三人の男… 2
「…えっ?!蓮見さん…?」
俊次の驚きと同様に、みのりも戸惑ったような声を上げる。
「どうして、こんなところに…?」
こんな無名の高校の試合の観戦に来るのは関係者ばかりで、よほどのラグビーファンでもほとんど来ることはない。
そんなみのりの不審な様子に対して、蓮見は相変わらずの爽やかな笑顔を返した。
「取材に来たんですよ。配置換えでスポーツ部になって…。慣れない現場なので鍛えられてます。」
取材といっても、ラグビーの名門都留山高校ならばともかく、弱小ラグビー部同士の新人戦だ。今までメディアに取り上げられることなんて、皆無だった。
その不審さを伴う違和感に、みのりはぎこちなく頷くことしかできない。
蓮見との関係がどんなものであろうとも、こんな時には当たり障りのない話をするのが大人というものだ。
そうしなければならないことは解っているのに、蓮見の登場という思いがけない出来事に、みのりの心も体もこわばってしまっていた。
みのりが何も言葉を発しないので、蓮見の方から会話を持ちかけられる。
「先ほどは一生懸命、応援なさってましたね。…ラグビー、お好きなんですか?」
「………!」
保護者と一緒になってエキサイトしていたところも、しっかりと見られていたと知って、みのりの顔が赤らんだ。
今度ははっきりと問いかけられたので、何か答えなければならない。みのりは、寒風にさらされ渇いていた唇を湿らせた。
「…もちろんラグビーも好きですけど、私はどちらかというと、ラグビーをしている選手たちが頑張ってる姿を見るのが好きなんです。」
みのりのその言葉の奥にいるたった一人の〝選手〟…。
その存在に気づけるはずもない蓮見は、会話を続けた。
「そうですか。鍛え上げた選手たちが身を挺してぶつかっていく姿には、確かに心打たれるものがありますね。実は僕も、ラグビーは好きなんですよ。とても自分ではできませんが、大学の時にはよく母校の試合を観に行っていました。」
「そういえば、蓮見さんは慶応大学出身でしたね。」
慶応大学だったら、関東の大学の対抗戦や大学選手権など、ラグビーの試合を観られる機会も多かったはずだ。
みのりが少し表情を緩ませて、相づちを打ったので、蓮見も嬉しそうな笑顔を見せる。
…変に意識しているのは、みのりの方だけなのかもしれない…。
お見合いをしてから、もうすぐ2年が経つ。その間ほとんど音信などなく、蓮見が学校へ訪ねてきた出来事も、もう10カ月も前のことだ。
蓮見の中でも、もう見合いも過去のことになっていて、今はもう普通の知人として接してくれているだけなのかもしれない。
そう思えば、みのりの気持ちも幾分楽になった。
「生徒さんたちの試合には、よく応援に来られるんですか?」
「いえ、普段はほとんど来ないんですけど、今日は生徒と約束してたので…。」
みのりの気持ちの緩みを受けて、少しずつ会話が弾みはじめた。……しかし、その矢先、
「だったら、やっぱり今日は本当にラッキーだったんですね。芳野高校の試合だから、もしかして…。と、微かな望みを抱いてたんですが、まさか本当にみのりさんに会えるなんて。」
蓮見が何気なく放った言葉は、冷たい矢となってみのりの心臓に食い込んだ。
あのお見合いの日に知った蓮見の気持ち。蓮見の気持ちはまだあの時のままで、まだ自分の方に向いているのだと覚ってしまった。
一瞬にして、また体が凍りつくようにこわばって、胸の鼓動が不穏に乱れてくる。何と言って答えを返せばいいのか分からず、言葉がのどに張り付いて出てきてくれない。
「……みのりちゃん!!」
突然響いたその大声は、みのりを呪縛から解き放してくれた。
「俊次くん…。」
みのりはホッとして、自分たちに近づいてくる俊次に視線を移した。
俊次は怪訝そうにジロリと蓮見を一瞥するも、軽く頭を動かして会釈をするような素振りを見せた。
すると、蓮見の方も、爽やかな笑顔を俊次に向ける。
「さっきの試合で、2つもトライを取った子だね?…ちょっと、インタビューしてもいいかな?」
「いんたびゅー?!」
俊次は驚いて、大きな体を思わずのけ反らせた。
「蓮見さんは、県民新聞の記者さんなのよ。今日の試合の取材に来たんですって。」
みのりもそんな風に蓮見を紹介して、取材を受けてくれるように促した。
俊次の今日の活躍がもし新聞に載ったら、顧問の江口はもちろん俊次の〝家族〟も、きっと喜ぶだろうと思って…。
しかし、俊次はあからさまにしかめっ面になった。
「花園で活躍したんならともかく…。それに、俺はまだ1年だし、偉そうなこと言って怒られたくないから。話を聞きたいなら、顧問の江口先生に聞いてください。」
蓮見は面食らって目を丸くしたけれども、すぐに温和な表情を取り戻す。
「そうか、まだ君は1年生なんだね。先が楽しみだ。…それじゃ、江口先生の方に話を聞いてみるよ。」
そう言いながら、俊次に、それからみのりに微笑みかけた。
「みのりさん。それでは、また。」
みのりも会釈をして、遠ざかっていく蓮見の姿を見送る。そのみのりのホッとした表情を、俊次は見逃さなかった。




