遊園地 5
「…何か、飲み物買ってきます…。」
みのりをベンチに座らせた遼太郎が、そう言ってその場を離れようとしたが、みのりがそれを引き留めた。
「ううん。今飲んじゃうと、戻しちゃうかもしれないから…。ありがとう…。」
遼太郎は何をしていいのか分からず途方にくれて、隣へ座ることもなくみのりを見守っている。みのりは未だ、真っ青なままだ。
「…すみません。俺が、あんなのに乗りたいなんていうから…。」
遼太郎がそう言って謝ると、みのりは顔を上げて首を横に振った。
「…遼ちゃんが謝ることない。私の方こそ、乗れもしないのに乗って、迷惑かけちゃった…。でも、大丈夫かなって思ったの。前に乗ったのは随分前だし、時速100kmくらい高速道路じゃ普通に出すから…。」
同じ時速100kmと言っても、車のそれと直に体で風を切るそれとは大違いだ。それは、みのりも分かっていたと思うが、それでも無理して乗ったのは、自分を楽しませようとしたからだと、遼太郎は思った。
みのりに楽しんでもらいたいと思ってここに来たのに、それどころかこんな目に遭わせてしまって、遼太郎は本当にいたたまれなかった。
それなのに、優しいみのりは、
「…ごめんね。絶叫系に乗れないんじゃあ、遊園地、半分も楽しめないよね。」
と、申し訳ないような視線を遼太郎に向けてくれる。
「俺は、先生と一緒にいられるんなら、どこだろうが嬉しいんです。…この前も言ったと思うけど…。」
みのりが自分を責めないように、遼太郎はそう言ったのだが、みのりはいっそう切ない目をして遼太郎を見上げた。
「…私も、そう。遼ちゃんと一緒なら、ジェットコースターで腰が抜けるのも、楽しいわ。」
みのりが切ない目に微笑みを宿してそう言うと、遼太郎も自然に笑顔になった。
「なにも、絶叫系に乗らなくても、楽しめます。ほのぼの系に行ってみましょう。」
「……うん。」
遼太郎がみのりへと手を差しのべると、みのりはその手を取って、ベンチから立ち上がった。
みのりが遊園地で楽しめる乗り物といえば、メリーゴーランドやコーヒーカップなど、幼児でも乗れるようなものばかりだ。18歳の男子が乗るには子どもっぽすぎて、遼太郎は気恥ずかしさが先にたったが、それらに乗った時のみのりは、童心に戻ったように本当に楽しそうだった。
学校では見ることのできない、子どものように無邪気な表情は、二俣の言っていた通り、予想に違わず可愛らしかった。信頼して、慕ってくれてなければ、見せてはくれないものだろう。
遼太郎はそれを見て、ようやく気持ちを安堵させる。みのりの楽しそうな様子に、遼太郎の心は喜びで満たされる。安心して自然とこぼれでた遼太郎の笑顔に、みのりも満ち足りた笑顔で応えた。
射的や輪投げといったゲームコーナーに差し掛かったとき、幼い子どもの激しく泣く大きな声が、耳に入ってきた。3歳くらいの男の子を、母親らしき人が一生懸命なだめようとしているので、迷子ではないらしい。
みのりが心配そうに立ち止まって様子を窺っているので、遼太郎も男の子へと目を向けた。
どうやら、そこにある「ハンマーゴング」と言われるゲームがうまくいかず、景品がもらえなかったのが気に入らないらしい。
ハンマーを力一杯振り下ろし、その反動で鉄球を跳ね上げゴングを鳴らさねばならないのだから、大人の男性でも成功するのは至難の業だ。
「ちょっと、待っててください。」
遼太郎はお尻のポケットから財布を出しながら、おもむろにハンマーゴングの方へと向かい、係員へと料金を渡した。遼太郎の意図を理解したみのりも、泣いている男の子の元へと歩み寄って声をかける。
「今から、あのお兄ちゃんがゴングを鳴らしてくれるから、泣かないで見ててね。」
男の子は泣き顔のまましゃくりあげながら、遼太郎を見上げた。母親の方は、「助かった…」とばかりの顔を見せて、みのりへと会釈をする。
皆が見守る中で、遼太郎はハンマーを手に取り、それを振り上げる。
1回目は、叩く場所が真ん中から逸れてしまい、鉄球は「8」の目盛りまでしか上がらなかった。途端に、一旦は泣き止んでいた男の子が再び泣き声を上げ、渋面になる。遼太郎はそれを振り返って、苦く笑ってみのりへと目配せをした。
「大丈夫。あのお兄ちゃん、ラグビーやってるから、ああ見えてけっこう力があるのよ。」
男の子をなだめるみのりの言葉をくすぐったく感じながら、遼太郎はハンマーを握りなおした。台を壊して振り抜くくらいの力で叩かなければならないことは、1回目で分かった。チャンスは、あと2回ある…。
高々と振り上げられたハンマーは、今度は真ん中にジャストミートした。鉄球は勢いよく跳ね上がり、「カン!」と思ったよりも地味な音が鳴った。
――よし…!
と、遼太郎が心の中で拳を握った時、
「やった―――っ!!」
と、手を叩いて大喜びをするみのりの声が響いた。男の子とその母親も、同じように手を叩いて喝采を送ってくれていた。
「来てごらん。」
遼太郎は手招きして男の子を呼び、好きな景品を選ばせてあげた。男の子が選んだのは、大きな動物のぬいぐるみ。
「ありがとう!」
男の子はご満悦になり、母親は何度も遼太郎とみのりにお礼を言って頭を下げていた。
大きなぬいぐるみを抱えて、男の子がメリーゴーランドの方へと走って行く。
それを見守る遼太郎の眼差しを見上げて、みのりは心が暖かい光で満たされていくのが分かった。
自分の好きになった人は、本当に強くて優しい人なんだと…。




