遊園地 6
二人が微笑みを交わして歩き出そうとしたとき、ハンマーゴングの係員をしていた女性がみのりへと声をかけた。
「…仲松先生…?」
思いがけないことに、みのりは目を丸くして振り返る。
芳野高校の卒業生かもしれない――。そう勘ぐって、遼太郎は肝を冷やして身を硬くする。みのりはその係員のことをすぐには思い出せず、言葉を逸している。
「山沢商業にいた田端です。」
係員がみのりの記憶を引き出すのに手を貸すと、みのりもそれに呼応した。
「…え?山沢商業…。ああ!田端さん?!」
どうやら、みのりの元教え子らしく、みのりは思いがけない再会に、喜びの表情を輝かせる。
「え、ここで働いてるの?頑張ってるんだね!」
「はい。卒業してから就職した所は、半年くらいで辞めてしまって…。それからは、ここでパートで働いてます。…先生は?今日は…。」
その女の係員は、そう言いながら、遼太郎へと視線を向けた。見据えられて、遼太郎は首をすくめて、みのりを見る。
みのりも遼太郎のことを何と言って説明しようかと、言葉を探してしていると、
「先生の、弟さん…?」
と、係員は訊いてきた。
「ううん。弟じゃない…。」
「…じゃあ?え!?彼氏?って、ずいぶん若くない?」
みのりはそれには答えずに、ただニッコリと笑った。係員は、その笑みの意味を解しかねて同じように笑いを作る。
「…え?ホントに彼氏?もしかして、生徒とか…!?」
係員の笑みが驚きへと変化し、目を大きくして突っ込んだ質問をしてきた。そう言いながら、まじまじと遼太郎のことを眺め回す。
困惑して遼太郎がもう一度みのりへと視線を投げると、みのりも困ったような笑顔になって係員を見つめ返した。
その時、ハンマーゴングのところへ、数人の中学生と思われる男の子の集団がやってくるのが見えた。
「田端さん。お客さんじゃない?」
みのりに言われて、係員は振り返る。
「あっ。先生、それじゃ。」
軽く頭を下げて持ち場に戻る係員に、
「頑張ってねー!」
と、みのりは声をかける。
係員はもう一度みのりの方へ向いて、深々とお辞儀をしていた。
「先生の教え子ですか?」
歩きながら、遼太郎が改めて尋ねてみる。
「うん、山沢商業にいたのは、一昨年だったかな。商業高校だから就職する子も多いんだよね。山沢商業はここからも近いし、ここで働いてる子がいても不思議じゃないけど、まさか教え子に会うとは思わなかったな。」
みのりも、一息つきながら答える。
「…俺のこと。やっぱり『弟』に見えるんですかね?」
「……。」
遼太郎の言葉の意味を考えて、みのりは何も答えられずに遼太郎を見上げた。
恋人同士や友達同士にしては歳が離れていると、他人の目には映るのだろうと、みのりも思った。
それでは、そうでない男女二人連れとなると、姉弟ということになるのだろうか…。
「…他の人にどう見えるのかなんて考えて、それが気になるのなら、遼ちゃんは私と一緒にはいられないよ。」
少し間をおいて、みのりがそう口を開いた。今度は遼太郎の方が何も答えられずに、みのりを見つめる。
みのりも遼太郎にそう言いながら、自分の心の中ではハッとしていた。
今朝、着ていく服を決めかねていたのは、まさしく他の人にどう見られるのかということを、気にしていたからに他ならない。もっと厳密にいうと、他の人にどう見られるかということを、遼太郎が気にするかもしれない…という不安があったからだ。
「別に…、気になんてしてません。」
本当は〝弟〟と見られることを気にしていた。そのことを押し隠して、遼太郎は決意を含ませて短く答えた。
今の遼太郎にとって、何よりもみのりと一緒にいられることが一番大事なことだった。それは、みのりへの想いに気が付いてから、ずっと望んできたことだ。
みのりに想われて、みのりの一番側にいられるのならば、周りの人にどんなふうに見られようが、どうでもいい――。
今はもっと、二人でいられる時間を楽しもう。そう思って遼太郎は、人目を気にすることなく、みのりの手を取った。




