愛しい想いと体の関係 15
ラグビーをして家に帰った時、「ただいま」の挨拶もそこそこにすることは、何はさておいても〝入浴〟だ。今日のように試合をした日は特に、頭の髪の毛の間から鼻の中まで砂だらけなのだ。
「うおぉぉぉおぅ……!!」
遼太郎が浴室へ向かうと、俊次の雄叫びが聞こえてくる。一足先に、試合の後の〝洗礼〟を受けているみたいだ。
俊次とは先ほどまで一緒に第2グラウンドにいて、現役対OBの試合でコテンパンに伸してやったばかりだ。
風呂は先客がいたので、遼太郎はしょうがなくリビングへと向かう。そこでは母親と姉の真奈美が、年賀状の仕分けをしてくれていた。
「ああ、遼太郎。おかえり。ほら、これ。あんたの分の年賀状よ。」
束にして輪ゴムで括った年賀状を真奈美から受け取ると、ゆっくり見るために、そのまま側のソファに腰を下ろそうとした。
「やだ!遼太郎!!帰ってきて、まだお風呂に入ってないでしょ!?砂が落ちるから、座らないで!」
母親の悲鳴のような声を聞いて、遼太郎はソファにお尻を付けることなく、跳び上がった。
こんな風に母親から小言を言われると、まだ自分は高校生の時のままのような気がしてくる。続けて『宿題はやったの?』と訊かれてしまいそうだ。
リビングにも居場所がなく、遼太郎はダイニングのオイルヒーターの前でたたずんだ。手にある年賀状を1枚1枚めくって、じっくりと確かめる。遼太郎自身は年賀状を出していないので、これから返事を書かねばならない。
そうしている内に、リビングに俊次が姿を現した。
「母さん!いっぱい怪我してるよ!いてぇよー!!」
開口一番そう言って、大きな体に似合わず母親に甘えている。そして、母親も末っ子には甘いのだ。
「あらあら、俊ちゃん。頑張った証拠ね。」
と、戸棚の中から救急箱を取り出して、膝や肘にできた傷に薬を塗って絆創膏を貼ってやっている。
この様子に呆れたのは遼太郎だけではなく、姉の真奈美も同じだった。
「俊次。そのくらいの傷でヒーヒー言ってちゃ、ラグビーなんてやってられないって。ねえ、遼太郎?」
「まあね。」
姉から話を振られて、遼太郎も肩をすくめて同意する。
とはいえ、どういう経緯で俊次がラグビー部に入ったのかは聞いていないが、今日の試合を見た限り、その恵まれた体格といい身のこなしといい、俊次には素質があると思っていた。
体を洗わなければ何もさせてもらえないので、とりあえず遼太郎は浴室へと向かう。
そして、シャワーで体にお湯をかける時、先ほど俊次が悶絶した痛みに歯を食いしばって堪えた。
試合の混乱の中では、練習では付かないような擦り傷を無数に負ってしまう。その時は自覚せずに痛みさえ感じていなかった傷が、お湯をかけられると同時に一気に覚醒する。
先ほど真奈美はあんなふうに言っていたが、この痛みだけは、経験した者でなければ解らないだろう。
普段、ラグビースクールでボールを触っているとはいえ、遼太郎にとって試合をするのは久しぶりだったので、この痛みを味わうのも久しぶりだった。
…それでも、いつも自分の中に潜在する澱のような〝痛み〟に比べたら、まだ心地良いとさえ思えてしまう。




