、狩野くんのために……。この街を出て行く狩野くんを、自由にしてあげなきゃ…って思って……。」



 それは、遼太郎と別れてしまった哀しみをなだめるために、何度も自分に言い聞かせてきた一番正当な理由だった。

 しかし、みのりの声は震え、それはまるで言い訳のように二俣の耳には聞こえた。



 二俣の大きな目に見据えられて、みのりは落ち着かなげにブラウスの裾を握った。



「『自由』ってなんだよ?別れることで遼ちゃんが『自由』になったと、みのりちゃんは思ってるかもしれないけど、同時に遼ちゃんは『希望』を失ったんだぜ?」



 二俣の言葉が、追い打ちをかけるように胸に突き刺さる。息が苦しくなってきて、嗚咽が喉元にこみ上げてくる。



「……希望のない人間が自由になれたって、その自由に何の意味があるよ?」



 その二俣の一言でとうとう堪えきれずに、みのりの両方の瞳から涙が零れ落ちた。

 あの時の遼太郎の心を思うと、みのりの胸にも切り裂かれそうな痛みが走った。



「…でも、大学には若くて可愛い子が大勢いて…。もし他に誰か好きな人が出来たら……、その時苦しまなきゃならなくなるでしょ?…二俣くんだって、実際彼女と別れる時に苦しんだでしょう?」


「…俺だって、他に好きな子が出来たわけじゃないけど。俺と遼ちゃんを一緒にするなよ!遼ちゃんに限って、そんなことは絶対にない!!」



 二俣は、親友のために必死だった。みのりに恋をして切なかった遼太郎も、想いが通じ合って嬉しそうだった遼太郎も知っている。


 その遼太郎の哀しみで沈んだ目を、これ以上見たくなかった。今の境遇の中で、必死で希望を見つけだそうとしている遼太郎が、哀しくてしょうがなかった。



 何も言わずに、ただ泣いているみのりの涙を見て、二俣はみのりもまだ遼太郎を想っていると確信する。



「そんなふうに泣くくらいだから、みのりちゃんだってまだ遼ちゃんのことが好きなんだろ?……遼ちゃんに会いに行ってやれよ。みのりちゃんから『会わない』って言われてるから、遼ちゃんは馬鹿みたいに〝先生〟の言いつけを守ってて……、自分からはどうにも動けないんだよ。」



 二俣の指摘がみのりの心を深くえぐって、〝たてまえ〟という箱の中に整理して直し込まれていた気持ちを、ぐちゃぐちゃにかき混ぜ始める。


 遼太郎に会いたくて会いたくてたまらないのが、みのりの本当の気持ち。


 記憶の中の遼太郎に抱きしめてもらってキスしてもらうのではなく、毎日新しい遼太郎の息吹を感じ取り、その腕の力強さを感じていたかった。



 けれども、みのりは唇を噛むと、いっそう大粒の涙を零し始める。



「……ダメ……。出来ない……。」


「…何で出来ないんだよ?」


「……怖いのよ……。狩野くんが大学に行って、もうずいぶん時間が経ってしまったでしょう?狩野くんは高校生のままの狩野くんじゃないわ。」


「そうだよ。遼ちゃんだって、もう子どもじゃない。21歳になってる。でも、どうしてそれが怖いんだよ?」



 二俣に責め立てられるように問い質されて、みのりはもう逃げ場がなくなってしまった。涙で濡れる顔を両手で覆って、自分の心にあるものを吐露するしかなかった。



「狩野くんはこの狭い街から飛び出して、広い世界に出て行ったのよ?そこで、ちゃんと前を向いて、自分の意志で歩き出して…。きっと物を見る目や感じ方までも変わってしまってる。…それに引き替え私は、この狭い街のこの学校の中だけで毎日変わらない生活を繰り返して…。ただ年を取っただけ。都会の洗練された若い女の子に比べたら、私なんて…、…ただのオバサンにしか思えないでしょう?」


「何言ってるんだよ?そりゃ、遼ちゃんだって変ったところもあるだろうけど、みのりちゃんへの気持ちは変わるはずない。そんな簡単に心変わりするくらいなら、初めから〝先生〟だったみのりちゃんを好きになったりするわけない!」



 みのりだって、二俣に言われなくても、そう信じていたかった。自分に懸けられていた遼太郎の愛情が、高校生とは思えないほど、とてもとても深かったことも解っている。



 けれども、2年以上の時は、そんな強い想いも風化させてしまう力を持っている。ましてや、遼太郎に想いを寄せる人間が近くにいれば、その風はいっそう強くなる。




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