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Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜  作者: 皆実 景葉
三人の男…
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三人の男… 4




 いずれにしても、不器用な江口などとは違って、伊納は女を落とす手管に長けているらしい。

 巧みに事を運ばれて、気付いたら〝同意の上〟ということで関係を持ってしまった…。なんてことになりかねない…。


 確かに由起子の言う通り、気を付けなければならないと、みのりは肝に銘じ……、


 ……そして、とうとう伊納と約束をしていた〝食事をする日〟になってしまった。



 なるべく伊納と一緒にいる時間を短くするために、みのりは週の半ばの平日をその日に選んでいた。そうすれば、「仕事で遅くなった」と遅れて行けるし、「明日仕事があるから」と早く帰ることができる。



 しかし、そんな小さな抵抗をしても、気が重いことには変わりがない…。

 由起子の話を聞いて、伊納はみのりの中で、〝ウザい男〟から〝最低な男〟に変化していた。



「それじゃ、仲松さん。食事に行こうか。」



 同僚たちの大半が職員室からいなくなった6時過ぎに、伊納が3年部の所までやって来て、声をかけてきた。


 机に向かうみのりの肩が、ピクリとこわばる。



「…あの、実は…。今日中にやっておきたい仕事がまだ残ってて…。」



 そう言って、取って付けたような言い訳をして最大限の時間稼ぎを試みる。



「へぇ?3年部なのに、この時期にもそんな仕事があるの?」



 『ウソがばれた…!?』と、ギクッとみのりは内心跳び上がったが、ついてしまったウソは、最後までつきとおすしかない。



「それが、教務の方で…。入試のデータ処理が…。」



 生活指導部の伊納には、教務部の仕事のことは判るまい。みのりは申し訳ないような顔をして、心の中では伊納の出方を計算していた。



「なるべく早く終わらせて向かいますから、伊納先生は先に行っててください。」



 みのりがそう言うと、伊納は少し困った表情を見せたが、しょうがなく頷いた。



「6時半に予約してるから…、それじゃ、俺だけでも先に行っとこうか…。」



 職員室の出入口から伊納が姿を消したのを見届けて、みのりはハァ~っと息を抜いた。


 本当は伊納が訝った通り、仕事なんてありはしない。何をして過ごそうかとみのりは考えたが、こんな悪あがきをして時間を稼げるのも1時間が限界だろう。約束した以上、今日ばかりは無視するわけにも、スッポかすわけにもいかない。



 何をするでもないのに時間はあっという間に過ぎてゆき、7時をとっくに過ぎてしまった。人気もまばらになってしまった職員室で、みのりはもう一度深いため息を吐いた。


 そして、バッグを抱えると覚悟を決める。これから、1時間…いや2時間は、一瞬たりとも気が抜けない。




 伊納が選んだ所は、個室で二人っきりで…という感じの店ではなく、ビストロ風の賑やかな雰囲気の楽しめる店だった。それを感じ取って、みのりの張りつめた気持ちも、少しだけ緩む。


 楽しそうに酒を酌み交わす人々の中にいるはずの伊納の姿を探すと、ビールを飲みながら頬杖をついて、窓の外を眺めていた。



「ごめんなさい。遅くなりました。」



 みのりが声をかけると、伊納はみのりを見上げてニッコリと笑った。幸せで満ち足りたように。


 その顔を見て、みのりはドキリとする。ときめいているわけではないけれど、伊納のこの表情は心を不穏にざわめかせる力があった。



「お疲れ様。君はよく働くね。感心するよ。…何飲む?」



 向かいの席にみのりが落ち着くと、伊納はそう言ってドリンクリストを差し出してくれる。

 計算されつくされたような言動と表情と仕草と…。伊納はこうやって、何人もの女性を落としてきたのだろう。



「ウーロン茶を。」



 みのりがそう答えるのを聞いて、伊納はさらにじっとみのりを覗き込んだ。



「飲まないの?」



 もちろん、「アルコールを」という意味だろう。



――アンタの前で、絶対に飲めるわけないじゃないの!



と心の中で舌を出しながら、みのりは肩をすくめて微笑んで答える。



「お酒は強くなくて、飲めないんです。明日も仕事があるし…。」



 この男と一緒にいる時に酔っぱらってしまうなんて、自ら我が身を差し出しているようなものだ。



「何か食べたいものある?」


「何でも。」



 伊納はメニュー表も差し出してくれたが、みのりはそれを受け取らずに、そう答える。



「…じゃ、適当に注文するよ?」



 にこやかな笑顔は忘れずに、伊納は手を上げて店員を呼んだ。



 そんな伊納は、この場では目立つのだろう。店員はおろか、女性客たちが振り返って見ている。その雰囲気を感じ取って、伊納の振る舞いは、ますますキザになった。



 出て来た料理たちも、伊納自身が食べたいものというよりは、女性が食べそうなもの…という感じのものをチョイスしている。


 〝余裕のあるいい男〟を演じているみたいだが、その内側では涙ぐましいほどに気を遣っているらしい…。


 何気ない話をして料理を食べながら、そんなふうに伊納を観察してみると、なんだか哀れにさえ感じてしまう。



――若い子ならいくらでもダマせるだろうけど…。そもそも、若くて可愛い女の子と付き合ってて、どうして私なんかに構うんだろう…?



 それを伊納に訊き出してみたかったが、そんな話題を振ると逆に口説かれてしまうのは、蓮見の時で経験済みだ。




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