三人の男… 7
「伊納先生は缶のカクテルか何かを飲んでて、私にはリンゴジュースを出してくれた。それから、伊納先生がリモコンをつついて、何気なく音楽が流れてきて…。」
「音楽を流して、気持ちをほぐそうとしてるね?どんな音楽だった?」
「……うーん、ジャズ、……かな?」
「おお?ジャズかぁ~。やらしいほどにムード満点になってきたね~。…それで?」
「伊納先生はこう言った。『これ、俺の演奏を録音したものなんだ』って…。」
「は……!!」
由起子は手のひらで口を押え、顔を真っ赤にさせた。そして、一瞬後にはブッと吹き出して、大爆笑になった。
「すごい自己顕示欲!!…そ、それで、カッコいいつもりなのかな?マジでウケるんですけどっ!!」
由起子はお腹を押さえながらヒーヒー言って、悶絶している。
「……仲松さんは、それに何て言って応えたの?」
「『お上手ですね』……って言うしかないじゃない。あの状況じゃ。」
そんな由起子の反応を見て、伊納のわざとらしい態度や言動を思い出すと、なんだかみのりも笑えてきて鼻を鳴らしながらそう言った。
「でも、その時はホントに笑える状態じゃなかったんだから。」
みのりが表情を曇らせると、由起子もようやく笑いを収める。
「うん、密室に二人きりだもんね。……まさか、実は…襲われた…なんてことはないよね?」
由起子の取り越し苦労に、みのりは真っ赤になって首を横に振る。
「とんでもない!いきなり襲われそうになった場合に備えて、がっちり予防線も張ってたし!」
「予防線って、…どうやって?」
「ガチャピンのぬいぐるみよ。」
「はあ?!ガチャピンって、あの青虫みたいな?」
「青虫じゃなくて、恐竜じゃないの?」
「あ、あれ、恐竜かあ!…って、そうじゃなくて。ガチャピン?」
「そう、黒革張りのソファに間接照明の部屋には似つかわしくない、ガチャピンのぬいぐるみがあったの。」
「うーん…、生徒からもらったのかな?」
「それは聞かなかったけど、そのぬいぐるみをずっと膝に抱えてね?何かあったらそれで撃退しようと…。」
「それで、何かあったの?」
何を期待しているのか、由起子は面白そうに目を輝かせているが、みのりはウンザリしたようなため息をついた。
「…別に、何もない。」
「でも、部屋にまで連れ込んで…、伊納先生は完全にその気だったと思うけど。」
「私が隙を見せるどころか、ギンギンになって警戒してたから、襲う気も失せたんじゃない?11時過ぎになって、私が帰りたいって言ったら、すんなり帰してくれたし。」
その時の自分の姿を客観的に思い浮かべて、みのりは自虐的な笑みを浮かべる。そんなみのりの表情を見て、由起子もニヤリと笑った。
「そりゃあ、仲松さんはその辺の生徒とは違って、そう簡単には落とせないってね。ま、これに伊納先生も懲りたでしょうよ?」
「だといいけど…。」
この時、にわかに由起子の言葉が信じられなかったみのりだが、実際伊納はそれ以来みのりを誘うことはなくなった。それどころか、あれほどしつこかったのに、目が合っても話しかけてくることさえなくなった。
逃げられた〝魚〟を追い求めるのは、伊納の主義に反するのか……。
みのりは、伊納の露骨な態度の変化に呆れもしたが、ずっと苛まれていたしがらみから解き放たれたような気がして、ひとまず安堵した。




