遊園地 3
「俺、今は…、先生のことを『先生』としか呼べません…。」
みのりが意外な顔をして、無言で遼太郎を凝視する。その顔をチラリと確認して、遼太郎は自分の本当の気持ちを説明しなければならない必要に駆られた。
「…もちろん!先生のことを『先生』以上に思えない、という意味じゃありません。」
みのりの中に不安が沈殿する前に、すかさず遼太郎はその不安をすくい取った。
「何ていうか…、先生が俺の先生だったことを忘れたくないんです。先生は先生なのに、生徒だった俺のことを…『好き』って言ってくれたことを、忘れたくないから…。」
頭の中で整理された考えではなく、自分の中の想いをそのまま隠さず言葉にしたら、そう言っていた。
みのりも、遼太郎のその言葉を噛みしめる。
生徒だった遼太郎を、一人の男性として好きになることは、教師のみのりにとってかなりの勇気を要することだった。
教師としてあるまじき想いという自分の中の心の〝壁〟が、それを阻んでいた。
それに、教師と生徒という立場の違いという“壁”を乗り越えて、遼太郎と想いが通じ合えるとは、到底思えなかったから。
だけど、その〝壁〟を壊してしまうほど、自分の遼太郎への想いは強かった。決して低くはないその〝壁〟を乗り越えて、想いを確認し合えた。
「…そんなふうに言われると、…遼ちゃんに『先生』って呼ばれるたびに、いろんな大事なこと思い出して…泣いちゃいそうよ…。」
そう、みのりからつぶやかれて、遼太郎はいつものように優しい笑顔をみのりに向けた。
「大丈夫です。先生が泣くのには慣れてるし。それに…、俺の知らないところで泣かれるよりも安心です。」
この遼太郎の素直な言葉を聞いたみのりの胸が、キュンと切なく鳴いた。
もちろん、硬派な遼太郎は計算などして言っているのではない。だけど、これまでみのりに愛を語ってくれたどんな男性の言葉よりも、遼太郎のそれはみのりの心を震わせた。
切なく心が絞られて涙が滲んできたのをごまかすように、みのりは口角を上げて、遼太郎へと微笑みを向けた。チラリとそれを見た遼太郎は安心したように、視線を前方へと戻した。
遊園地へ着くと、まだ春休み前だというのに暖かな陽気に誘われてか、けっこうな人出で賑わっていた。手首にフリーパスのビザバンドを付けてもらって、園内に入る。
パステルカラーの建物に、気分が自ずと高揚するような音楽。そこには現実を忘れられる別世界が待っていた。
「どこから、行ってみますか?」
遼太郎が手渡された園内の見取り図を開きながら声をかけると、みのりはそれが耳に入らなかったのか、ただ空をじっと見上げていた。
不意に遼太郎もみのりと同じように、空を見上げる。
――…うっ…!
空気が暖かいので気が付かなかったが、空は一面の分厚い雲に覆われている。芳野を出るときには薄日も射していたので、天気のことは気に留めていなかったけれども、これはもしかすると雨に降られてしまうかもしれない。
遼太郎は、今日の天気をチェックしてこなかった失態を、今更ながらに悔いた。
「…天気、悪くなりましたね。」
申し訳なさそうな遼太郎の言い方に、みのりが振り向いた。
「天気が悪くなるのは、遼ちゃんのせいじゃないでしょう?大丈夫、降りはじめるのは夕方からって言ってたから。」
自信を持ってそう言ったみのりは、しっかりと天気予報を調べてきていたらしい。
こんなふうにみのりはいつも、遼太郎をサポートしてくれて、時にはさりげなくリードしてくれる。
今日は自分がリードして、みのりを楽しませてあげたいと思っていたのに、遼太郎は初っ端から出足を挫いてしまった。ちゃんと天気予報をチェックしていれば、行き先を映画館に変更することもできたはずだ。けれども、すでに入園してしまったので、そうするわけにもいかない。
「さて、どこに行く?遼ちゃんが一番行きたいところから行ってみよ!」
みのりはニッコリと楽しそうに笑って、弾んだ声でそう言いながら、遼太郎の持っている園内の見取り図を覗き込んだ。
「…それじゃあ…。」
いつまでも落ち込んでいては、今日という貴重な一日が台無しになる。遼太郎も気を取り直して、みのりと二人で頭を寄せて見取り図を覗き込んだ。