愛しい想いと体の関係 11
「時間もちょうどよくなりました。どこかに食事に行きましょう。」
ガラス越しの街にネオンが灯り始めたのを見て、遼太郎が席を立つ。
それは、初めから約束していたことだった。
「……うん。」
道子も小さく返事をして、立ち上がる。
すると遼太郎は手を差し出し、話の間ずっと道子の手に握りしめられていたカフェラテのカップを受け取ると、返却口にそれを持って行った。
夜の街を歩く時には、先ほどのように腕を引っぱってくれることもなかったし、手を繋いだり、ましてや抱き締めたり…、そんなことはしてくれなかったけれども、遼太郎はずっと道子に寄り添って、きちんと〝彼女〟として大事に扱ってくれた。
それは、この日のデートに限らず、日常の大学のキャンパスで一緒にいる時でも。
何でも穏やかな表情で聴いてくれる遼太郎には、道子もつっぱったことは言えなくなり、心の内を全て隠さずに話せるようになった。
すると、遼太郎は何も指摘したり意見を言ったりもしないのに、道子自身、自分の考えの間違いや心の愚かさが自ずと見えてくるようになる。
…裸で抱き合わなくても…、他の方法を考えなくても、ただ遼太郎と一緒にいるだけで、道子の心は癒されていく。きれいな水で洗い清められるように、自分の心が澄んでいくのが分かった。
――このままずっと…、狩野くんの側にいたい…。
遼太郎のような男に、心から想ってもらえたら…、道子はそう思わずにはいられなくなった。
だけど、遼太郎には、何があっても忘れることのできない、心から愛している人がいる。
その揺らぐことのない真理に裏打ちされているからこそ、あの時の遼太郎の言葉には強さがあった。遼太郎の道子に対する優しさも、その心の中にいる人を、誠実に強く深く想っていればこそ、生まれてくるものなのだろう。
だからこそ、遼太郎をずっと自分に縛り付けるわけにはいかない…。
一緒にいれば、遼太郎は優しくしてくれる。でもそれは、遼太郎が思いやりのある人間だからに他ならない。自分への優しさは、友人に向けられるものと全く同じものだ。
遼太郎は、ずっと一緒にいてくれない。遼太郎と一緒にいる限り、いつか切り出される「別れ」に、道子はおびえ続けなければならなかった。
「よっ!遼太郎。最近、例の『彼女』とは上手くやってるのか?」
ゼミ室へ上がる階段で、遼太郎が先を行く佐山と樫原に追いついた時、開口一番、佐山の方が遼太郎に訊いた。
その響きに、そこはかとない嫌味が漂うものだから、樫原は顔をしかめて佐山を顧みたが、樫原本人も遼太郎と道子のことは気になっているようだ。
「…うんまあ、それなりに上手くやってるよ。『俺たち』なりにね。」
愛しくて愛しくて、しょうがない。四六時中、一緒にいたい――。
遼太郎が道子に対して、そんな感情は向けていないことは承知しているが、遼太郎自身が『俺たち』と表現する辺り、道子とは独自の信頼関係を築いて仲良くできているようだと、友人二人は認識する。
道子のことを語る遼太郎の顔の明るさが物語っているように、遼太郎自身、道子と一緒にいることがそんなに嫌ではなく、むしろ楽しいと思うようになっていた。
道子の口から出てくる言葉も、遼太郎を牽制したり、自分を蔑んだりするものは少なくなり、小さい頃の話だったり、将来の夢だったり…、前向きな話題が多くなっていた。
道子はとても優秀な頭脳を持っている才女らしくて、見識も深く、いろんな話を聞いているだけで、遼太郎にとって勉強になることも多かった。
「すぐ別れちゃうかと思ってたけど、案外…続くよね?」
樫原もそう言うように、初めは遼太郎の無謀さを心配していたが、こんな遼太郎を見ると、もしかして本当に道子のことが好きになったのではないかと、また違った意味で心配になってくる。
樫原のこの言葉は暗に、『まだ別れないの?』という質問と同じだった。
遼太郎はそれに対して何も答えず、肩をすくめて樫原に視線を合わせて、その眼差しを和ませただけだった。
すると、道子に対して辛辣な佐山の方が、樫原に答える。
「『案外続く』ったって、まだ1カ月くらいのもんだろう?そんなに早く振っちまったら、いくらおブスの『道子チャン』でも可哀想だろう?」
と言いながら、勢いよくゼミ室のドアを開いてみたら、そこには道子の姿があった。
さすがの佐山もこれには肝を潰したらしく、思わず手で口を押さえて、目を白黒させる。




