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第二章 愚者と高嶺の花子さん chapter 1 男の頭はピンク色。君のパンツはどんな色

 私立神楽坂学園高等学校は、学生教育特区である新寧町の中でもトップクラスの成績を有するお嬢様学校だ。

 通う生徒たちの誰も彼もが医者や政治家、どこぞの企業のお偉いさんのご子息やご令嬢ばかり。軒並み優秀に設定された『設定表記証ステータスカード』を持っている者ばかりで、誰もかれもが既に人生勝ち組を神様より確約されている、この国の未来を背負うエリートだ。

 文武両道を掲げている為『神官騎士』の育成にも力が入っており、近年の『救済神魔奉納演武祭』では優秀な成績を収め続けている。優秀な『神官』も数多く輩出しており、その中から出世して『使徒神官』や『大神官』になる者も少なくないんだとか。


 そんな未来のトップ集団の中に一人、ひと際異彩を放つ少女がいた。

 ボブカットを一房だけ伸ばして三つ編みにした、蠱惑的な銀髪。勝気に吊り上がる柳眉と、神秘的な薄紫の瞳は、ここではないどこか遠くを見つめ、どこか哀し気で物憂いな表情は、見る者を悉く魅了し引き付ける。

 腰には流麗なデザインの銀を基調とした細剣を提げ、幼く危うげですらある華奢な身体と、日輪とフラングルドのハーフの証である真っ白い陶磁器のような滑らかな肌が見事にマッチして、冒しがたい神秘的な美しさを醸し出している。

 まだ幼く愛らしい童顔に不釣り合いな、大人びたクールな雰囲気をその身に纏う少女の名は瑠奈=ローリエ。

 神楽坂学園高等学校の誇る優良生徒にして、その『設定表記証(ステータス)』の特殊さによって一切の人を寄せ付けない高嶺の花だ。


 彼女は一年三組の教室の一番端、窓際の自分の席でいつものように瞳を閉じて授業の開始を待っていた。

 学校では誰とも関わらず、いつも独り席に佇む瑠奈。

 必要に迫られない限り彼女が誰かに話しかけることはなく、彼女に話しかけるような勇気ある者もまた、この学園には存在しない。

 それは別に瑠奈が虐められているからといったわけではない。

 むしろ彼女は学校一の美少女として男女問わずに絶大な人気とカリスマを誇る、学園の誇る優良生徒だ。


 ただ――彼女の美しさと優秀さへの敬愛と羨望、そしてそれを上回る恐怖があるだけ。

 故に、クラスで孤立している彼女は、ホームルームのクラスのざわめきの理由に迂闊にも気が付く事ができなかった。

 彼女がそれにようやく気付けたのは出席を確認する点呼のタイミングだった。


「――次、浜田友也くんー」


 今年でついにアラフォーの領域に足を踏み入れた未婚の女教師が名前を呼ぶと、瑠奈の隣の座席に座る男子生徒が、机と椅子を弾き飛ばすような猛烈な勢いで立ち上がって、勢いよくその手を挙げ始めた。


「はいはいはーーーーーいっ! 先生ーっ、僕はもう御覧の通りすこぶる元気なのですけど、先生はお元気ですかぁ? ぱっと見た感じ、なんだか顔色が悪そうですねー、ちゃんと睡眠とってます? ご飯とか食べてますかぁ? あ、もしかして先生、まだ自分は若いと思って無理なダイエットとかしてません? もー、先生もだいぶ良いお年なんですからー、いい男でも見つけて、落ち着いた生活しなきゃだめですよ? あ、それからほら、鼻の頭にできもの出来てますよ? そう、そこそこ。ソレです」


 地雷という地雷を悉く打ち抜く怒涛のマシンガントークにクラスメイトはもちろん、女教師もぽかんと口を開けて固まっている。

 いつも周囲の流れから外れて孤立している瑠奈も、これにはさすがに視線を浜田へやらざるを得なかった。

 ややあって硬直から立ち直った女教師が、頬をぴくぴく震わせながら、まるで嵐の前の静けさだと言わんばかりの満面の笑みで男子生徒をとびきり優しく窘めた。


「……浜田くん、元気なのは結構ですがホームルーム中は席に座っていてくださいね。それから先生の鼻の頭にあるのはできものではなく黒子です元カレにも褒められたチャームポイントなんですッ! ……分かりましたねえ?」

「はーーい、先生。すみませーん」


 素直にビシッと頭を下げて謝罪をする浜田。相変わらず頬を痙攣させつつも満足げにうなずいた女教師が次の生徒の点呼を行い始める。

 そして浜田が再び顔を上げた瞬間、隣に座っていた瑠奈は、


「ぶほっ!!?」


 とんでもない物を目撃してその場で思わず吹き出していた。


「やあ、おはよう瑠奈ちゃん。いきなり変な声出してどうしたの? なにか具合でも――」

「――ふんっっ!」

「――わるぁぐぎょえっっ!!?」


 こちらを向いて馴れ馴れしく話しかけてくる浜田の顔面を、とりあえず気持ち的に亜音速の挙動で机に押し付ける瑠奈。

 バン! と凄まじい音が響き、クラスの注目が一気に二人に集中する。

 そんな状態にある事にも二人は気が付かぬまま、顔面を小さな掌で押し潰されている浜田が瑠奈の方を向いたままにおちょぼ口で文句を言う。


「ひ、ひたいひょ、はにふるのは、ふはひゃん(訳:いたいよ、何するのさ、瑠奈ちゃん)」

「(それはこっちのセリフよこのお馬鹿! なんでアナタが此処にいるのよ災葉くんッ!?)」


 声を潜めて怒鳴る、という非常に器用な暴挙に出る瑠奈の怒りと焦りは本物だった。

 ……そう。押しつぶされた状態で机に頬を付けているこの男は、浜田友也ではない。

 

 神楽坂学園高等学校の男子制服に身を包んだ、災葉愚憐その人だったのだから。


「ひょうはぼくはひちにちはまだほもやなんは(訳:今日は僕が一日浜田友也なんだ)」

「(だから意味が分からないわ! 指紋認証とか光彩認証とかの防犯システムをどうやって抜けてこの教室まで来たのアナタは!?)」

「ぼふ、へんひんまほうつかへるはら(訳:僕、変身魔法使えるから」

「(その割には今のアナタの顔、どっからどう見ても災葉愚憐なのだけど!!!?)」

「はは、ぼふのへんひんまほうっへ、ははふへはんびゅうびょうふらいひはもはないんはよね(訳:ああ、僕の変身魔法って長くて三十秒くらいしかもたないんだよね)」

「(使えないわっ致命的に変装にも潜入にも不向きだわッ!?)」


 思わず立ち上がり、頭を抱えて衝動的に銀髪を掻き毟る瑠奈。

 そんな瑠奈の様子をさすがに見かねたのか、女教師から遠慮がち気に声が投げ掛けられる。


「……ええっと、ローリエさん?」


 学園一のマドンナ突然の奇行に対してクラス中の注目が集まっている事に、そこで瑠奈はようやく気付いた。


「……ハッ!? ……ごほんっ、こほん」


 慌てて席に座り愚憐の頭を油断なく抑えながら誤魔化すように咳払いをする瑠奈。そこで愚憐の髪の毛が黒から白へ変わりつつあるのを見て、慌てて両手で隠すように頭を押さえ直す。

 高嶺の花であり、恐怖の対象でもある瑠奈へ、腫れ物へ触れるように恐る恐ると言った調子で女教師が話しかけた。


「……瑠奈=ローリエさん? その。大丈夫、ですか……?」

「い、いえ。その……は、浜田くんの反省が足りないようだったので、追加で謝罪をさせているだけですのでお気になさらず」

「で、でも浜田くんもちゃんと反省してるみたいでしたし、その。ぼ、暴力はよくないと、思いますよ?」

「ほうらほうらほうりょくはんらい(訳:そうだそうだ暴力反対)」

「(ややこしいからちょっとアナタは黙っててお願い良い子だから!) ……え、ええ。確かに暴力はよくありませんね。その通りです、先生」

「だったらもうそのくらいにして、浜田くんの顔を離してあげて……?」

「そ、それは、その。ちょっと。少し――困ります」

「ど、どうしてなの? ローリエさん」


 物静かで従順な優等生である瑠奈=ローリエが教師に対して口答えをした、という事実そのものにクラス中に激震が走る。

 女教師も驚きと恐怖の入り混じる顔で、瑠奈の機嫌を伺うような姿勢だ。


「な、なにか浜田くんが気に障るようなことでも言ったの? それとも、も、もしかして私、気が付かないうちに何かローリエさんの嫌なことをしてしまったかしら?」

「い、いえ。別にそういう訳ではないのですけれど……」

「それじゃあ、一体どうして……」


 なんだか非常に面倒なことになってきた。どうしてそんなことをするのか、と聞かれれば、コイツが浜田友也ではなく災葉愚憐だからなのだが……皆の前でその事実を必死に隠そうとしてしまった手前、今更それを説明しようとすると彼との関係が発覚して様々な不都合が生じることが予想される。

 だからと言ってこの状況を突破できるだけの言い訳を瑠奈は有していない。


 軽いパニック状態にある今の瑠奈にこの状況を打開するだけの策を考える余裕はなかった。


「え、えーっと、えーっと、そのぅ……」


 クラス中の注目が集まる中、そもそも大勢の前で喋るという状況そのものに慣れていない瑠奈は、焦りと緊張と羞恥に顔を真っ赤に染めて酸欠の金魚のように口をパクパクさせあうあう言いながら、目をぐるぐると回すので精一杯。

 もはやクールで孤高な高嶺の花、という鍍金すらも剥がれそうになっていたその時、


「はい先生! 瑠奈ちゃんは悪くないんです!」


 緊張と焦りで緩んだ掌の拘束から抜け出した愚憐が、がばっと手と顔をあげて発言した。

 心臓が止まりかける瑠奈。

 しかし幸いなことに、愚憐が変身魔法をかけなおしたのか、彼の顔はどこからどう見ても浜田友也のソレに戻っている。

 髪も特徴的な白ではなく黒髪だ。

 しかし瑠奈がほっとしたのも束の間だった、立ち上がった愚憐は元気いっぱいにとんでもない爆弾を躊躇なくクラスに投げ放つ。


「僕が瑠奈ちゃんにお願いしたんです! ……実は、小さくてかわいい子に顔を踏みつぶされるのが僕の小さいころからの夢で、だから我儘を言って『足の裏じゃなくて掌でいいから!』って瑠奈ちゃんに必死でお願いしたら、喜んで引き受けてくれて……。だから彼女を怒らないであげてください! 瑠奈ちゃんは僕の夢をかなえてくれた、心優しい女の子……いいえ、女王様なんですッッッ!!」


 エコーが掛かったように何度も反響して聞こえる魂の絶叫。

 シーンと、一気に静まり返る教室。

 真夏だというのに、周囲の気温が一気に南極レベルまで下がった気がした。

 浜田にドン引きするクラスの女子。

 嫉妬と羨望、二つの眼差しで勇者を称える男子。

 何ともいえない耳の痛い静寂に包まれる中、引き攣った笑顔を浮かべた女教師がどうにか口を開いた。


「そ、そうだったのー! それは……その、浜田くんも、ローリエさんも、けっこう特殊な趣味をお持ちだったのねー。あ、あははは、でも、その……そういうのは、あまり人前でやらずに、プライベートでやって欲しいかなーって、先生は思うんだけど、二人とも分かってもらえるかな?」

「はい、すみませんでした先生―っ! 今度からは二人っきりの時にお願いするようにしまーす! カラオケの個室とか! ネカフェとかで!」


 妙に生々しい具体例と共に元気に手を挙げ、ビシッと頭を下げる浜田もとい災葉愚憐と。


「…………ひ、ひゃい」


 作り笑いを浮かべた顔を俯きながら羞恥に染めて、涙目でフルフルと震えながら返事をする瑠奈=ローリエ。 

 二人のこのやり取りは伝説となり、あと数か月はこの二人の話題で学園中が持ちきりになることはまず間違いなしなのであった。

 ……それから余談ではあるのだが、クール系パーフェクトツンツンロリッ子として大人気を博していた瑠奈=ローリエに新たにドS女王様属性が追加されることとなり、一部の男子は涙を流して喜んだのだという。

 それとついでに、『浜田殺す』の会も設立されたとかなんとか。



☆ ☆ ☆ ☆



 クラスに紛れ込んだ異分子である災葉愚憐を排除できぬまま、とうとう一限目の授業が始まってしまった。


(……始まってしまったわ。休み時間は彼のところに人が集まりすぎてどうにもしようがなかったとはいえ、最悪の展開だわ……)


 怨念を込めた半眼で隣を覗き見るも、災葉はのんきなもので楽しげに身体を揺らしながらやたら目をキラキラさせて先生の話を聞いている。

 いつもと違う浜田の授業態度が周囲の注目を常に集めているのも相まって、瑠奈は迂闊に動くことが出来ないでいた。


「――そもそも救済神ヴィ・クワイザーは、宇宙開闢に携わったとされる原初の神。創世神がこの惑星に齎した管理者であるとされ――であるから世界を管理する役割を持つ偉大なる神の庇護を受けた我が大東日輪神国こそが、……人類の模範であり規範であるのは当然であって――――であるからして……、――では、この遺跡に残されたここの象形文字の意味を――それじゃあ浜田。答えてみろ」

「…………」

「……浜田」

「…………」

「おい浜田! 聞いているのかね!?」

「ふぁいっ! いただきますっ!?」

 

 一向に返事をしない浜田に歴史宗教学の講師が怒鳴り声をあげる、するとキラキラ目を輝かせて話を聞いていた浜田もとい災葉が目を覚まして(・・・・・・)寝ぼけた声をあげたのだ。

 少女漫画のイケメンキャラのようにやたら目をキラキラさせているかと思えば何とこの男、自分の瞼に油性マジックで目を書き入れて、船を漕ぎながら堂々と居眠りをかましていたのである。


 講師を含め、エリート揃いの神楽坂学園の生徒らしからぬ浜田のふざけきった授業態度に唖然とするクラス一同。

 しかし浜田もとい災葉は周りの空気を一切読まず、眠たげに落書きだらけの目を擦りながら、


「ああ、すみません先生。ちょっとぼーっとしていたみたいで。ああ、分かってますよ、お昼の時間はまだですよね。大丈夫、先生のお話が退屈で眠ってたなんて事はこれっぽっちもないですから。それで、ええっと、先生が新たに開拓した性癖に救われたとかなんとか? 女の子に隅から隅まで色々管理されたいって話でしたっけ? これまた真昼間からなかなかアブノーマルですね先生っ、でも僕そういう自分の欲望に素直なの嫌いじゃあありませごふっっ!!?」 


 話に割り込むように、瑠奈の拳が災葉の腹にめり込む。

 その威力と衝撃に、思わずくの字に折れて机に突っ伏す災葉。


「す、すみません先生。浜田くん、ちょっと今日調子が悪いみたいで、頭の」

「そ、そうか。……というか今一瞬、浜田の顔が全く別人に変わったように見えたんだが……」

「……あ、ああ! そういえば頭だけじゃなくて顔の調子も悪いみたいですね」

「それに浜田の髪の毛、なんだか白くなってないか?」

「ええ、思わず髪の色が落ちるほど体調が悪いのでしょう。たしかにかなり危険な顔色をしています、思わず別人と見間違えてしまうようなレベルで顔が……いえ顔色が悪いです。これは一大事だと言えるでしょう」

「そ、それなら保健委員。浜田を保健室に……」

「安心してください先生。私が責任をもって彼を保健室まで連れていきますので、ええ、大丈夫です」

「し、しかしローリエ君は保健委員では――」

「浜田くんがどうしても私に連れて行ってほしいそうなので! ええ、私たちのことは特に気にせず、先生は授業を続けていてくださいそれじゃあ……!」


 瑠奈の発言を受け生徒たちが一気にざわつき始め「あの二人やっぱりそういう関係なのでは」ときゃーきゃーひそひそ声を交わし始める。

 それを見た瑠奈は泣きたい以上に目の前の男への怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 おほほ、と上品な作り笑いを浮かべつつ、災葉にヘッドロックを決めさりげなく顔を隠しながら、有無を言わせぬ勢いで教室を退室する瑠奈=ローリエ。

 その笑顔の裏に張り付いた憤怒の激情に、宗教歴史学の講師は呆然と二人を見送る他ないのであった。



☆ ☆ ☆ ☆



 ぷにぷにした女の子の二の腕と平坦な胸に挟まれて連行されるというトロフィーを獲得した僕は、彼女から烈火のごとくお叱りを受けている真っ最中だった。


「一体どういうつもりなのよアナタはッ!? 昨日あれだけのことがあって、それなのにどうして私の学校に潜入なんてしているのかしらッッ!!?」


 裏口からこっそりと学校を脱出した僕らは、近くの児童公園に立ち寄っていた。

 僕に反論の余地を与えないほどに、瑠奈はすごい剣幕で怒っている。

 顔を真っ赤にしてぷんすか! してる瑠奈も特別かわいいのでスマホで写真に収めたいくらいだ。

 実際にスマホを取り出そうとしたら音速で叩き落とされたけど。


「言ったわよね私言ったわよねアナタの顔はもう二度と見たくないって!? 私は人殺しの復讐鬼だって! それが何をどうしたら次の日アナタと学校で顔を合わせる羽目になっているのかしら!!? ……だいたいもしアナタの様子を不審に思った子がアナタの『役回り(キャラクター)』を見ていたら全部バレていたのよ!? 事の重大さが分かっているの!?」

「いやぁ、つい。下心で」

「せめてそこは嘘でもいいから出来心とかにしときなさいな!?」

「何を言っているんだい、嘘を吐くのはよくないだろ瑠奈ちゃん。知っているかい、嘘つきは泥棒の始まりなんだぜ」

「魔法使って変装した挙句不法侵入してるアナタにだけは言われたくないわ……。というかその制服浜田くんのよね? どうしてアナタがそれを持っているのよ?」


 僕が浜田くんの制服を着ているという事実に、今更ながら不審感を覚える瑠奈。けれど、その疑念はいささか周回遅れだ。

 僕はすでに終わってしまった取り返しのつかない過去として、涙なしには語れない浜田くんの悲しい末路を笑いながら語る。


「……ああ、うん。瑠奈ちゃんの隣に座る彼はどのみち邪魔だったからね。制服を借りるがてら、ついでに退場してもらうことにしたんだ……」 

「退場!? アナタ、まさか彼を……っ!」


 恐怖をその表情に浮かべ、一歩後ずさる瑠奈。僕はにへらと嗜虐的な笑みを湛えて彼女に残酷な真実を告げてやることにした。


「くふ、くくくっ。――ああ、彼にはしばらくの間。鍵のついた真っ暗な空間で絶望と共に一人孤独に過ごしてもらうことにしたよ」

「最低ッ、アナタ、無関係な人を巻き込んで――」

「――いやー、ナイスバディの綺麗なお姉さんに変身してホテルに誘ったら、鼻の下伸ばして飛ぶように部屋に入っていったよ。ああ、彼がシャワー浴びてる間に制服一式は借りたんだ」

「どっちも最低だったわッッ!!?」


 男なんてどいつもこいつも頭の中ピンク一色だという残酷な真実に頭を抱えて叫ぶ瑠奈。

 ほんと、この『設定』ばかりはどうにもならないよね。マジでさ。

 僕としては騙されたと知ってホテルで絶望しているであろう浜田くんのご冥福を祈るばかり。

 ほんと、悲しすぎて涙が出そうだ。


 ……まあ財布とかの貴重品は盗んでないし、制服の代わりに変装に使ってた女モノの洋服も一式置いて言ったから、ホテルから出られないってこともないだろう。


「……はぁ。一応、大まかな状況は理解したわ。あとアナタの馬鹿さ加減もね。……それで、結局アナタは何をしに来たわけ? 未だにアナタの目的がさっぱり見えてこないのだけど」

 

 ため息を吐く瑠奈は何だかお疲れモードのようだった。僕としては、瑠奈の疲れを癒しに来たよ! と笑顔で答えたいところだったが、どういう訳かさらに瑠奈の疲労感が倍増する未来しか見えなかったので意識を強く持って自重。

 出たがりな道化を抑え真面目に質問に答える。


「だから初めに言ったじゃないか。下心だって」

「……帰っていいかしら」

「まってまって、冗談冗談道化ジョークさ。僕はただ君と仲良くなりたいんだ、瑠奈ちゃん。だからまずは友達から……フレンドから始めようと思って」

「……アナタ、ひょっとしなくても私の話を聞く気ないでしょ?」

「ああ、フレンドはフレンドでもガールフレンドね! ひとまずカッコカリでも可! 二週間のお試しキャンペーン中なので今がお得だよ! 健全で真剣なお付き合いをご所望します!」


 僕の真面目で素直な言葉に瑠奈はどうしてか頭痛を堪えるように顔をしかめて、それからまた大きくため息を吐いた。

 それから苛立ったように舌打ちをして、改めて僕を真っすぐに見据えて口を開く。


「……何度も言わせないで頂戴。私は、そういう役回り(キャラクター)じゃないの」


 どこか自嘲するような、静かで抑えられた口調であったものの、その言葉には昨日と変わらない強い拒絶の意思が見え隠れしていた。


「……昨日も言ったでしょ? 私は近づく人間に不幸を呼び破滅を齎す呪われた女。この忌々しい『宵闇に浮かび(キャラ)し狂気の朧月(クター)』がアナタにだって見えているんでしょう? ならもう私に近づかないで、私は一人がいい、独りがいいのよ。……それに、私と仲良くなったところで、アナタが得する事なんて何一つ――」

「――だったら君だって、どうして僕を蔑み、嘲笑わないんだい? 君だって見えていないハズがないだろう。僕の『愚者なる道化(キャラクター)」が」


 でも、僕の方だって想いは変わらない。

 どれだけ拒絶されようとも、彼女へ抱く印象が変わることはない。

 だって彼女は、誰かが決めた『愚者なる道化(ボク)』ではない、その奥に確かに存在する『僕自身』のことをいつだって見ようとしてくれている。

 こうしている今だってそうだ。

 頭ごなしに、神様が勝手に縫い付けた名札とその印象に従って僕を蔑み、嘲笑うのではない。

 僕という一個人ときちんと向き合い接してくれようとしているのだ。


 そんな彼女が呪われた女? 不幸をまき散らし破滅を齎す魔女? ましてや復讐に取りつかれて人を殺す殺人鬼だって? 

 馬鹿にするなよ。そんな表面だけの、誰かが決めた安易なキャラ付けに流されて君を蔑ろにして遠ざけるような外道じゃないぞ、僕は。 


 僕の言葉に瑠奈はどこか哀しげに目を細め、弱々しく、けれど芯の籠った言葉を返した。

 変わらない拒絶と否定の言葉を。


「……私は、ただ。神様とやらが勝手に決めた『設定表記証(ステータスカード)』に従うのが嫌なだけよ。別に、アナタだからどうとか、そんなの関係ないわ。……勘違いさせてしまったのなら謝る、だから、お願いだから、もうこれ以上私に――」

「――そこにいるのは瑠奈か?」


 唐突に、僕と瑠奈の会話にそんな男の声が割り込んできた。

 声に瑠奈の身体がビクンと震え、つい今しがたまで彼女を支配していた拒絶や悲哀全て置き去りに、新たに生じた戸惑いと困惑によって彼女の声が揺れる。


「お兄、様……?」


 児童公園の傍に黒塗りの高級車を停め、運転手が明けたドアから降りてきた高貴な祭服を纏ったその好青年は、人の好さそうな顔に心配を浮かべて僕らの方へ歩み寄ってきた。


「学校はどうしたんだ? もしかして、どこか体調でも崩したとか? それならそうと連絡をくれればすぐ迎えに行ったのに――……おっと、そちらの君は?」


 燃えるような金髪に、きりっとした柳眉と全てを見透かすような大きな瞳、男の僕でも思わず目を奪われるような美丈夫だった。

 けれど丁寧な物腰と言葉遣いからは一切の嫌味が感じられず、どこまでも自然体なその笑みは自然と人を引き付ける魅力を併せ持っている。

 その場に立つだけで空間を彼の色に支配してしまうような、圧倒的な雰囲気。 

 ありていに言うなら凄まじいオーラを持った人物だった。

 僕は思わず反射的にその青年を注視する。


 意識を傾けたことで男の頭上に文字列が浮かぶ。

 燃えるような朱色の文字で表示された『役回り(キャラクター)』は『嘆きの聖者(ラメント・セインツ)』。そしてその立ち位置(ポジション)は――


 ――人を愛し、誰も彼もを救おうとする救済の英雄。咎人をも愛する嘆きの聖者は、神の齎した正義の使徒として世界を救う。


 ……ああ、なるほど。これはまた、絵に描いたような正義のヒーローだ。

 僕もまた、いつも通りのヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべてなんてことの無い自己紹介をした。


「初めましてお義兄(・・・)さん(・・)、僕は災葉愚憐(さいばぐれん)。瑠奈ちゃんの友人です」


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