さまよう心 5
俊次は夏休みになっても、毎日〝夏休みの課題〟を持って、職員室にいるみのりのところに現れた。
もちろん、日本史の課題だけではない。国語に数学に英語、芳野高校のサディスティックとも言える量の課題を、毎日コツコツと、部活に行く前の2時間ほどを使ってこなしていった。
みのりも取り立てて指導をするというわけではなく、始める前と終わる時にチェックをして進捗状況を確認するくらいのことしかしない。それで、解らない問題は一緒に考えたり、数学や英語の先生の所へ質問に行かせたりした。
「……あんた、みのりちゃんに、ちょっと甘えすぎなんじゃないの?」
部活が終わり、片づけも終わって帰ろうとしていた時、その普通ではないみのりと俊次の状態を、二俣の妹、愛が指摘する。
スポーツバッグを抱えて部室を出て行こうとしていた俊次は、面食らって愛を見返した。俊次自身そう感じていたことを、否定的に愛から指摘されて、俊次の顔も不穏に変化する。
「なんだよ。俺だって、みのりちゃんに無理にお願いしてやってるわけじゃないからな。みのりちゃんが『やろう』って言うから…。」
言い訳がましい俊次の言いように、愛が呆れ顔で続けた。
「だから、それが甘えてるって言ってんのよ。いい加減、自分一人で出来るってところを見せなさいよ。」
さすがに俊次も、こう言われてカチンとくる。だけど、真実を衝かれているだけに、論理的な反論ができない。
「…そんなこと言って、俺がみのりちゃんを独り占めしてるから、ひがんでんだろ?!」
目下、受験勉強真っ最中の3年生の愛にとって、みのりのような先生に個別指導をしてもらえるのは願ってもないことだが、それが出来ない事情がある。
「はあ?何言ってんの?!私はあんたと違って、自分のことは自分でしてるし!それに世界史選択してるから、みのりちゃんに教わりたくても、そもそもできないし!」
現実をきちんと捉えておらず、小学生みたいなことを言う俊次に、愛の声は自ずと大きくなった。
すると、俊次もますます収まりがつかなくなる。
「じゃあ?何でそんなに突っかかるんだよ?……わかった。みのりちゃんに妬いてんだろ?俺がみのりちゃんと二人きりになるのが、気に入らないんだ?」
俊次にそんな言われ方をして、愛は逆上した。顔に血がのぼり、何も言い返す言葉が出でこず、代わりに鉄製の籠に入れられたラグビーボールに手が伸びた。
次から次へと、俊次めがけてラグビーボールを投げつける。
「…な、なにすんだよ!」
手でボールを防ぎながら、たまらず俊次が悲鳴のような声を上げる。
「…バカじゃないの?!誰があんたなんか……!!」
ようやくそう言葉を絞り出すのと同時に、愛の頬に涙が伝った。
そして、手にあったボールを足元に放り投げると、俊次の脇を抜けて部室から走り去る。
俊次は訳が分からず、目を丸くして愛の行動を見送り、一人残された部室を見回して、再び愛の背中に声をかける。
「おい!お前、これ、ボール!片付けていけよ!!」
しかし、愛はその叫びを無視し、振り返らなかった。これに、俊次の怒りも頂点に達する。
「なんで、俺がこれ、片付けなきゃなんないんだよ!!」
俊次は、ボールを拾い上げては籠に向かって、怒りに任せて投げつける。けれども、ボールは鉄製の籠の縁に当たるばかりで、跳ね返ってますます散らかってしまった。
「くそう!」
癇癪を起して、部室の真ん中で一人で吠えた。それから、一息ついて、一つ一つボールを拾い上げては籠の中に運んで入れる。
「……なんで、あんなに怒ってんだよ。」
最後のボールを投げ入れて、俊次はポツリとつぶやいた。




