愛しい想いと体の関係 14
二俣は随分言いよどんでいたが、泳いでいた視線を遼太郎に合わせると、ようやくそれを切り出した。
「…あのな、俺…。沙希とは別れた……。」
「………!?」
突然飛び出してきたあまりにも大きな事実を聞いて、遼太郎は驚きを声にもできずに、目を剥いて二俣を凝視した。
「……どうして?!」
そして、自覚もしないうちに遼太郎の口から、その疑問が飛び出してくる。
中学生の時から付き合ってきている二俣と沙希は、多少の波風なんかも乗り越えられるほど、強い絆で繋がっていると信じていた。
遼太郎からその質問をされることは当然想定していたはずだが、二俣は何と言って説明したらいいか、言葉を選んで考え込んだ。
「俺が……、悪いんだ。」
二俣はそうポツリとこぼしたが、それだけではどうしてそうなってしまったか解らない。遼太郎は食い入るように二俣を見つめ続けて、さらなる説明を待った。
「…俺が、浮気したんだ。大学のサークルの同級生と…。」
『浮気』という言葉を聞いて、遼太郎の表情が曇る。
「沙希ちゃんよりも、その浮気相手の方が好きになったってことか?」
事の真相を突き止めようと、遼太郎は二俣の心情を掘り下げる質問をした。もし、二俣が本気でサークルの同級生のことが好きになったのならば、それはそれでしょうがないことだと思った。
「…いや、別に好きでも嫌いでもないよ。…あの時は、魔がさしたんだ。飲み会の後、酔っ払ってて…。誘惑されたから、つい…。」
話の成り行きを聞いて、遼太郎は形相を険しいものに塗り替えた。
「『つい…』って、もしかして、好きでもない相手とやってしまった、ってことかよ?」
真実を衝かれて、二俣は何も返答が出来なくなる。遼太郎は呆れたように天を仰いでから、再び二俣へと視線を合わせた。
「……バカ野郎。」
二俣は情けない顔をして、遼太郎の静かな罵倒をその通りだと言わんばかりに、甘んじて受け入れた。
そんな二俣を見て、まだ沙希のことが好きなんだと、遼太郎は確信する。
かつては、みのりのことを好きになったり、ややもすると危うくなる二俣の沙希への想いだが、それは何があっても消し去ることのできない想いでもある。
誰よりも大事な存在だけれども、そこにいるのが当然過ぎて、二俣は沙希に対してキスをしたり…そんな素直な愛情表現ができないでいた。
女性に触れた経験のない二俣は、だからこそ、些細な誘惑の虜となってしまったのかもしれない。男の本能の方が先立って、どうでもいい相手と〝初めての体験〟をしてしまったことが、悔やまれてならないのだろう。
それでも、沙希にその事実は打ち明けないで、ずっと隠し通していれば、何事もなくこれまで同様〝遠距離恋愛〟を続けていけたはずなのに…。バカ正直な二俣は、その事実を自分の内側に隠しておけなかったのだ。
「……ふっくん。今ならまだ間に合うよ。本当に沙希ちゃんを失いたくないんなら、今、なりふり構わず謝って繋ぎ留めないと。」
気を取り直したように遼太郎が声をかけると、二俣は顔を上げて遼太郎と目を合わせたが、すぐにまたうつむき、首を横に振った。
「…この前も、沙希は何も言わずに、ずっと泣いてばかりだった…。きっと、許してくれないよ。」
「許してくれないからって、諦められるのか?何年か経って、沙希ちゃんが他の男と結婚してるところなんて見たくないだろう?今、手を離してしまうと、一生後悔することになるぞ。」
遼太郎の言葉が、二俣の胸に突き刺さった。
高3の冬、みのりに告白する時にあれだけ悩んで、二俣に相談していた遼太郎…。あの時と同じ人物と話をしているとは、二俣には到底思えなかった。その言葉には、それだけの重みと強さがあった。
遼太郎の後ろに浮かんで見える、みのりの姿…。
みのりを想い続けることで鍛えられ、培われた心から放たれる言葉は、同時に二俣の心を切なく震えさせた。
こうやって言ってくれている当の遼太郎は、その手の中にあった愛しい存在を失ってしまった。その胸の中にある想いを成就させたくても、どうやって努力すればいいのかさえ分からないのだ。
「………分かった。…沙希に連絡してみるよ。」
気を取り直した二俣が幾分明るい声で応えると、遼太郎は安心したようにニッコリと笑った。
二俣と沙希には、別れないでいてほしい――。
遼太郎は、心からそう思った。愛しい人と、会える術をなくしてしまう…。こんな辛い思いをするのは、自分一人で十分だった。




