遊園地 7
昼食は、ちゃんとしたレストランもあったけれど、遊園地内を随分移動しなければならなかったので、手近にあったバーガーショップで済ませることにした。
昼食くらいは奢ってあげようと、みのりがバッグから財布を取り出そうとすると、遼太郎がそれを制した。
「今日は、俺に出させて下さい。」
「え…。でも…。」
アルバイトさえしていない高校生の遼太郎に、自由になるお金なんてたかが知れている。みのりは、そんな遼太郎に奢ってもらうことに、気が引けた。
「大丈夫です。俺、普段小遣いを使うことないから、随分貯まってるんです。先生が食べる分くらい…。」
遼太郎はみのりに気を遣わせないように、にっこりと笑う。
心の中では、いつもみのりに出してもらうなんて、ヒモみたいでカッコ悪いと、遼太郎は思っていた。
その意図を汲んでくれたのか、みのりは、
「まあ…、ラガーマンみたいには食べないから、安心して。」
と、遼太郎の好意を素直に受け入れた。
みのりは先に注文した後、トイレに行き用を済ませて、遼太郎の姿を探した。遼太郎がカウンターとテーブルを行き来している場所に歩み寄り、そのテーブルに置かれた食べ物の量に唖然とした。
「…え!?これ!間違えて注文しちゃったの?!」
もう一つトレーを持って来ている遼太郎に、声をかける。
テーブルの上には、ハンバーガーが4つにポテトも4つ、その他諸々のメニューの品々がある。
「まさか、俺が食べるんです。…先生のは…。」
と言いながら、遼太郎は山と積まれた食べ物の中から、みのりの注文したバーガーを取り出した。それを受け取りながら、みのりは開いた口がふさがらない。
「これ全部、本当に食べられるの?!」
「もちろん、普段はもっと食べますよ。」
「ウソ…!」
油っこいバーガーを一つ食べただけでお腹いっぱいになってしまうみのりは、その状況を想像しただけで胸が悪くなりそうになった。
けれども、以前一緒に焼肉を食べに行った時の遼太郎の食べっぷりを思い出して、合点をいかせた。
そして、遼太郎は相変わらずの旺盛な食欲を見せて、バーガーたちはあっという間に遼太郎の口の中へと消えてなくなっていく。
「でも、ラグビーしなくなって、そんな感じで食べてたら、太っちゃいそうね。」
みのりがそう指摘すると、5・6本のフライドポテトを束にして口に放り込んでいた遼太郎が、視線を合わせる。
「実はまだ、ラグビーやってるんですよ。今はまた毎日部活に行ってます。」
それを聞いて、みのりは嬉しそうに笑顔になった。
「そっか。春休みにある練習試合、助っ人で出るって言ってたから、練習しとかないとね。」
「…え。先生、知ってるんですか?」
遼太郎が目を見張ると、みのりはいっそう嬉しそうに身を乗り出した。
「うん、江口先生に教えてもらった。応援に行ってもいいのかな?」
「もちろんです!」
力強く遼太郎が頷くと、
「わぁ!また、遼ちゃんがラグビーしてるの見られるなんて、すごく嬉しい!!」
と、みのりは両手を胸元に握って、満面の笑みを見せてくれた。
その笑顔に、遼太郎の目は釘付けになり、胸はキュゥーンと愛しさのあまり切なく絞られる。
思わず、抱きしめたくなった衝動を抑え込むように、遼太郎は口を開いた。
「…スタンドオフは宇津木がやるんで、俺はセンターにまわるんですけど。」
「そっか。でも、2年生のときも、センターだったんでしょ?」
みのりにそう言われて、遼太郎はまた目を見張った。
「何で知ってるんですか?」
「それも、江口先生に教えてもらったの。」
みのりは目をクルリとさせて、小さく肩をすくめた。遼太郎はその些細な仕草に何かを読み取って、みのりをじっと見つめる。
「な、…何?」
その意味深な視線に、みのりは口に持っていっていたバーガーを下ろしてたじろいだ。
「江口先生って、先生のことが好きなんですよね。」
ポツリと出てきた遼太郎の言葉に、今度はみのりが目を見張る。
「…な、なんで、知ってるの?!もしかして生徒の間で、広まってるの?」
みのりが焦ってそう言ったので、遼太郎はそれが事実なのだと確信した。
「知ってるわけじゃないんです。ふっくんがそうじゃないかって言ってて…。ふっくん、勘がいいし。」
それを聞いて、みのりは顔色を真っ赤に塗り替えて弁解を始める。
「でも、何もないのよ。江口先生とは、一度一緒に食事をしただけだし。」
遼太郎はイルミネーションの中で、二人が歩いていた絵を思い出した。
けれども、ただ一緒に食事をしただけだったら、みのりが江口の気持ちを知るはずがない。
「…食事をしただけ…。」
疑問を含んで遼太郎が反復すると、みのりはいっそう弁解の必要に駆られる。
「その時に江口先生に口説かれたのよ。『寂しいなら慰めてあげる』とか、…その、『好きだ』とか…。」
遼太郎が相手では、みのりは嘘はつけない。しかし、それに加えて、「抱かせてくれ」と持ちかけられたことは、みのりもさすがに言い出せなかった。
――やっぱり、ふっくんの言う通りだった…!
遼太郎は、恩師である江口のことを「このやろう!」と少し思ったけれども、江口の気持ちも解らないでもなかった。このみのりに優しくされて、心が動かない男などいない。
「だけど…!ちゃんと断ったのよ。好きな人がいるからって…。」
真っ赤な顔で弁解を続けているみのりを見て、遼太郎は本当に可愛いと思った。そして、その「好きな人」は自分のことなのだと悟る。
あの 冬のイルミネーションの頃から、みのりは想ってくれていた…。
そのことを噛みしめると、遼太郎は胸がいっぱいになって、気がつくと、ただジッとみのりを見つめていた。その優しい視線を受けて、みのりも恥ずかしそうに微笑んで、バーガーを口へと運んだ。




