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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
さまよう心
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さまよう心 8




 夏休み中は生徒による清掃がなく、職員室のゴミが溜まりに溜まっている。みのりがそれを見かねて、ゴミ保管庫へと向かったのは、ずいぶん日が傾いた頃のことだった。



 人気のない保管庫にたどり着き、扉を開いていくつかのゴミ袋を投げ入れる。扉を閉めた勢いが強すぎたのか、扉はきちんと閉まってくれずに、はね返ってみのりの額を直撃した。



「…痛ッ!」



 みのりが額を押さえながら再び扉を閉め直して、一つため息を吐いた時だった。



「よー、みのりちゃん、久しぶり。相変わらずドンくさいな。」



と、背後から声をかけられた。


 振り返ると、西日を背後から受けて影になった人物が、目に飛び込んでくる。その体の大きさから、みのりはとっさに俊次だと思った。…が、今日こそ個別指導で会ったのに、『久しぶり』と言うのは少し妙だ。



「俺が誰か判んないのかよ?まさか忘れちゃないだろ?みのりちゃん。」



 そう言われて、影になった顔を目を凝らして見る。

 ギョロリとした大きな目から放たれる鋭い眼光――。愛の兄である二俣が、そこに立っていた。



「……二俣くん!」



 みのりは目を丸くして、思いがけない人物との再会にただ驚いた。

 しかしその一瞬後、ラグビーをするための二俣のジャージ姿を見て、みのりはとっさに恐れを抱く。



「…二俣くん、……一人?」



 みのりのこの問いを聞いて、再会に弾んでいた二俣の表情にも影が差した。



「……遼ちゃんは、いないよ。俺、一人で来た。」



 みのりの質問の意図を先読みして、二俣は答える。いきなり心を読み取られて、みのりはその真意を探るように二俣を見返した。



「遼ちゃんが一緒だったら、みのりちゃん、俺にまで会おうとしないだろ?」



 二俣は、みのりと遼太郎との間にあったことを知っている――。


 そのことに勘付いて、みのりは何と言って言葉を切り出すべきか分からなくなる。教師として、こうやって会いに来てくれた元教え子に、かけてあげる言葉は沢山あるのに…。


 すると、二俣の方から気の利いた言葉を投げかけてくれる。



「……みのりちゃん、元気そうじゃんかよ。ずいぶん髪が伸びてて、一瞬誰だか判んなかったぜ?」



 二俣は日の当たるところから、ひんやりとしたゴミ保管庫の前の日陰へと場所を移して、みのりへと向き直った。


 みのりも少し心をほどいて、ほんのりと笑顔になる。



「…忙しくて、美容院に行く暇がないのよ。二俣くんこそ、ずいぶん横に大きくなっちゃって、ラグビー辞めたのにお酒ばっかり飲んでるんでしょう?」


「お……!?」



 みのりに指摘されて、二俣は口を尖がらせて言葉に詰まった。



「さすが、みのりちゃん。その通り!!大人になったら、もう、酒が美味くて美味くて。」


「…『大人になったら』、…ねえ。」



 みのりの感覚からすると、12歳も年下の二俣が〝大人〟と胸を張るのには、いささか苦笑してしまう。



「…あっ!?みのりちゃん。いつまでも俺を子どもだと思ってるな?!でも、俺だって、来月21歳になるんだぜ?」


「そう、もう大学3年生だもんね。」



 みのりは苦笑をニッコリとした微笑みに変えて、二俣を見つめ返した。



「大学にはちゃんと通ってる?就職活動も、そろそろだよね?」


「そりゃもちろん、大学には通ってるよ。就職活動は…、実は俺、大学卒業した後はワーキングホリデーで外国に行ってみようと思ってて…。」


「…へぇ…!」



 自分が大学生の時には思い描いてもみなかった未来が、二俣の前には広がっている。彼の中に秘められた可能性に心が弾んで、みのりの表情も輝いた。



「御幸高校に通ってた彼女は、なんて言ってるの?寂しがってない?」



 みのりがその話題を持ち出すと、みのりの表情とは対照的に二俣の顔が暗くなる。



「………いや、みのりちゃん…。俺、沙希とは、もう…。」



 みのりはその言葉の意味を確かめるように、二俣の顔を凝視した。



「別れたの?……どうして?」


「俺が悪いんだ…。ちょっとした…いや、ちょっとじゃないか。まあ、事件が起こって、それきり……。」


 二俣の歯切れの悪い説明からだいたいを察して、みのりは落胆の息をもらして、目を伏せるように頷いた。



「……そう。遠く離れていると、続けていくことは難しいよね……。」



 二俣がこの芳野の街を離れてから、もうすぐ2年半になろうとしている。その境遇の変化と年月は、心から信じ合っていた恋人たちをも引き離す力を持っている。



 そんなことを考えながら、それ以上二俣にかける言葉が見つからなくて、みのりは虚ろに視線を泳がせた。


 二俣も、極まりが悪そうに唇を噛み、腕を上げて顔に滲んだ汗をジャージの袖で拭い取った。

 そして、大きく息を呑みこみ、今日みのりに会いに来た目的を果たすために心を決める。





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