愛しい想いと体の関係 10
みのりの幻影が自分の中を通り過ぎて行ってくれるまで、ひたすらじっと耐えて、それから言葉を絞り出すように口を開いた。
「俺は、『好きな人』じゃないと抱けません。」
道子は、そう断言した遼太郎の顔を見て、覚った。
それは、これから巡り会うであろう抽象的な〝好きな人〟ではなく、遼太郎の心に深く刻み込まれている〝好きな人〟が、もう既にいることを――。
その人が心にいる限り、自分に限らず他のどんなに綺麗な女性だって、遼太郎に触れてもらえることはないだろう。
しかし、苦悩を漂わせる表情を隠せないあたり…、遼太郎はとても辛い恋をしているようだ。
遼太郎は自分の苦悩は払しょくして面持ちを変えると、気を取り直すように道子に向き直って、その目を正面から見据えた。
「偉そうに言わせてもらうと、やっぱり先輩は間違ってます。愛し合っていない相手とそんなことをして、救われるはずがありません。そう思うのは、ただの幻想です。そんな気分になっているだけです。…俺はまだ、先輩の言ったように、それを体験したことはないけど…、先輩も本当に好きになった人と触れあえたら、俺の言ってることが解ると思います。…だから、その時に後悔しないためにも、先輩のその体は、心から好きになってくれる人のために、大事にしなきゃいけません。」
誠心誠意を込めて、遼太郎は言葉を尽くして道子を説得しようとした。
遼太郎の声色、眼差しの強さ。ここまで真剣に向き合ってくれた男性が、これまでの道子にいただろうか…。
けれども、こんなふうに語ってくれる遼太郎も、自分のことを〝心から好きになってくれる人〟ではないことは、道子も分かっている。
「そんな人、現れるはずがない。…こんなに醜い私のことなんて…、誰も本気で好きになってはくれないわ…。」
頭の中に、あの高2の時の男子の声がまた聞こえてきて、道子は声を震わせて涙をこぼした。
この根深いコンプレックスから道子が抜け出すのは、簡単なことではないのかもしれない…。そうは思ったけれども、遼太郎はもう投げ出すことは出来なかった。少なくとももう二度と、道子が名前も知らない男に、弄ばれてはならない。
「生まれ持った容姿はそう簡単に変えられないけど、心は変えられます。見た目以上に、心の美しさに惹かれる男だっているはずです。心が綺麗な人は人間として魅力的だと思います。心を磨いて光らせておけば、いつかきっと…、先輩もかけがえのない人に出会えます。」
遼太郎の言葉には何の確証もなく、漠然とした未来を希望的に展望しただけのものだったけれども、信念に基づいている強さがあった。
その清らかな響きは、道子の乾いた心に深く染み透って、じんわりと温かく広がっていく。
道子の張りつめた表情が少し和らぐのを見て取って、遼太郎は柔らかい笑顔を作った。
「とにかく今は、…一緒に…、何か他に方法を考えましょう。『あんなこと』をしなくても、先輩の心を癒せる方法を…。」
そんな優しい言葉を聞いて、道子の目にはもっと涙が溢れてくる。
もう道子は、遼太郎の言うことを否定することも、自分の存在を否定することもできなかった。涙を拭いながら、ただ黙って頷くことしかできなかった。




