三人の男… 3
「……みのりちゃん。あいつにストーカーでもされてるのかよ?」
「えぇ!?」
俊次から飛び出してきた過激な質問に、みのりは驚いて目を剥いた。
「蓮見さんは、ただの知り合いよ。そんなアブナイ人には見えないでしょ?」
それを聞いて、みのりの怯えたような表情の原因は、みのりの心の方にあるのだと、俊次は察知する。
「へぇ?ただの知り合いが、わざわざ学校までみのりちゃんに会いに来るかな?」
俊次のこの言葉を聞いて、みのりはギクリと肩をすくめた。俊次は、以前蓮見が学校に来た時のことを覚えているらしい…。
「でも、あの時から会ってないし。付きまとわれたりもしてないから、大丈夫。…それを言うなら、蓮見さんより伊納先生の方がよっぽどストーカーよ。」
「……アイツ。そんなにしつこいなら、俺がガツンと懲らしめてやろうか!」
そんな俊次の口ぶりに、みのりは可笑しそうに声を立てて笑った。この俊次にガツンとやられてしまったら、それこそ伊納はひとたまりもないだろう。
「ダメよ。そんなこと言っちゃ。君の場合、シャレにならなくなるから。」
「でも、みのりちゃんがホントに困ってるんなら、俺…」
俊次は本気で心配してくれているようで、それをみのりはさらに笑い飛ばした。
「何言ってんの。君に懲らしめてもらわなくても、自分のことは自分でどうにかするから。…あっ、ほら。キャプテンが『集合』って言ってるよ。」
「えっ?!」
俊次は焦ったようにキャプテンの居場所を確認すると、きびすを返して観客席を降りていく。その大きな背中に、みのりは更に声をかけた。
「俊次くん、今日はホントに大活躍だったね!お疲れ様!」
俊次は立ち止まり振り返ると、遼太郎とよく似たはにかんだ笑顔を、みのりへと向けてくれた。
俊次にはああ言って収めたものの、伊納のしつこさは、みのりにとって本当に悩みのタネだった。
「食事に行こう。」
伊納が芳野高校に着任してからもうすぐ1年。その間、伊納はみのりの顔を見るたびに、ずっとこう言って誘いをかけてきた。
やんわりどころか、かなりはっきりと断っているのに、いっこうに伊納はメゲる気配がない。
〝狙った獲物〟は落とさなければ、彼のポリシーに反するのか。それとも、断る理由が、「忙しいから」ではなく「あなたが嫌いだから」と言わないからなのか。
ただ、仕事帰りに食事に行くだけなら、本来ならば何の問題もない。実際みのりは、古庄や他の男性の同僚と一緒に、独身男性を相手にしているような定食屋などによく足を運んでいた。
けれども、伊納の言う「食事」はそういうことではない。彼にとっては、「食事に行こう」=「デートをしよう」、ということだ。
いずれにしても、これは一度伊納の提案に乗らなければ、諦めてくれそうになかった。
三月の高校入試も終わった頃、みのりは断ることに疲れ果て、伊納のしつこさに、とうとう観念した。
「分かりました。食事に行きましょう。」
深いため息と共に、その一言を不本意ながら口にした。
その言葉を聞いた瞬間の、伊納の満足そうな笑みに、みのりの背筋には思わず寒気が走る。
「場所は俺が決めるから、君はいつがいいか決めておいて。」
そう言って、色気のあるウインクを向けられると、全身が凍り付いてしまいそうだ。
そしてこの事実は、瞬く間に職員室中に広まって、みのりはまるで伊納の手に落ちたような視線で見られた。
「ちょっと!聞いたよ、仲松T。伊納先生とデートするんだって?」
藪から棒にそう言ってきたのは、藤野由起子という生物の教師だ。
パチンコが趣味という彼女は、さばさばしていてまるで女っぽさはない。みのりと同い年で、今年度3年生の担任を一緒にしている内に親しい仲になった。
「……デートじゃない。ちょっと食事に行くだけだって。」
この話題を持ちかけられると、おのずとみのりの表情も険しくなる。
「ふぅん、でも。伊納先生はデートのつもりみたいだから、気を付けた方がいいよ。」
「……?!気を付けるって、何に?」
由起子に注意喚起されて、みのりはいっそう眉間の皺を深めて、彼女に向き直った。
すると、由起子はちょうど開いていたみのりの隣の席の椅子に座って、みのりに身を寄せる。
「昔、私が講師の時にいた学校でね。私、伊納先生のクラスの副担やってたことがあるんだ。」
「へ~、知らなかった。」
意外な事実に、みのりは目を丸くする。
「伊納先生って、教科指導も生徒指導も言うことなくて、一応いい先生ぶってるけど、ひどいもんよ。同僚の先生はおろか、生徒にも手を出してて。ほら、見た目はまぁ一応イケメンだし、生徒はすぐに騙されちゃうから。とっかえひっかえしても、常時、5人くらいとは付き合ってたみたいよ。」
――……ええっ?!なんて男……!!
今さらにして知ってしまったその事実に、みのりは愕然として何も言葉が返せなかった。




