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終章 世界に終幕などなく、かくして愚者は次の旅路へ

 海風にはためき気持ちよさげに揺れる銀髪の尾は、僕が猫だったら迷わず飛びついていたであろう程に愛らしく、少女が決意の地に突き立てた誓いの御旗のようだった。


 波止場のコンクリで固められた地面に腰を下ろし、海側へ放り出した足を気紛れにブラブラ揺らしながらを朝焼けに朱と銀とに煌く大海原を眺めるその姿はどこか寂しげで、何だか声を掛ける事を躊躇わせる。


「おーい、瑠奈ちゃーん。こっちは準備出来たよー!」


 けれど僕は空気を読まず、大きく手を振ってそんな風に少女の哀切を吹き飛ばした。


「……終わったら私から声掛けるって、そう言ったじゃない」


 振り向きながら恨めしげな半眼で僕を睨む瑠奈ちゃんに、僕は照れ笑い。


「いやぁ、だって瑠奈ちゃんがこのまま海に吸い込まれるんじゃないかって思って」

「なによ、それ」

「まあまあ、そんな事より船出の準備が整ったよ。こっちは完璧、パーフェクトさ。後は瑠奈ちゃん、君の準備だけだ。僕と共に人生という旅へ出る心の準備は出来てるかい!?」

「……分かってるわ。もう、大丈夫。……それにしても、アナタに気を遣われるなんて、私もいよいよヤキが回ったかしらね?」

「? 何の事? 気なんて使えないよ? 僕かめかめ波撃てないし」


 聖道修羅との壮絶な死闘の後、瑠奈の魔法に守られて英雄の自爆から何とか一名を取り留めた僕は、次期主席神官候補だった聖道修羅の殺害の疑いと瑠奈=ローリエ誘拐の現行犯。

 そしてついでに連続殺人の容疑のトリプル役満でめでたく正式な指名手配を受けて、瑠奈と二人で仲良く楽しく逃亡生活を送っていた。


 追手の『神官騎士』を追い払いながらの逃走劇も既に十日目。

 流石に鬼ごっこにも飽きてきた僕らは『日輪』を出る事に決めた。

 結果的には、外の世界を沢山見たい、という瑠奈の希望に沿う形となった訳で一石二鳥だし、まあ、僕としても瑠奈ちゃんと一緒なら後は何でもいいし何処でもいいかなって感じだ。

 とりあえず『大華帝国』を目指して船旅に出るって事以外はまだ細かい事は何も決めていないという無軌道っぷりなのだけど。


 破り捨てた筈の『設定表記証(ステータスカード)』は、何故か復活した状態で僕の手元に戻ってきていた。

 瑠奈も同様で、ただ以前と少し違うのは、僕と瑠奈の軛の予言と死因が、それぞれ文字化けしたように判別不能になっている事だった。

 何が起きたのかはよく分からないけれど、とりあえず僕と瑠奈はどこかの誰かが勝手に定めた運命というヤツを、少しだけ変える事が出来たのだろう。


 『設定表記証ステータスカード』に記された僕らは、誰かが勝手に定めた僕という人間の在り方ではあったけれど、それでも今の僕の血肉の一部となっている事は否定できない。

 僕という人間はきっと一人きりじゃなくて、いくつもある僕のうちの一つはきっと、道化めいた愚かな僕なのだ。

 ただ、選択をする自由は確かに僕の手にあって、それは誰にも委ねるべきではない。

 誰に何と言われようとも、僕の人生は僕だけのもの。

 僕を決める権利は、やはり僕だけにあるものなのだから。


「それで? 災葉くん。アナタの用意した船はどこにあるのかしら?」

「グレン」

「……はい?」

「……名前で呼んでも、いい? ってアレだよアレ。ほら、折角のハネムーンなんだし、前の時みたいにさ。僕のことはちゃんと名前で呼んでよ、瑠奈ちゃん」

「気持ち悪いし全然似てないから私の声真似やめて。それと、国外逃亡をどさくさに紛れて勝手にハネムーン扱いしないで頂戴。アナタとハネムーンなんて想像しただけで嫌よ」

「ちぇ、ノリ悪~。照れちゃって、ホントは僕のこと好きな癖に」

「あら、だって私、嘘つきなんですもの。知らなかった?」


 だから、そんな風に頬を朱に染めながら得意げに嘯く瑠奈も、僕はやっぱり大好きで。


「そんな事より船はどこ? パッと見、それらしき物がどこにも見当たらないのだけど?」

「え、何言ってるんだい、瑠奈ちゃん。僕らの船ならほら、目の前にあるじゃないか」 


 僕が指さした先、プカプカと海面に浮かぶ二人乗りアヒルボートを見て、石像みたいに固まる瑠奈もまた、僕は大好きなのだ。


「……瑠奈ちゃん大丈夫? 『設定存在の意味消失(ホワイトアウト)』みたいに固まってるけど、もしかしてどこか具合でも悪いの!? 病院行く? それとも、僕が抱きしめてあげよっか?」

「……災葉くん、これ、何?」

「あ、もしかしてアヒルさんよりクジラさん派だった? ごめん瑠奈ちゃん! 近くの湖にはアヒルさんタイプしかなくてさー、」

「こんっっっの大馬鹿グレンッ!! 湖デートじゃないのよ!? 足漕ぎボートで海を越える馬鹿がどこにいるっての!!? もう知らないっ、一人で漕げ! 馬鹿! 愚か者!」


 それでも僕らは歩き出す。後悔(うしろ)ではなく、希望(まえ)へと。

 先の事はよく分からなくて、未来なんてものは曖昧すぎて現実味に欠けるから、一歩一歩を踏みしめて。


「……瑠奈ちゃん」

「なに? まだ漕ぎ始めて十分しか経ってないわよ、さいばかくん」

「瑠奈ちゃんの水の魔法使ってさ、ばーっと前に進め嘘です何でもないですごめんなさい」


 まだ見ぬ新たな世界へと、まだ見ぬ自分なんて物を探しながら。

             

                                (了)










































 外れた『世界』の何処かで、声があがった。


『……「嘆きの聖者(ラメント・セインツ)」は届かなかったか……』

『次にこの領域へ踏み込むのは彼奴だと思っていましたが、当てが外れましたな』

『惜しい坊やではあったのだけどねぇ。なにせあの若さで半分のカードを集めていたのだもの。私たちの中でもアレだけ速い子は居なかったんじゃない?』

『……けッ、速けりゃいいって訳じゃねえだろう、阿呆が』   

『あら、ごめんなさい。安っい誇りを傷つけてしまったかしら?』

『……ッ』

『二人とも、辞めておけ。〝席〟が埋まっていないのならば、争いに意味はない。どのみち我々は、全ての役が出揃うまでこの神の遊戯からは抜け出せない』

『――「神座領域」。正攻法ではない、外法の裏ワザ――他者の『設定表記証ステータスカード』の奪取によって潜在発露ブレイクを果たし続けたその末路。真なる『神化』を果たし『世界』へ達した者のみが辿り着く、次なる人柱を決める椅子取りゲーム……か。全く、神とやらは碌な事を考えないものだ』

『だが収穫もあった』

『……それは、彼の事ですか?』

『ああ、資格も無しに我らの領域へ僅かに踏み込んだ特異点。鍵は彼だ。彼の存在が、次の運命を決める』


 ――いつまでも待とう、愚かなる旅人よ。その旅路の果てに、貴様が神の領域へと辿り着くことを。

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