三人の男… 1
寒風が吹きすさぶ2月のグラウンドの脇で、みのりはあまりの寒さに座ることもできずに立ちすくんでいた。
どんよりとした曇り空からはちらほらと雪が落ちはじめ、ダウンのコートとムートンのブーツで完全防備の隙間から、寒さが忍び込んでくる。
ここに来てまだ30分も経っていないのに、もう既に足の先がジンジンしてきた。
ピィ――――――……!!
冷たい空気に、ホイッスルが鳴り渡る。
それと同時に、寒さなど物ともしない熱い戦いが始まった。
自分の息で白くけぶる視界の中で、みのりが見つめるのは、遼太郎……ではなく俊次の姿。
『試合に出る時には、必ず応援に行く』という俊次との約束通り、みのりはこの寒さを押して、いつもの野田原競技場へとやって来ていた。今日は、3年生が引退をしてから初めての公式戦である新人戦が行われていた。
同じラグビーというスポーツをし、同じ親から生まれた兄弟なのに、遼太郎と俊次のプレースタイルはまるで違う。
俊次はその長身を生かしてか、フォワードのロックというポジションに起用されていた。
スクラムではその真ん中でとにかく力を振り絞り、ラインアウトではジャンパーとしてボールを取る。そして、ラックやモールができるとどこからでも飛んできて、その密集の中に体当たりで突っ込んでいった。
ボールが出てくるまで、じりじりと待っているバックスとは違い、フォワードの俊次は息つく暇もなく激しく動き回っている。
花園予選が終わり、3年生が引退した後、まだ1年生ながらチームの中心となって頑張る俊次の姿がそこにはあった。ラグビー部に入る時に、あれだけ渋ったのが嘘のように…。
ただ、ひたむきにタックルを繰り返す姿、最後まであきらめずに走る姿は、遼太郎と同じだ。今この瞬間に、自分が出来うるすべてを出し切ろうとするプレーは、みのりに遼太郎を思い出させた。
でも、みのりの目に焼き付いている高校生だった遼太郎の姿は、どこにも見えない。遼太郎がこの場所で縦横無尽に駆け回っていたのは、もう2年も前のことだ。
こうやって自分は年を重ねていっても、思い描く遼太郎の姿は、あの時のまま変わらない。けれども、今はもう違う空の下で、きっとみのりの知らない遼太郎になっている…。
同じように、あの時の自分と今の自分とはかけ離れていって…、いつしか遼太郎の中にいる自分も風化して消え去っていく…。
お互い人生の中のほんの短いひと時を、共有しただけだ。そのひと時が、切ないほどに甘く満たされ、輝きすぎていただけで…。
それは、みのりにとってかけがえのないものだけれども、これから残りの人生、それだけにすがって、そこから動かないで生きていくわけにはいかない……。
みのりの思考は、〝遼太郎〟という漠然とした異空間をしばし漂い、ふと目の前で繰り広げられている戦いに戻ってくる。
雪が舞い散る厳しい寒さの中、湯気が立ち上がらんばかりに汗をかき、闘う俊次の姿を見て、みのりは目が覚めた気がした。
今、自分がしなければならないことは、――応援だ。
「俊次くん――っ!!ナイスタックル!!」
よく通るみのりの声が、俊次にも届いたのだろう。
タックル後にボールが蹴り出され、ラインアウトに向かう俊次が、みのりの方へチラリと視線を向いた。
こんな時、遼太郎ならばニコリと笑いかけてくれていたのだが、俊次はあくまでもポーカーフェイス。澄ました顔をして、目の前を駆けていく。
しかし、それからの俊次はギアを入れ替え、エンジンをフル稼働させた。その体の大きさを感じさせない運動能力を発揮し、後半はトライを2つ決める大活躍で、芳野高校を勝利へと導いた。
ラグビーファンを自負するみのりも、この試合の展開に寒さも忘れて熱狂した。同じく応援に来ていた保護者と一緒になって、寒さで消耗し足取りが重くなった選手たちを励まし続けた。
俊次の方も、試合中は澄ましていたが、みのりが応援に来てくれるとやっぱり嬉しかった。「俊次くん!俊次くん!」と、みのりの声が聞こえてくるたびに、むず痒いような気分になって、体が思ってもみないくらいに躍動した。
観客席へ向かっての挨拶がすんで、保護者たちが声をかけてくれている中で、俊次はみのりの姿を探した。応援に来てくれたお礼を言うためだったが、本音を言えば自分の活躍を褒めてほしかった。
観客席の中ほどで佇んでいるみのりを見つけて、スパイクシューズのまま駆け上がる。
みのりは俊次の存在に気付いておらず、俊次が声をかけようとしたその時、
「…みのりさん!」
と、男の声が響いた。
みのりの意識は必然的に、俊次ではなくその男の方へと向く。
その男に、俊次は見覚えがあった。スラリと長身の眼鏡の男…、かつて学校の玄関でみのりが会っていた男だ。




