愛しい想いと体の関係 7
インターンシップに参加していたリクルートスーツを着た学生が、ぞろぞろと出てきたので、その中から道子の姿を探す。
小柄で小太りな道子は比較的目立ちやすく、見落としはなかったと思うが、そぞろ帰っていく学生たちの中に、結局道子の姿を見つけられなかった。
スマホを取り出し、時刻を確認すると、もう4時半になろうとしていた。
何が何でも道子を探し出して、デートをしたいと思うほどの情熱はなく、このまま帰ってしまおうか…という衝動が遼太郎の中に過る。
するとその時、手の中のスマホの着信音が鳴る。道子からの電話だった。
『…もしかして、会社の前で待ってるの?JRの新橋駅にいるから、来てくれる?日比谷口の方よ。』
道子は用件だけ言うと、遼太郎が言葉を発する前に、電話を切ってしまった。
遼太郎は訳が分からず首をひねる。新橋駅はここからすぐ近くだが、どうして道子はそんな所にいるのだろう…?
新橋駅に行ってみると、道子は駅前の植栽を囲む柵に腰かけて、遼太郎を待っていた。
「亀山先輩。インターンシップは…?」
遼太郎の問いかけに、道子は目を合わせただけで何も答えなかったが、先ほど見た学生たちと同じようにリクルートスーツを着ているので、インターンシップには行っていたみたいだ。
道子は、どこか行くところがあるのか、おもむろに歩きはじめる。遼太郎は、ただそれに黙って付いて行くしかない。
新橋駅近くのこの辺りは、小さくて古びた飲食店や風俗関係の怪しげな店もある。もう少し時刻が進んで、ネオンのきらめく時間帯になればまた違うのだろうが、今、道子が進んでいく街は、どう見ても〝デート〟をするようなところではなかった。
ふと道子が、2階に通じる階段の小さな入口の前で立ち止まった。階段を上り、中に入って行こうとする。
遼太郎は道子の後に続く前に、2階の店舗を見上げて何の店か確かめ、目を剥いて道子を制止した。
「…ど、どこに行くつもり…、何をするつもりですか…?!」
階段の下から、薄暗い階段を上っていく道子の背中に向かって叫ぶ。
「どこって、そこに書いてあるでしょ。『レンタルルーム』よ。一つの部屋を借りて、男女がすることって、……決まってるでしょ。」
あまりに突拍子もない道子の行動に、遼太郎の心臓はいきなりナイフを突きつけられたように反応し、バクバクと激しい鼓動を打ち始めた。
嫌な汗が噴き出して、体がすくんでしまう。
「……な、何を言ってるんですか。本気なんですか?」
「本気も何も、付き合ってるんだったら、当然じゃない。狩野くんはそのために、私の『彼氏』になってくれたんでしょう?」
――冗談じゃない…!!死んでも嫌だ…!!
遼太郎は心の中で叫んでいた。
好きでもない女に触れる…そんな漠然としたものではなく、道子とその行為をしている具体的な想像に、身の毛がよだった。ただ欲望に駆られて動物のように交わるなんて、絶対に嫌だった。
「『彼氏』だからって、……俺には、そんなつもりはありません!!」
遼太郎は階段にも足をかけずに、断言した。
道子はそれを聞いて、もともと浮かなかった表情をもっと曇らせて、階段を降りてくる。けれども、遼太郎の前に立って向き直ると、不敵な笑みを浮かべた。
「狩野くん…。もしかして初めてなの?だったら、私がリードしてあげる。上手に出来るように、いろいろ教えてあげるから。」
そんな言われ方をして、遼太郎の顔に血が上ぼる。屈辱のあまり唇を震わせて、遼太郎は険しい目で道子を見下ろした。
「…好きじゃない女の人とは、…絶対にしません…!!」
自分のことは好きではない…そう言われているのに、道子はひるまなかった。毅然とした遼太郎の態度に相対しても、道子はそれを自分に対する挑戦とばかりに、笑みに色っぽさを加えた。
遼太郎にもう一歩歩み寄ると背伸びをし、両腕を遼太郎の首に絡ませて、ぴったりとその体を密着させる。
「私…、狩野くんに言われたから『あんなこと』だって止めてるんだけど?だったら、代わりに慰めてくれなきゃ。」
その誘っている道子の声色と目つきに、思わず遼太郎の体には、ゾクリと悪寒が走った。
遼太郎が後ずさっても背後には壁があり、逃げ場がなく、更に道子から迫られると、その豊満な体の輪郭まで洋服越しに感じ取れた。
恐怖にも似た意識に駆られ、心臓が激しく鼓動を打つばかりで、遼太郎の心も体も痺れて動かなくなってしまう。
けれども、今ここでハッキリと拒否しておかないと、佐山から忠告されたように、本当に襲われてしまいそうだ。




