三人の男… 9
「でも、どうして、面倒くさいって思うの?古庄先生だって、ゆくゆくは結婚しようとは思ってるんでしょう?」
まるで諭されるように、みのりから尋ねられると、古庄も肩の力を抜いて考える。
「……女って…、付き合うまでは気を遣ってアレコレ世話を焼いて、気を引こうとしてくるのに、いざ付き合い始めると、時間を作ってくれないとか、話を聞いてくれないとか、最近してくれないとか…。ワガママなこと言い出す奴が多いんだよなぁ…。」
「……『してくれない』…って、何を?」
古庄の話を頬杖をついて聞きながら、みのりが素直な疑問を返す。すると、古庄の顔が、極まり悪そうに赤くなった。
「……ねえさんだって、経験豊富な大人なんだから、そのくらい分かるだろ?」
その古庄の反応からだいたいを察して、みのりは笑いを含んだ息を抜く。
「それって、若い時の話なんじゃない?それに、古庄先生はイケメンすぎるから、彼女の方は気持ちをいつも確かめてないと不安なのよ。…じゃ、逆に訊くけど、古庄先生はそんな相手のことを、本当に心の底から好きだった?」
みのりからそう指摘されて、古庄はギクリとした表情で息を呑んだ。
確かに、みのりの指摘した通り、古庄が面倒くさくなって〝彼女〟を作らなくなったのは、5年も前の話だ。その前に付き合っていた幾人もの彼女たちも、猛アピールされた挙句、適当に付き合っていたに過ぎない。
あまりにも的確に真実を衝いてくるみのりの洞察力に、古庄は恐れ入って何も言葉が返せなかった。
「相手のことを真剣に『好きだ』って心の底から想ってたら、絶対に面倒くさいなんて思わないと思うけどな。」
追い打ちをかけるようなみのりからの言葉に、古庄は頬杖をついて考え、自分の人生を思い返す。
思えば今まで、一人の女性を真剣に好きになった経験などないと、古庄は今更ながらに気が付いた。
そして、おもむろに口を開く。
「…そりゃ、最終的には本当に心の底から好きになった人と結婚したいとは思うけど…、この調子じゃ出逢えそうにないし。結局、適当な人と妥協点を見つけて結婚するのかな…。」
古庄は、すでに人生の半分くらいを諦めたような言い方をして、その手の中にあるグラスから水割りを口に含んだ。
この古庄のネガティブな発言に、みのりはすぐに反論してくるのかと思いきや、古庄以上の深いため息をついて考え込んだ。
「……そうね。世の中には、そういう人も多いかもしれないね…。そんなふうに割り切って考えられた方が、楽に生きられるんだろうね……。」
つぶやくように発せられた哀愁が漂うみのりの声色に、古庄は目を上げた。
深い苦悩を閉じ込めたようでいて、それでもとても綺麗なみのりの横顔を見つめて、問いかける。
「ねえさんは…?結婚する気はないの?」
物思いから覚めたように、みのりは我に返って古庄に目を合わせた。見つめられた古庄は、少し顔を赤らめて、言葉を続ける。
「…あ、こんなこと訊くとセクハラになるのかな?でも、ねえさんこそ、相手に困らないと思うし、相手がいたら、あんなに伊納先生からしつこくされなかったと思うけど。」
伊納の事を持ち出されて、みのりの表情に苦い笑いが加わる。
その笑いもすぐに消え去って、みのりは自分の心の中を確かめるように目を伏せると、思い切ったように口を開いた。
「…私はね。結婚しようなんて思ってないけど、…好きな人はいるのよ。」
その意味深な言葉と、その深い哀しみを湛えたような眼差しと。
古庄の胸がドキンと反応して、何と言えばいいのか分からなくなる。
しかし、そんな哀しみを帯びた雰囲気を払しょくするように、古庄は敢えて明るい声を出した。
「へえ?ねえさんが好きになる人って、どんな人なんだろうな。」
古庄につられて、みのりもほのかな笑みを浮かべる。
「そうねぇ。その人も、……ラガーマンだったわ…。」
元ラガーマンの古庄も、それを聞いておどけてみせた。
「お!そりゃ、いい男に違いない。」
「そりゃ、もちろん、いい男に決まってるじゃない。」
と、みのりの笑顔はもっと明るく輝いたが、それ以上その〝いい男〟について語ろうとはしなかった。




