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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
さまよう心
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さまよう心 7



 夜に自分のアパートで一人になると、みのりはますますこの思考に囚われた。


 蓮見はみのりに、遼太郎のことは忘れなくてもいいと言ってくれた。蓮見ならば、みのりの教師という仕事や歴史に対する思い、それだけでなくみのりの全てを理解して受け入れてくれるだろう。


 申し分のない蓮見と結婚することは、周りの人間たちも望んでいることで、何よりも、みのりの身の上を心配している両親を安心させることができる。



 蓮見と結婚することが、今の自分にとって一番自然なことで、一番いい選択なのだ。


 何を戸惑っているのだろう。

 頑なに不自然なことをしていることに、何の意味があるのだろう。


 このまま自然の流れに身を任せて、蓮見の想いを受け容れられたら、この苦しみから解き放たれて……楽になれる。



――……きっと、幸せになれる……。



 何度も何度もそんな思考を繰り返し、みのりは何度か携帯電話の画面に蓮見のメールアドレスを表示させ、メールをしようと試みた。



 けれども、その文面を打ち込もうとするたびに涙が溢れて、指が震えて……、どうしてもできなかった。





 俊次と愛の仲違いは、それからどうなったのか…。


 ラグビー部は恒例の菅平での夏合宿へと向かい、みのりが愛と話ができたのは、夏休み後半の補習が始まってからだった。



 国立文系クラスにいる愛は、午後からも補習があるらしく、補習が終わると間髪入れずに部活に行くらしい。

 クラスの大部分が大学受験に向けて本腰を入れているのに、長期間合宿に行かねばならないのは、ずいぶん負担になっているに違いなかった。



 それでも何一つ文句を言わず、弱音も吐かず、懸命にマネージャーとしての仕事を全うしようとしている…。それは、愛の決意でもあるように感じられた。



「調子はどう?俊次くんとは仲直りできた?」



 部活関係の書類を事務室へ届けた後、ちょうど階段を降りてきた愛と久々に対面できた。

 生徒の昇降口へと一緒に向かいながら、愛の明るい笑顔に向けて軽快に声をかけてみる。


 みのりに会えて笑っていた愛の表情が、みのりのこの問いを聞いた途端に曇った。



「……あいつ、そんなことまでみのりちゃんに言ってるの?…仲直りっていうか…、あの後も別に普通にしてるし…。」



という愛の様子を窺って、いわゆる〝仲直り〟はしていないと、みのりは判断する。ケンカとまではいかないが、ギクシャクした状態が続いているのだろう。



「念のために言っておくけど、俊次くんの個別指導は、初めは課題を全く提出しないから始めたんだけど、今はほとんど自分でやってるのよ?私はその進捗状況を確かめてるくらいで。」



 そんなみのりの言葉を愛は黙って聞いて、それからポツリと言った。



「だったら、家でやっても同じじゃない…。」


「うん、だけど、家じゃなかなか、自分にスイッチを入れるのが難しいんだろうね。机の隣にベッドがあったり漫画があったり、ゲームがあったり。誘惑も多いから。」



 俊次の散らかりまくった部屋を思い浮かべて、あそこは学習ができる環境ではないと、みのりも断言できる。


 そう言われて、愛は何も言い返すことができなくなった。自分の中にある思いをどう表現すべきか迷っているように、黙り込んでしまう。



 みのりは、自分の中にある確信を持ち出すべきか迷ったが、思い切って愛に切り出してみた。



「……愛ちゃんは、俊次くんのことが好きなのね?」



 みのりのこの指摘を受けて、重かった愛の足取りがとうとう停まってしまう。うつむいて、戸惑うように視線をさまよわせる愛を、みのりは傍らからじっと見守った。



「……分からない。だって、みのりちゃんが言ってたのと違う気がして……。」



 首を横に振る愛を、みのりは首をかしげながら覗き込む。



「私が…?」


「…みのりちゃん、前に言ってたでしょう?『本当に好きになる』ってこと……。」


「ああ…。」



 以前、愛が告白されて悩んでいた時にみのりがアドバイスしたことを、愛はずっと心に留めておいてくれていたらしい。



「だけど、俊次くんは他のラグビー部員とは違うんでしょ?愛ちゃんにとっては特別なんじゃない?」


「特別かどうかは判らないけど、あいつのこと、一つ一つが気になってしょうがないの…。」



 愛のもどかしい心情と同調して、みのりの胸もキュンと鳴いてしまう。



「…それに、あいつを『特別』にしちゃいけないの。私はマネージャーだから、仲間の一人だけを特別にはできないの。」



 確固たる正論のような言葉だけれど、それを自分にも言い聞かせるように、愛は唇を震わせた。その心の中には、切なさが充満しているのだろう。涙が滲み、大きな瞳が潤んで光る。



 これはどう考えても、〝恋〟に違いなかった。だけど、それを〝恋〟だと自覚する過程は、愛が自ら見つけ出して辿るべきだと、みのりは思った。



「だけど、仲間の誰かが仲違いしたままじゃ、チーム全体の空気も悪くなるでしょ?…仲直りはした方がいいよ?」



 そうみのりに声をかけられて、愛はまた黙り込んで足元を見つめ、ようやく口を開いた。



「……どうしたら仲直りできるのか、分からない。これ以上こじれるのが怖くて…、あいつに声がかけられない…。」



 うつむく愛の肩を、みのりはそっと抱きしめた。前にも後ろにも動けなくなった愛の心を、そっとほぐしてあげるように。



「大丈夫。真心を込めて自分が正しいと思うことを、勇気を出してやってみるの。…俊次くんだってきれいな心の持ち主だから、きっときちんと応えてくれる。大丈夫、きっと仲直りできるから。」



 陽炎が立つような熱気の中、生徒昇降口まで出て愛と別れた。第2グラウンドへ向かう愛の背中を、みのりは祈るような気持ちで見送った。


 愛の心と呼応して、みのりの心臓もドキドキと鼓動を打っている。


 好きな人を好きでいられることは、この上なく幸せで大切なことだと思う。まだそれさえも自覚できていない愛には、その想いを諦めないでほしい…。


 今の自分は、全てを諦めてしまうことばかり考えて、都合のいい優しさにすがろうとしているけれども…。



 愛にとっての自分のように、誰か相談に乗ってくれる人がいたら、こんな自分を『間違っている』と言ってくれるのかもしれない。


 だけど、今のみのりは、愛しい人を好きでい続けることに疲れ切ってしまっていた。



 それから、数日後。

 みのりは『間違っている』と言ってくれる人に遭遇する。…それは、全く思ってもみなかった人物だった。



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