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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
祇園祭の夜
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祇園祭の夜 4




 入学したばかりの慌ただしさや、大学入試が迫る焦りもない2年生。

 そんな平穏な毎日を送る中で、みのりは暇を見つけては担任する生徒たちの家庭訪問を行っていた。


…ただ、俊次の家からは足が遠のき、もう夏休みを迎えようというのに『日程が合わない』という理由で、そこに行くことを先送りしていた。



 〝俊次の家〟は知っている――。


 かつて城跡に行った帰り、みのりはそこまで遼太郎を送っていき、別れ際にキスしてくれることを望んだ…。



 自分の中に封じ込めているその時の想いや感覚…、それらを思い出すのが怖い。

 現にこの前は、心に遼太郎が過っただけで、俊次の前だというのに泣いてしまった。意識もしないうちにそうなってしまうので、なおさら怖い……。


 それが、みのりの本音だった。


 けれども、俊次の家だけ家庭訪問に行かない…というわけにもいかない。

 みのりは観念して俊次の母親と連絡を取り、その日取りを祇園の曳山の次の日に決めたのは、夏休みに入る直前のことだった。



 芳野の街の祇園祭、そのクライマックスを迎える曳山は、夏休みに入って最初の土日に行われる。


 『遼太郎の家に行く』という重荷から少しでも心を逸らすために、みのりは由起子と共に祇園祭で賑わう街へと出かけてみることにした。


 もう何年も芳野に住んでいるのに、みのりはこの祭りを楽しんだことはなく、だからこそその賑わいの中に身を置くと、少しだけ心も浮き立ってきた。



 女っ気のない由起子を無理やり引っぱり、浴衣を貸し出してくれる特設ブースに行って、二人して好みの浴衣を選び着替えてみる。



「私に、こんな格好させて…。恥ずかしいったら、ありゃしない…!」



と、一応嫌がっているような口を利いているが、由起子本人もまんざらではないようだ。

 そして、みのりの浴衣姿を見て、由起子は息を呑む。


 長くなった髪を結いあげて、白地に朝顔の花が描かれた浴衣を着こなすみのりは、清楚で可憐なのに、匂い立つような色香もあった。



「仲松さん…。そんなに綺麗なのに、一緒にいるのが私なんて、もったいないね。」



 そんな由起子の言葉を、自覚のないみのりは一笑に付す。



「何言ってんの?その辺の男より、由起子さんと一緒の方が気楽でいいわ。さあ、まず弥栄神社に行かなきゃね!」


「え?…弥栄神社?」


「そうよ。祇園祭って、弥栄神社のご祭礼だから、やっぱりちゃんとお参りに行かなきゃ!」



 そのみのりのウンチクに、由起子はまるでウロコが落ちたように、目を丸くした。



「へえぇ~、そうなんだ!じゃ、祇園祭って、芳野だけじゃなくて他所でもやってるけど、それもみんな弥栄神社?」


「そうそう。京都の祇園祭は有名だけど、その祭りをしてる八坂神社を地方に勧請して、日本各地に八坂神社ができたのね。芳野の場合は『弥栄』って書いて、漢字が変化してるけど。ま、それで、いろんな所で祇園祭が行われてるわけ。」


「ふうん…。だけど、そもそもどうして日本各地に八坂神社があるの?」


「八坂神社の神様は素戔嗚尊スサノオノミコトなんだけど、各地に勧請されたのは、その神様よりも、疫病を封じるための『祇園祭』の方が目的だったんだと思う。それほど、昔の人にとっては疫病って怖かったんだろうね。」


「へえぇ~!知らなかった!!仲松さん、すごい!!さすが日本史の先生ね!!」



と、感心した由起子が持ち上げてくれたが、みのりは肩をすくめてそれを軽く受け流した。



「…あ!先生!!」



 露店も出て賑やかな通りを歩いていると、やはり祭りに繰り出しているのだろう、見知った生徒から声をかけられる。

 それに笑顔で手を振って応えながら、弥栄神社までの参道をそぞろ歩いていると、今度は由起子が声をかけてきた。



「仲松さん。ケータイ、鳴ってるよ?」


「…え?!」



 みのりが顔色を変えて、バッグの中の携帯電話を探し始める。



「祭りに浮かれて、誰か羽目を外しちゃったかな?」



 由起子が口にした危惧は、思わずみのりの頭に過ったものと同じだった。担任するクラスの生徒が問題を起こしたのかもしれない…。そして、こんな悪い予感は、大体当たることが多いのだ。


 みのりは携帯電話を見つけると、発信者も確認せずに、あたふたと着信ボタンを押す。



「はい。」



 そして、電話に出た瞬間、みのりの息が止まり、顔色まで変わった。そんなみのりの様子を、由起子も傍らで息を潜めて見守った。



「……蓮見さん……。」



 つぶやくように発せられたみのりの声色の変化から、由起子は敏感に察知する。


 電話の相手は〝男〟に違いないと。



「…そうですか、祭り見物。…今、もう芳野にいらっしゃってるんですか?……いえ、それが……。」



と言いながら、みのりはチラリと由起子へと視線を向ける。由起子はみのりのその行為と会話の断片から全てを覚って、余計な気を回した。



「…みのりさん。私は適当に楽しんで帰るから。私のことは気にしなくていいからね。」



 そう言うや否や、みのりの電話が終わるのも待たずに、風のように姿を消してしまった。




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