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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
さまよう心
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さまよう心 6




 この出来事は、次の日には俊次の口から、みのりの耳へと伝えられた。俊次は一部始終を細部にわたって、その鬱憤までも余すところなく、みのりの前でぶちまけた。



「あいつ。何が気に入らねーのか、知らねーけど!八つ当たりされて、マジで迷惑だし!!」



 そう言って憤慨している俊次に、みのりは驚いたような顔をしながら軽く笑いをもらした。その反応を見て、俊次はますます眉間の皺を深くする。



「笑い事じゃねーよ!!みのりちゃん!」



と、俊次が本気で怒っている風なので、みのりも真面目な態度で俊次に向き直った。



「自分が全く思ってもいないことを決めつけられたら、それは本気でムカつくんだけど、逆に、自分でも気づいていない真実を衝かれても、焦って怒りたくなるものなのよ。」


「………。なんだよ、それ。意味、解んねーし。」



 みのりの持論を聞いても、俊次の眉間の皺は消えなかった。俊次にはまだ、女の子の心の機微を理解することが難しいらしい。



「…俊次くん、そんなんじゃ、当分『彼女』はできそうにないね。」


「はあ?なんで?!ますます意味解んねーし!!」



 呆れたようにみのりが笑うと、俊次はみのりに対しても憤慨していたが、それでもみのりはニコニコとして、俊次を見つめる目に笑みを宿した。



 みのりが想像するに、愛は俊次のことが好きなのだ。その真剣な想いを、俊次に茶化されて頭にきたのと、本当の想いを素直に上手く伝えられず、ケンカになってしまったのだろう。


 このまま俊次との仲が険悪になってしまったら、それこそ愛がかわいそうだ。



「…うん。それじゃ、私から愛ちゃんには説明してあげとく。私が必要だと思ってるから、俊次くんの個別指導は続けてるんだって。」



 そう言って、みのりが俊次の気持ちをなだめてあげると、俊次は釈然としないながらに口をつぐんだ。



 それでも、何か含みのある視線を投げかけてくるものだから、みのりはもう一度俊次を見返す。



「……何?まだ何かある?」


「……みのりちゃんは……、」



 促されるように言葉をかけられて、俊次はその心の内にあるものを打ち明けようと、再び口を開く。


 しかし、覗き込んでくるみのりの眼差しにひるんでしまった。



「…いや、やっぱ、何でもない……。」



 そう言ってその話題を断ち切ると、シャープペンシルを握って課題に向き直った。


 みのりはそんな俊次を不可解そうに首をかしげて見ていたが、溜息を吐いてパイプ椅子を立つ。



「それじゃ、職員室にいるから。終わったり何かあったら、声かけてね。」



 俊次は微かに頷くだけで、顔は上げなかった。職員室へ向かうみのりの足音が遠ざかって、俊次はその後ろ姿を追いかけるように視線を向けた。



――…みのりちゃんは、どうして俺にだけ、こんなにまでしてくれるんだろう…?



 愛にあんなふうに指摘される前から、俊次の中にもこの疑問は常に存在していた。

 学習においては他にも、俊次よりも危うい生徒は何人もいる。それなのに、どうして…?


 だけど、俊次はそれを口に出してみのりに訊いてみることは出来なかった。


 そうしてしまうと、今のこの状態が壊れてしまいそうで…。みのりを独り占めできなくなりそうな気がして…。



 学校内では幾分涼しい渡り廊下だが、そこからエアコンの効いた職員室へと足を踏み入れると、やはりスッと汗が引いていくのが分かる。


 2年部にある自分の席に落ち着いても、夏休みの今は、取り立ててしなければならない急ぎの仕事もない。頬杖をついてぼんやりと、みのりは先ほどの俊次とのやり取りを思い出した。



 確かに、俊次にだけにこうやって個別指導をしているのは、不自然なのかもしれない。

 もう十分に、俊次一人で課題を進める力はついてきているから、もう個別指導はやめてもいいのかもしれない。



 個別指導を止めることを考えると、俊次の向こうにいる遼太郎の姿が思いをかすめる。この件に関して遼太郎は全く関係がないのに、何よりも大きなカギを握っているのは遼太郎の存在だった。


 遼太郎の弟である俊次が自分にとって〝特別な存在〟であるように、俊次にとって自分も〝特別な先生〟であり続けたい…。


 みのりの中にあるそんな無意識の思いが、この不自然なことを続けさせていた。



 みのりは机に肘をつき、額に手を当てて、うつむいた。


 遼太郎を意識してしまうと、どうにもできない苦しさがまた込み上げて来て、滲んでくる涙を押し止めるようにきつく目をつぶった。



――いつまで、こんなことを繰り返さなければならないのだろう……。



 こんな自分に、いい加減嫌気がさす。一人だけ鬱々として歩き出すことができないばかりか、前を見据えることさえできない。


 誰かが、どっちが前か教えてくれれば…。

 誰かが…、ここから手を引いて連れ出してくれれば…。



 そう思うたびに、否が応でも蓮見のことが心に過る。みのりの手を握る蓮見のあの手の力強さは、みのりをこの苦しみから連れ出してくれるためなのだと。




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