第一章 道化照らす月明り chapter2 男は誰しも全身タイツに憧れる
道端を走るニュースカー――学生たちにもっとニュースを聞いてもらえるようにと、東楽の郊外に位置する『学生教育特区』新寧市が考案した、巨大なモニターを取り付けた大型トラックだ――から流れる午後のニュースは、僕の暮らすこの街で最近多発しているとある連続殺人事件と連続行方不明事件についての話題を垂れ流している。二つの事件の関連性、共通の人間による犯行ではないか? とかなんとか内容はそんな感じだ。
何でも、バラバラに切り刻まれた死体の切れ端が多数発見されているらしく、何らかの魔法を使った犯行ではないかとの事だった。
一年前の『主席神官』暗殺事件の犯人との関連性についても言及されており、同一犯の可能性すら囁かれているらしい。
また、数年前にも同じような事件があって、未だに逮捕されていなかった当時の殺人鬼が復活したのだとか、道端に血まみれのマネキンのパーツが落ちているのを見るとその晩マネキン人形が失ったパーツの代わりを奪いに来るだとか、事件から派生した突飛な噂話も多数存在しているようだ。
道行く学生も、自分たちの街で起きている事件だけに他人事ではいられないのか、どこか不安げな顔で事件についての噂話をしていたりするようだった。
けれど僕には噂話を一緒に楽しむ友達もいないし、あまり関係のない事だ。
それに、道化なんてそれこそ殺されても死ななそうだしね。
「さて、と。ここが彼女の学校か……」
そんな訳で僕は、昨日見た彼女とポスターに映る彼女とを脳内で照らし合わせつつ、制服のスカートの柄やループタイを頼りに彼女の通う学校を割り出して校門で待ち伏せ、彼女のあとを尾行する事にした。
これはいわゆる偵察というヤツだ。
実に常識的で効率的で良いアイデアだ。うん。よくよく考えずとも、僕は彼女の事を何も知らない。なにせ道端ですれ違っていきなり求婚しただけの仲だ。
僕の告白を成功させるためにも、『演武祭』で彼女と結婚もとい勝利する為にも、僕は彼女の事をよく知る必要がある。
彼女の通う高校はかなり良いとこの坊ちゃまお嬢様が通うような有名私立校だった。
コンクリート全盛期のこの時代に、わざわざ景観重視の煉瓦の校舎な時点でお察しだろう。
僕みたいな愚者にはとうてい縁のない場所だ。
校門には警備のおじさんが立っているが、まあ大丈夫。
こんな事もあろうかと、僕はここに来る前にディスカウントストアに寄って変装グッズを購入してきていた。
変装の定番、ちょび髭眼鏡と時代劇風ハゲのかつら。
それからセーラー服に……じゃじゃーん、この黒い犯人タイツ!
何を隠そう、今回の僕のお気に入りはこの黒い犯人タイツだ。
何と、この黒タイツがあれば体型から性別までその全てを黒タイツで包み隠す事が出来るという触れこみの優れもの。
顔に被る用の黒タイツマスクまで別売で売っていた。有能すぎるぜドンKストア。
そしてこの黒タイツ。なんとあの超人気漫画、『名探偵コナカ!』で犯人グループが愛用している犯罪不思議七つ道具の一つでもある。
うん、やっぱりこれにしようこれがいいや。別に、僕が『名探偵コナカ!』に出てくる犯人の黒タイツを穿いてみたいからとかじゃないぜ。
物陰に身を潜める場合、これ以上の保護色はないと判断しての事だ。
……変身魔法を使えるならそれを使えばいいじゃないかって?
分かってないなぁ、それじゃあせっかくの雰囲気が台無しじゃないか。
それにそもそも僕の変身魔法は、あまり潜入とか変装向きじゃないしね。
真っ黒な全身タイツに身を包んだ僕は、建物の陰から校門を窺い、彼女が出てくるのを待った。
これであんぱんと牛乳でもあれば完璧だったな、と思うけど生憎僕のお財布の中身はさきの買い物でスッカラカンだし、犯人と警察サイドがごっちゃになってコンセプトが迷子になってしまうのは頂けないと思い断念した。
とりあえず、これからしばらくパン耳生活が僕を待っていることは間違いない。
僕はコナカの犯人のコスプレをしながら、女の子が出てくるのをひたすらに待つ。
しばらくすると女の子が出て……来る前に後ろから肩を叩かれた。
振り返ってみると、怖い顔をしたおじさんが仏頂面で立っていた。
どうやら彼も『名探偵コナカ!』のコスプレをしているらしく、紺の制服に警察帽を被っていた。完成度高いなオイ。
やはりコナカは人気だなぁ。いや、別に僕のはコスプレじゃあないけれど。こんなに気合入ってないけどね。
おそらく僕を有名なコスプレイヤーか何かと勘違いして声を掛けてきたんだろう。
全く、仕方がないなぁ。僕はもったいぶるようなニヤニヤした笑みを顔に貼り付けて、
「なんだいおじさん、ひょっとしなくても僕のサインが欲しいのかい? 欲しいんだろ? 欲しいんだね? まったくやれやれ仕方がないなぁ。僕もこう見えて非常に忙しいのだけれど、同じコナカファンのよしみだからね、サインの一つや二つ……」
「……」
……あれれ? 何だか反応が芳しくないぞ。ここは僕の寛大な対応にうれし涙を流しながらサインペンと色紙を差し出すターンのハズだ。
それなのに強面のオジサンが差し出したのは小さな紺色の手帳だった。
ぱかり、と手帳がオープンザプライズ。中には『警察官』の勲章と、『魔法犯罪科巡査部長』の文字。へぇ、おじさんは斉藤さんって言うんだ。
「……こんにちは、お兄さん。そんな恰好で何をしてるのかな? ……少しお話を窺っても?」
「……」
黙考三秒。
露骨に視線を逸らしながら、コナカに出てくる黒タイツならこういう時どうするかを考えて、
「あ、こら! 待ちなさい!!」
問答無用。僕は全身黒タイツの犯人スタイルのまま、全力でその場から逃げ出した。
☆ ☆ ☆
警官の斎藤さんと数時間にも及ぶ地獄の逃走劇を繰り広げた僕は、ふらふらへろへろのくたくたになりながら見知らぬ場所をさまよっていた。
「し、しつこかった……もしかして、僕の事を殺人犯かなにかと勘違いしていたんじゃないか?」
さすがに道化の僕といえど、『主席神官』殺しの凶悪殺人鬼と一緒にされるのは勘弁だ。
とはいえ僕の『設定表記証』にはばっちりと未来に犯す殺人罪のトロフィーについての記述があるのだが、何にせよまだやってもいない罪で捕まる訳にはいかない。痴漢冤罪反対!
膝に手を当てゆっくりと呼吸を整える。
辺りをざっと見た限りだと、緑に囲まれた住宅街といった所か。
既に太陽は落ちて、街には夜の帳が降りている。分厚い雲が頭上の月を覆い隠し、足元を照らす明かりは少ない。辺りはとても静かで、虫の鳴く音が時折僕の耳をくすぐるくらいだ。
このぶんだと、シンドゥー教信者達の日課である三度の礼拝のうち、晩の七時の礼拝の時間もとうに通り過ぎてしまったようだ。
警官を撒く事には成功したが、自分の現在位置も分からない。携帯端末だけが頼りなのだが、生憎充電切れでうんともすんとも言わないのはまあいつも通りなので置いておく。
幸いな事に近くの公園に設置された時計で時間だけは確認できた。
時刻は午後九時半。……うん、五時間以上もおじさんと鬼ごっこを続けていたのか、僕は。
そう考えると何だか途端に馬鹿らしく思えてきて、我が家のベッドが恋しくなってきた。
ひとまず来た道を戻ってみよう。そう思って僕が曲がり角を曲がると、
ドン! と、お腹の辺りになにか柔らかい物が衝突してきた。
「ひゃあ!」
ついで悲鳴。
何かが道に倒れるような音。何事かと思って、僕が視線を下に向けると……そこには、昨日僕が出会って五秒で求婚をした銀髪の女の子がかわいらしく路面に尻もちを付いていた。
「き、君は!」
……これは、伝説のパンを咥えた曲がり角シュチュエーション!?
運命の再会に驚いて僕がまんまるギョロ目をさらにまんまると見開く。女の子も僕に気が付いたのか、驚いた様子で目を見開いて――
「――きゃっ、きゃーーーっっ!! へ、変態っっ!! こ、こっちに来ないでちょうらいっ! あ、ああああっち行きなさいな、この変質者―――っっ!!」
ご近所中に響き渡る声で何やら物騒なワードを連呼し始めたのだ。
僕は魔法警官に肩を叩かれた時以上に慌てて、しどろもどろになりながら必死に女の子に弁明しようとする。
ズイと一歩、尻もちをついて後ずさる少女へ近づいて、
「ちょ、ちょっと待ってよ。それは誤解だ甚だしい誤解だよ。痴漢冤罪もびっくりなくらいの冤罪だよ僕は一貫して無罪を主張するよ!?」
「う、嘘よ!」
「なんで!?」
「こんな夜中に出没する全身黒タイツのどこがどう変態じゃないって言うのっ!?」
「あ」
言われて僕は目線を少し下げ自分の格好を改めて確認する。僕の視界には闇夜に紛れるような漆黒のタイツを身を纏った怪しい変態が映っていた。というか、僕だ。
「……ふっ、僕は変質者じゃない。通りすがりのタイツ芸人さ」
「同じようなモノじゃない!」
「君な! それは流石に酷いぞ。謝れ! 全国の売れないタイツ芸人達に今すぐ謝れッッ!!」
「沸点が分からないわよこの変態っ!」
「じゃあ、全国のちびっことタイツヒーローに謝れ! 仮面ライダーとか、戦隊ヒーローとか、あれ全部よくよく見なくてもタイツマンなんだからな! タイツはちびっこ達の憧れそのものなんだ。君はそれを、彼らの夢を侮辱した! それは決して、許されない行為なんだ……!!」
「わ、分かったわ、アナタが思わず拳を握りしめるくらいタイツに真剣なのは分かったからお願い。それ以上近づいて来ないでっ。だ、だからなにかモッコリしているのが目の前に来てるのだけど~~ッ!?」
「……。ヒーローだってもっこりしてるよ」
「意味がわからないわ!?」
僕の弁明虚しく、相変わらずのパニック状態で大声を上げる女の子。
眼前に迫る僕のもっこりから逃げようと、慌てて立ち上がろうとして、そこで彼女はバランスを崩してしまう。
「あ」
そこで僕はようやく気が付いた。女の子がその手に大きな黒いゴミ袋のようなものを抱えていた事に。
転倒の際にどこかが破れてしまったのだろう。彼女が再び転んだはずみで手の中から飛んで行ったゴミ袋の中身が、落とした拍子にどばっと路面にぶちまけられた。
「……? なんだ、これ」
真っ赤な……ペンキ? にしてはやけに黒っぽいな。それから鼻を突き破って脳髄まで突き刺すような強烈な刺激臭まで漂い始めた。
沢山の絵の具を法則性もなしに突っ込んでぐちゃぐちゃにかき混ぜたような、重たい黒と赤がゴミ袋の穴から広がり、路面に水溜りを作っている。
何やら不思議なオブジェも道端に転がっていた。
それは、どこまでも異質な存在感をもっていた。
なんてことのない日常に転がっていそうでありながら、非日常を象徴しているような、ソレはとにかく僕の胸を異常にざわつかせた。一刻も早くここから立ち去ってしまいたい、そんな気持ちにさせる。けれど身体は金縛りにあったようにソレから視線を逸らせない。
不自然な五つの突起を持つ、滑らかな曲線とゴツゴツとした質感を併せ持った不思議な造形の左右非対称の縦長の置物。そのオブジェも赤黒い液体で濡れていた。
あのゴミ袋の中身で間違いないようだ。
「あ、れ?」
でも、おかしいな。
何だかそのオブジェは、
「……、のね……」
やけにのっぺりとしてはいるが、腕の形に……人間の右腕の形によく似ていた。
「――アナタ。見て、しまったのね……」
どこまでも冷え切った冬の雨のような、凍える彼女の声が合図となった。
現実逃避に失敗した僕の喉元に、胃から何かが逆流してくる感覚。激しい嘔吐感が僕を襲う。
「……そう、よね。見られたからにはこのまま返してあげるわけには、……いかない、わよね?」
もう無理だった。
感情を消した顔で彼女が何か言っているが、その言葉さえも耳に入らない。意味が残らない。
やけに人工物っぽい人形めいた滑らかなラインを描きけれど骨ばった関節や肌に浮き出る血管にピンクのぶよぶよした肉と白い骨がはみ出したリアルな断面が顔を覗かせていて僕は僕は僕は――僕は、最終的にこう結論づけた。
ただの人工物、人形ではありえない。
これは誰がどう見ても、ひじのあたりから切断された人間の右腕で間違いない……ッ!?
「――うっぷっっっ!!」
それ以上、僕は心の均衡を保つ事ができなかった。
次の瞬間。僕は顔に被っていたタイツを毟り取ると、耐えられずにその場から脱兎のごとく駆け出して、
「待ちなさい……! って、あ……?」
彼女の持っていたゴミ袋に、喉元にせり上がって来たすっぱいモノを全部すっきり吐きだした。
簡潔に言うと、死体袋に全部ゲロった。
「おえ、ぷっ。……うっえォオげろォろろろぉおおおええええ……」
「……」
「……うえ。ふう、すっきりした……」
エチケット袋を忘れてしまっていたけど、丁度近くに代わりになるモノがあって良かった良かった。
僕は口元を黒タイツの腕で拭いながら、さっきよりも見れたものじゃなくなったモザイク必至のゴミ袋の中身を確かめる事無く、ささっと穴をカバーするように袋を縛って閉じてしまう。
よしっ、これで一仕事完了。
彼女を偵察するという目的もおおむね達成したと言っていいはずだ。今日のところはこのあたりで勘弁しておいてやろうじゃないか。
どこか安堵した表情の僕を唖然と見ていた女の子は、そこでハッと我に返るとその柳眉を怒りに吊り上げて、震える声で尋ねてきた。
「アナタ、自分が今何をしたのか分かってるの……?」
「……え、何ってそりゃあ、あんまり女の子の前で口にしたくはないな。僕にだって男の子の意地ってものがあるから、流石に面と向かってそれを答えるのは恥ずかし――」
少女の怒りが、爆発した。
この状況でなおヘラヘラした笑みを浮かべたまま平然とした様子で答える僕の胸倉を、女の子は下から見上げるような格好でぐっと掴み引き寄せた。
身長差があるため、少女は必死につま先立ちになって僕の胸に手を伸ばしている。
涙の溜まった薄紫色の瞳が、すぐ下から僕のギョロ目を覗き込む。その澄んだ瞳は今、確かに僕だけを見据えている。
あの時とは違う意味合いを込めた彼女の瞳に射抜かれて、僕は胸がズキンと痛むのを感じた。
嘲笑うでも馬鹿にするでもない。彼女の怒りと嫌悪が僕を向いている。
それが今の僕にとって、どうしようもなく痛い。
少女は必死に堪えていた感情を吐き出すように、途切れ途切れな言葉を紡いで、
「人の、……よ。アナタは、事もあろうに人の、……死体に向かって。……アナタは、人の尊厳を……ッ!!」
「あははは、そんな風に胸を触られたらくすぐったいよ、えっちだぁ」
「――っ、ふざけないで!」
パン! と、乾いた音が夜の街に木霊した。
「っ」
「あ」
荒く息を吐く少女と、じんじんする僕の頬。
女の子は僕の頬を叩いた自分の掌を見て顔を青白くして、「……ごめんなさい」と譫言のように呟いている。
彼女のここまでの一連の行動に言いようのないちぐはぐさを感じつつも、僕は頬を苛む痛みに口の端をにやりと吊り上げていた。
……君が謝る必要なんてどこにもないだろうに。むしろ僕としては、君に感謝したいくらいだ。
彼女に与えられたこの痛みは、僕に勇気をくれる痛みだから。
これで、少しだけ、抗える。
僕を突き動かす、この狂った道化の衝動に。
僕はじんじんする頬の痛みに力を貰いながら、喉の奥から絞り出すようにして必死に声を上げた。
「――良かっ、た。君はここで、きちんと声をあげて怒れる人間なんだね」
「ッ!?」
「――……僕は道化だ。こんな場面ですら、空気を読む事が出来ない。こんな場面ですら、頭のおかしな行動しか選択できない。でも君は違う。君はちゃんと人の死を悼める人間だ。それが神様とやらの決めた役回りであろうとなかとうと、少なくともその人を殺したのは君じゃあない」
ああ、まったく本当に。神に反逆すると決めた矢先にこの体たらくだ。
結局僕は、僕を勝手に定義した神様の掌のうえで面白おかしく踊る道化のままだった。
人の死をまっとうに悼み悲しむ事すら出来ない。
僕という愚かな道化は、どんなに不謹慎だろうと愚行に走る事でしかその立ち位を保てない。
その役回りを、その個性を発揮できない。
「違う、わ。何を、的外れなことを……この人を殺したのは私よ。私がやったに決まっているじゃないの……!」
彼女は何かを恐れるような目で、痛みを堪えるような表情で、僕の言葉に首を振る。
それでも僕は笑みを絶やさずに彼女の否定を否定する。
「違わない。ここで僕に向かって泣いて怒れる優しい君に、そんな事は出来ない。出来るはずがない、そうだろう?」
なぜ彼女が罪を被りたがるのか、それは愚かな僕には想像のつかない事だけれど。
それでも彼女が人を殺す事なんてとてもできない優しい心根の持ち主であることだけは、僕みたいな愚者にもはっきり理解できたから。
「……アナタは一体、何なの……」
ふるふると首を横に振りながら、少しだけ怯えるように後ずさり距離を取った女の子へ。
僕はへらへらと胡散臭い笑みを張り付けたまま、芝居がかったお決まりの自己紹介をする。
「僕の名前は災葉愚憐。見ての通り、愚かなただの道化師だ」
――だからどうか愚かな僕に、君の名前を教えてほしい。今にも泣いてしまいそうな君を、道化の僕なら笑わせられるかも知れないだろう?
「…ぐれん。さいばぐれん」
女の子は音の羅列を噛みしめるように僕の名前を反芻し繰り返している。
次は君の番だとばかりに僕が手を差し出すと、女の子は少しだけ迷ったように肩を震わせて、それから表情を曇らせ俯くと、遠慮がちに口を開いた。
「……瑠奈。私の名前は、瑠奈=ローリエ」
熱帯夜を吹き抜ける風が、僕と彼女の髪を揺らす。
分厚い雲が風に流れ、今の今まで雲に隠れていた涼しげな月がその顔を覗かせた。零れた月明りが彼女の姿を暗闇に照らし出す。
そうして月明かりに照らされた彼女を、僕は思わず注視する。
吹き流れる風そのもののような銀色の髪と、遠く物事の本質を見抜くような薄紫の瞳。真正面から改めて正視すると、こちらが照れてしまうような美人さんだ。
物悲し気なアンニュイな表情も、大人びたクールな雰囲気も、触れるだけで今にも壊れてしまいそうな儚く華奢な彼女の身体も。その全てが僕を捉えて離さない。
そんな瑠奈の頭上には彼女の役回り――『宵闇に浮かびし朧月』の文字が浮かび上がっていた。
文字列から読み取れる立ち位置は朧月。夜闇に浮かぶ月のように、孤独でありながら誰もがその美しさに息を漏らす、神秘のヴェールに包まれた孤高の存在。そしてその妖しき月明りで近づくものを一人残らず惑わし運命を狂わせる『心を狂わせる者』。
それが彼女。瑠奈=ローリエという少女の、神様から与えられた設定であった。