さまよう心 4
案の定、俊次の部屋はありえないほどに散らかっていたが、今のみのりには、それを指摘して苦言を呈するような余裕はなかった。
懸命に、遼太郎を意識の外へ追いやろうとしてもうまくいかなかった。心の中で、打ち消しても打ち消しても、遼太郎がみのりを覆い尽くしていく。
俊次とその母親の前で、取り乱すことだけはできない――。
その一心だけで、みのりは必死で気持ちを張りつめて平常の自分を演じ、挨拶もそこそこに遼太郎と俊次の家から逃げ出した。
車に飛び乗り、どこをどんなふうに運転して帰ったのか…。
アパートの階段を駆け上がり、熱気が充満した自分の部屋へ入ったと同時に、自分の中に押し留めていたものが決壊して溢れ出てくる。
涙と嗚咽が一気に押し寄せてきて、みのりは靴も脱げないままで崩れ落ちた。
記憶の中の遼太郎をたどる…。そうやって穏やかな想い出にしようとしていたことが、根本から覆されてしまった。
遼太郎本人に会ったわけでもなく、ただ抜け殻のような部屋に入っただけなのに、息もできないくらいに苦しくて苦しくて、心も体も引きつり痙攣して、自分がどうなっているのか分からなくなる。
――…こんなに苦しい想いを、『好き』っていうのかな…?
心が甘く切なく痛むのではなく、心が押し潰されそうなほど、ただ苦しいだけ。これではまるで、遼太郎という見えない亡霊に取り憑かれ、苦しめられているようだ。
そんなふうに思ってみると、ますます涙が溢れてくる。
その人を想うことから力をもらい、その人を心に宿すだけで優しい気持ちになる…。人を恋い慕うことは、そんな温かい幸せに浸れることのはずだ。
こんなにも苦しいだけなら、この想いはもう〝恋〟ではないのかもしれない。それでも、この想いを自分から切り離したいと思っても、どうやってそうできるのかさえ分からない。
もう会えない人…想いを遂げられない人を想い続けるということは、これだけ苦しいことなのだと、今日みのりは思い知った。
そして、これからも想い続けていくためには、この苦しみに耐えられる心の強さが必要なことも――。
――……でも、私は…、そんなに強くない……。
明かりもつけずに靴を脱ぎ、ようやく居間までやって来ても何も手に付かない。誰もいない暗い部屋の真ん中で、みのりは一人で立ち尽くした。
苦しみを発するこの想いに囚われて、圧し負けてしまったら自分はどうなってしまうのだろう…。
「…誰か…、助けて……。」
溢れてくる涙と体の震えを止められず、みのりはしゃくり上げながら無意識にそうつぶやいた。
その時、みのりの疲れ切った心に、ぼんやりと浮かんできた人物がいる。
昨日こそ、みのりにプロポーズをしてくれた……、蓮見だ。
あのしっかりと握ってくれていた手を、握り返せたら……、きっと楽になれる……。
しかし、その次の瞬間、とっさにその思考を打ち消した。
そんな浅ましいことを思ってしまった自分に対して、信じられない思いと嫌悪が充満してくる。
みのりはその嫌悪を振り払うように、窓辺に歩み寄り、窓を開けた。川を渡ってきた夜風を部屋に入れて、涙を拭いながら大きく息を吐く。
心にもたげてきた安易な誘惑を、みのりは必死で打ち消したけれども、皮肉にもそれは、苦しみで心が凝ったみのりに動き始めるきっかけをくれた。
暗いままの部屋で、みのりは服を脱ぎ、浴室へと向かった。
シャワーを浴びて、まとわりつく汗と共に苦しみも浅はかさも、全てを洗い流してしまいたかった。




