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第五話 賢者の弟子

 賢者と、レッセントルベリの邂逅。

『閉じよ、闇夜の宝石』


 小柄といってもいいだろう、長い黒髪の、一見美しい少女に見紛うばかりの少年。その少年が、続けて虚空の誰かにつぶやいている。その声は深く哀しげで、まるでとんでもない歳月を費やしてきたかのように、重いものだった。


(本当に少年なんだろうか? 見たままではないなにか。そんなものがあるような気がするのは、けして気のせいばかりじゃないような……)


 ついついその声音に(ほだ)されそうになったところに、横に寄り添うようにしていたモノに目が行ってしまった。それまで不思議と、()()()()()()()()と思っていた。いや、我知らずにそう思い込もうとしていたのかもしれない。見ないように、そこにはいないんだと改めて強く念じてみても、やはりそこに確かに存在する、大いなる恐怖と、絶望の権化ともいうべき存在。


「バ、バジリスクだっ!! しかも成体の女王だとぉ!? ガウンジージョ、けして目を見ないようにするんだ! それにつけてもな、なんてもんを引き連れて現れるんだ、今、まさにこの時に!」


 レッセントルベリが正気に立ち戻れずにいる間に、ガウンジージョが動いた。ここにきて初めて、背に負うた“ドゥーリンガの大斧”を眼前に構えて視線を外しながら、裂帛の気を放つ。


「おのれえぇ! 伝承の中でのみしか生き得ぬはずの、巨悪なる災厄よっ! このわしの身命を賭してでも、今この場にて打ち果たしてくれんっ! いざいざ、尋常に勝負、勝負じゃぁあ!!」


 構えた大斧を、心底からの震えで取り落とさないよう出来たのは、ひとえに、ガウンジージョの胆力の賜物だったのは言うまでもない。


 一方、そう口上を切られた存在は、その身に纏った薄桜色の袖なしシャツを震わせながら、なにやら頭に乗せた帽子らしきものを、俯いた拍子に地に落としてしまっていた。その様子はまるで幼子が、言い知れぬ叱責に怯えてしまったかのような姿だった。


(一体全体なんだっていうんだ? この魔物の、その頂点にも君臨するほどの災厄の存在にあるまじき、このいたいけな雰囲気は? そういえば、その隣にいる少年の様子も現れた時からおかしい……)


 ここに至ってようやく、己の気を落ち着けて事態の把握に努めることにしたその矢先。彼らの横合いから別なる声が、レッセントルベリを更に驚かせることとなった。




「ええい控えい、控えおろう! レッセン、ガウンジージョよ、こちらにおわす御方をどなたと心得る。おそれおおくもかの偉大なる『木漏れ日の賢者』、エウリュイアス様なるぞ! 横なる明緑の気高きは、いとお優しくも可憐な乙女でらっしゃる、フィアーロさんじゃ」


「そのいかにもな勿体ぶった言い回し、よく意味の分からない形容の仕方。その声はもしかして……いや、もしかしないでもお前に決まってるな。騎士リカリノ」



 着いた途端に私は、私に対する驚愕と、この上もない絶望の入り混じった声に打ちのめされてしまいました。やはりどんなに着飾ってみても、所詮私は大きな蛇。しかも多くの世界で忌み嫌われ、討伐の対象にさえなっているバジリスクです。そんな私が好かれる訳もないのは分かってはおりますが、このような形で、あからさまな嫌悪を抱かれるのを目の当たりにいたしますと、つくづくこの身を恨むしか他ありません。

 そのように思い頭を垂れてしまい、サラサさんがせっかく被せてくれた可愛らしい帽子を、地面に落としてしまいました。それがまた余計に悲しみを掻き立てるすんでのところ、リカリノさんからの、思いもかけない嬉しい、とてもお優しい言葉をいただきました。


 こんな私を庇うかのように、リカリノさんが横合いから前に進み出てこられました。


 どうやらリカリノさんのお知り合いらしく、一歩前に踏み出て大きな斧を構えた岩みたいな方と、その後ろでなぜだか、大きなため息交じりに答えられた若い方が、肩の力を抜かれるのが分かりました。


「それにしても、なんでお前がその()()()の従者然としてるんだ? まあ昔っから時代劇が大好きで、よく二人で観に行っては口上を真似るような、そんな天然娘だったけど……」


「レ、レッセンっ、おぬし言うに事欠いて! お、おぬしなど小さい頃、いっつも(いじ)められてばかりいたではないか。泣きながら私の胸に擦り寄ってきていたのは、どこのどいつだっ? 私だから良いようなものの、大体おぬしはな、も少し男らしくしたらどうだ」


 なぜだかとても、私などには真似のできない仲の良い? そんなやりとりをし始めたお二人。その様子を、温かな眼差(まなざ)しでご覧になられているエウリュイアス様が、優しくお声をかけられました。


「まあまあ、お二人ともその辺で。しかしまあ、どうりで大層(かしこ)まった物言いの騎士様だなあと思いました。もしかしてリカリノさんの大好きな劇って、『旅人の一行が実は、大国のやんごとないお方の世を忍ぶ仮の姿だった』。みたいなやつですか?」


 エウリュイアス様の発せられたお言葉には、なぜだかこの上もないほどの親しみとでも言いましょうか、そのような懐かしくもあり、また深い思いを感じさせるようなものが(にじ)み出ておられました。これもまた私の知らない、エウリュイアス様の永きに渡る、生きてこられた道程故のことなのかもしれません。


「さすがは木漏れ日の賢者様。このような辺境の国に伝わる伝承劇などもご存じなんんですね。本来なら家柄からして、リカリノは自分なんかとは、こんな風に親しく接して良い間柄じゃあないんですがね」


 レッセンさん? と呼ばわれた方は続けて、それにこんなに見目麗しく、出るところも出てるしね。などと身振り手振りで、エウリュイアス様に説明されています。その様子を見てリカリノさんが、真っ赤になって慌ててらっしゃいますのが微笑ましくて、私もつられて笑顔になります。蛇の私が笑ったところで、見た方は空恐ろしい気になるだけでしょうが。


 このようにエウリュイアス様に対してさえ、くだけた調子でお話になるレッセンさんという方は、もしかしたら見た目とは異なり、とても肝が座っていらっしゃるのではないでしょうか。飄々(ひょうひょう)とした物腰といい、なんだか少しだけ、エウリュイアス様に通じるものがあるような気がします。

 そのレッセンさんの後ろに下がり、従者のように控えていらっしゃるガウンジージョさんと呼ばれた方が、なにやら肩を震わせておいでなのが気になります。お加減でも悪いのでしょうか、心配です。


「小さい頃からよく辻芝居を観に行っていたんですが、そこでリカリノと仲良くなりまして。特に好きだったのは確か……そうそう、『解放王アーク』の後日譚だったかなあ」


 リカリノさんの肩を気安くバンバン叩いたり、時には肩組みまでしてしまうレッセンさんに、気づかれないよう気づかれないようにして頬を紅く染めるリカリノさんが、とてもいじらしく思えてなりません。

 止めに入ったガウンジージョさんのお顔が、もう我慢ならないほどにゆがめられているのが分かります。さっきの肩の震えは、きっと笑いをこらえていたからに違いないでしょう。安心しました。


「それはそうと、なぜリカリノが賢者様と一緒にここにいるのか、いい加減教えてくれないか? こっちはこっちでいろいろあってさあ。少し焦ってるんだよね」


 とても焦っている風には見えませんが、先ほどよりは幾分真面目なお顔で、リカリノさんに質問をされるレッセンさん。ハッとした表情で、威儀を正すリカリノさんが答えます。


「すまぬ、そうであったな。わたくしとしたことが、いささか呆けていたようじゃ。さよう、わたくしがここにエウリュイアス様、“お師匠様”をお連れしたのは他でもない。サザン砦を魔の手から救うためなのだ」


 そう話し、エウリュイアス様に深くお辞儀をされるリカリノさんに、しばし時間を置いてからエウリュイアス様が答えられました。


「レッセンさん。本名は……ああ、レッセントルベリさんと言うのですね? では」


 その場の雰囲気がガラッと変わるのが分かりました。辺りを包んでいた黒い霧のようなものまで薄れるくらいでした。


「おお、いかにもその通りじゃ。このわしは、ここなる騎士、リカリノの師となった者じゃ。わしを()()()()として敬い、教え導かれることを望んだが故な。してわしはこの、()()()()であるリカリノの真摯なる声に応えるべく、この地に参った次第じゃ」


 語られるエウリュイアス様の声音は、直接心の奥根に響くかのようでした。その頃にはレッセントルベリさんの率いる兵士の皆さんも、次第に集まり始めてきていました。

 場が一様にしん、と静まり、エウリュイアス様の言が続きます。


「現状については、おおよそではあるが察しているつもりじゃ。あまり時間に猶予がないこともな。しかしながらの、わしが動く前にちと、そなたに尋ねたいことがあるのだ。そなた……ララという名を持つ者に、心当たりはないか?」


 リカリノさんの必死な様子や、辺りを覆う黒い霧。不安げな表情を浮かべる兵士さんたちの顔色などから、エウリュイアス様がそう申されたのも無理からぬことです。それでもなおお尋ねになった、ララという女性の名前。


 私は己が身を恥じました。だってそうではありませんか? 嫉妬深い蛇なんて、まるで風刺画に描かれたような、嫌な女性の象徴のように感ぜられるものでしょうから。


 私は付いてこない方が良かったのかもしれない。


 そんな私のことを気遣われるように、リカリノさんが帽子を鶏冠に、優しく被せてくれました。それでも、目だけは私からは合わせることのないように、伏せたままにしていました。


「ララ……ですか。はい、その名前は、お師様から聞いたことがあるような気がします」


 レッセントルベリさんは、私がエウリュイアス様に向けるのに少し似た、そんな表情を浮かべて答えられました。


「おそらくは『灰の賢者』、ララ・ユルギヌース様のことでしょう。自分のお師様、ゼファーラムを教え導いた方かと」

 大変長らくお待たせしました。しかも、話はほとんど進んではいません。次回こそは……

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