表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
さまよう心
134/199

さまよう心 3




 その時、玄関のドアが閉まる音がして、鼻歌が聞こえてきた。



「ただいまぁ~。表に車が停まってたけど、誰かお客さん?」



という声を響かせながら、リビングに俊次の大きな体が姿を現し、みのりの顔を見るや否や、固まった。



「…な、なんで、…みのりちゃん?!…え、お、俺?俺、何かした…!?」



 そして、突然意味もなく焦り始める。自分が学校で何か問題を起こしたので、みのりが来ている…と思い込んでいるようだ。



「俊次!そんなに焦るなんて、何か変なことでもしてるの?仲松先生は、家庭訪問にいらっしゃってるんでしょう?」



 母親が恥ずかしそうな声を上げると、俊次も状況を把握して、いつもの調子が戻ってくる。



「なぁんだ、みのりちゃん。まだ家庭訪問に来てなかったのかよ~?」



と、スポーツバッグを放り投げ、側にやって来てソファーに座ろうとする。すると、すかさず母親が叫んだ。



「ああっ!俊ちゃん!!ダメよ、座っちゃ!!」



 反射的に、俊次は空気イス状態で、動けなくなった。


 訳が解らないのと、その母親の大きな声に、みのりが驚いて目を丸くする。そんなみのりの反応を見て、母親は顔を赤らめて口を押さえた。



「……座るのは、シャワーを浴びてきてからよ……。」



 部活をして帰ったから、俊次は砂と泥にまみれているはずだ。なるほど…と言った表情で、みのりも俊次を見上げると、俊次はスゴスゴと腰を上げ、リビングを出て行った。



 俊次の存在は本当に不思議で、遼太郎の面影を宿してみのりを切なくさせると同時に、その切なさを上手に紛らわせてくれる。

 少し意地っ張りでへそ曲がりなところをみせつつも、根は遼太郎と同じ純粋で明るい俊次は、いつでもみのりの心を明るく照らしてくれた。



 俊次は速攻でシャワーを浴びてきたらしく、10分足らずでさっぱりした姿を再び現した。

 大きな体を、みのりの隣に移動させ、おしゃべりに興じ始める。


 俊次のペースにはまってしまい、これでは〝家庭訪問〟というより、ただの雑談になってしまったが、親子仲は疑う余地もないくらいに良好なようだ。


 この家の暖かさが感じられて、みのりも自然と柔らかい笑顔になった。



「それじゃ、最後に俊次くんのお部屋を見せてもらえる?」



 帰り際に、みのりがそう提案すると、俊次の顔色が変わった。



「…な、なんで、俺の部屋を?!」


「他の子も、できるだけ見せてもらってるの。どんな環境で勉強してるのか、確認するために。」


「…べ、勉強なんて、家じゃ全くしてないんだから、見せる必要なんかないじゃないかっ!」



 焦る俊次を傍目で見ながら、母親がその無駄な抵抗を一蹴する。



「見てもらったら、到底勉強ができる机じゃないって解ってもらえるから、つべこべ言わずに部屋にご案内して!」



 母親のその言葉を頑強に拒むほどの根性もなく、俊次は言われるまま、しぶしぶみのりを2階へと連れて行った。



 母親のあの言い様では、俊次の机はおろか、部屋自体もさぞかし散らかっているのだろうと、みのりは想像する。

 すると、俊次がドアを開いて入れてくれた部屋は、思いがけないくらいすっきりと片付いていた。


 窓辺と机とベッドと、部屋を一通り見回して……、自分を取り巻く空気に、みのりの全てが反応した。



 ここは、遼太郎の部屋だ。



 俊次に確かめなくとも、この部屋のそこかしこから遼太郎の息吹きを感じ取って、遼太郎に包み込まれているような気がした。



 心と体に残る、遼太郎に抱きしめられた時の感覚――。それが呼び起こされて、頭の中が遼太郎のことだけで埋め尽くされた。


 心臓が激しく脈打ち始める。目の奥が熱くなって涙が込み上げ、体の震えが抑えられなくなる。


 俊次の存在など忘れ、もう自分を制御できずに、「遼ちゃん…!!」と、思わず叫んでしまいそうになる。



「こら!そこは、遼太郎の部屋じゃないの!!」



 その時、母親の声が響いて、みのりは辛うじて我に返ることができた。



「…か、母さん。なんで言うんだよ?!言わなきゃ、分かんないのに!」


「何言ってるの!あなたのあの散らかった部屋を、きちんと先生に見てもらいなさい。」



という親子の会話を聞きながら、みのりは胸に手を当てて、必死で心を落ち着けようとした。


 大きく息をして、動揺を紛らわせるように口を開く。



「…お母さんに言われなくても、すぐに分かったよ。あのポスター、元オールブラックスのスタンドオフの選手でしょ?」



 みのりが指をさした先には、「ダン・カーター」の小さなポスターが貼られていた。スタンドオフをしていた遼太郎の、あこがれの選手だったのだろう。



「すっげー!さすが、みのりちゃん!よく知ってるじゃん!!」



 自分の部屋のことから気を逸らそうと、俊次がみのりをはやし立てる。しかし、母親はそれを気にも留めず、みのりを手招きして、隣の俊次の部屋を見せてくれた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ