祇園祭の夜 2
――……『勉強が嫌い』って、本当みたい……。
遼太郎の言葉を思い出しながら、みのりは難しい顔をして考え込む。
「……とにかく、これから課題をしなさい。」
「…分かりました…。」
俊次は従順そうに頷くと、みのりに軽く会釈をしてその場を立ち去ろうとした。
すると、みのりは血相を変えて、俊次のスポーツバッグを掴んで引き留めた。
「どこに行ってるの!今すぐ、ここで、溜まってる課題をするの!!」
「はあ?!だって、みのりちゃん。俺、これから部活があるし!」
みのりの強引な態度に、俊次の声もついつい大きくなる。
「部活は課題が終わってからよ。」
「そんなこと言ってたら、俺、部活に行けねーよ!!」
「課題が終わるまで、部活にはいかなくてもいい。江口先生には、私から言っておく。」
「何言ってんだよ!!県体も近いのに、部活に行かないわけにいかねーよ!!」
「今きちんとやっとかないと、定期考査が欠点だらけで、部活どころか学校辞めなきゃいけなくなるよ!!」
そこまでみのりに指摘されて、俊次は何も言い返せなくなった。今自分が直面している問題が、そこまで大事になるとは思ってもみなかったから。
いつしか感情的になり激しくなっていった言葉の応酬は、渡り廊下中に響き渡り、そこを行き交う生徒や教員たちの視線を集めていた。
この視線に気が付いて、みのりが少し声のトーンを落とす。
「なにも、一人でやれって言ってるんじゃないわ。私も付き合ってあげるから…、一緒に頑張ろう?」
みのりの目が、いつもの優しさを帯びる。こんな目で見つめられると、もう俊次は「いやだ」とは言えなくなってしまう。
しぶしぶだったが、一つ頷いてからポツリとつぶやいた。
「…みのりちゃんが、『仲松先生』になった……。」
いっそう優しげな笑みを含んだみのりの眼差しが俊次を見上げると、俊次の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
厳しい言葉をかけられたのが、それほどショックだったのか、それとも優しい言葉に心が震えたのか…。
「そりゃ、こうやって直接関わるようになれば、去年のように楽しい話ばかりしているわけにはいかないわ。…さあ、ここに座って。」
みのりは、渡り廊下に設置されている長机とパイプ椅子の一つを指し示した。
「勉強が解らなくなると、学校にいること自体が本当に辛くなってくるの。前にも、部活は続けたいと思ってるのに、学校を辞めていったラグビー部の生徒がいたわ……。」
みのりは遼太郎と同時期にラグビー部員だった「荘野」のことを思い出して、その時の後悔を繰り返したくないと思った。少なくとも、遼太郎の弟の俊次には、そんなふうになってほしくない…。
そんなみのりの思いを感じ取って、俊次も殊勝な面持ちでパイプ椅子に腰を下ろした。
「『どうせ、できない』って諦めたら、それで終わりよ?できそうにないことをやろうとするのは苦しいことだけど、逃げたら自分の可能性も断ち切ることになるの。ラグビーでも同じじゃない?あんなにキツイ練習を毎日やってるのは、そういうことでしょう?」
俊次は、そのみのりの言葉を黙って聞きながら唇を噛み、おもむろにバッグの中からペンケースを取り出す。
そして、しっかりとみのりと目を合わせて、口を開いた。
「……俺、もうとっくに課題のプリント、なくしてるんだけど……。」




