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第一章 道化照らす月明り chapter1 僕らは誰しも役回りを演じて生きている

 夏休みボケの残る残暑厳しい九月の末日。

 学生の本分を全うする為、寝坊してなお学校に向かう僕は我ながら律儀な人間だと思う。

 そうして校舎裏、絵に描いたような不良生徒が複数名でふわふわ縦ロール女の子を取り囲んでいる光景に出くわしたのは、僕の律儀な遅刻登校による副産物だった。


 ヒーローの到着を待ちわびて震える小さな背中が僕の心を揺さぶる。

 怪我の功名とはこのことかと、喜び勇んで僕は女の子を助けに騒動の渦中へと飛び込むことにした。

 僕は魔力を練り上げ自分の『魔法』を発動すると、彼らの背後から大きく息を吸い込んで怒鳴り声をあげた。


「――君たち。こんなところで何をしているんだねッッ!!」


 いきなり現れた僕と僕の声に飛び上がって驚く不良たちは、後ろを振り返り僕の姿を見るなり血相を変えて「ヤバいヤバい、アレはヤバいってーっ」と奇声を上げながら逃げていく。


「……ふん、口ほどにもない奴らめ」


 完全勝利。

 髪の毛をふわさぁ、と掻き上げ僕は言う。

 僕レベルになると、あの程度の不良なら戦わずして勝利を収めてしまうようになる。自身の成長と、引き換えに失われてしまった闘いの喜びに寂寥感を感じつつも、顔を青くして逃げていく不良たちを見て、僕は晴れやかな心で額の汗をぬぐった。


 ふう。朝からいいことをすると気持ちがいいなぁ。

 そしてここで、すでに満足げな僕へさらなる朗報が入る。

 不良がいなくなり、びくびくと肩を縮こまらせていたふわふわ縦ロール少女が、背後に立つ救世主僕の方へ満面の笑みと共に振り返ったのだ。

 さあお待ちかねのお約束。

 ヒーロー漫画のような淡い恋の始まりのワンシーンが僕を待っている。

 ……あぁ、でもすまないお嬢さん、生憎僕にはもう心に決めた人がいるんだっ。涙ながらに彼女の気持ちを断る、そんな悲恋の物語を予感して、


「あ、あの。助けて頂いてありがと……きっ、きゃーっ! 変態っっっ!」


 どういう訳ですかお嬢さん。悲鳴と呼ぶには庇護欲を一ミリたりともそそらない金切り声と共に、彼女は『魔法』を発動。

 叫び声に呼応するように彼女の掌から放たれた電撃が、僕の股間を見事に打ち抜いていた。

 陸に打ち上げられた魚のようにビクンビクン悶絶する僕を置いて走り去る縦ロールお嬢さん。


 きゅうしょ に あたった ! 僕はまともに動けず「せめて……お名前、だけ、でも……」なんて言葉を絞り出すのがやっとで、走り去る彼女を満足に呼び止めることもできない。

 ……数秒後、行動不能からなんとか立ち直った僕はそこでようやく彼女の悲鳴の原因に気が付いた。


「……あっちゃー、失敗失敗。またやっちゃったかー」


 そこにいたのは怒ると怖いと有名な実はカツラな小太り教頭に変身した僕の姿だった。

 ただし、中途半端に『変身』に失敗したせいか僕の教頭は服を着ていなかった。

 すっぽんぽんでぼよんぼよん……つまり、生まれたままの姿の一糸纏わぬ中年小太り男性がそこには立っていた。

 わいせつ物陳列罪で逮捕コースである。


 「……。まあ、確かにこれじゃあ彼女が逃げるのも無理ないよね。失敗失敗、次は頑張ろう!」


 他人事のようにケロッと頷いて、僕は本日もいつもと変わらない登校を完了した。


「うん。なかなか立派なぎゃらんどぅだな」


 ちなみに、僕のせいで教頭先生の首が飛びかける騒動が起きるのはこの少し後のお話である。



☆ ☆ ☆ ☆



 まんまるく見開かれたギョロ目。常にヘラヘラ笑いを浮かべている口元から覗くギザギザの歯。適当に切られた脱色に失敗したような淀んだ白髪。没個性でかつ凶悪そうな男子高校生を想像してみて、と言われて七番目あたりに思い浮かぶような顔をしているのが僕、災葉愚憐さいばぐれんなのだそうだ。


 名も知らぬ少女に告白した翌日のお昼休み。

 僕はクラスの自分の席に座りながら、絵柄の掛かれたトランプくらいのサイズのカードを手の中で弄んでいた。

 僕の周りは、丁度僕の話題で盛り上がっている所だ。

 さっきあげた僕の顔面の造形についても、彼らが愉しげに話している話題の一つだった。


「よお、災葉。お前昨日道端で知らない女にいきなり告ったんだって?」

「で、結果どうだったのよ。結果」

「バーカお前、災葉だぞ? そんなん振られるに決まってんじゃーん」


 僕は頭が悪い愚か者だから記憶力には自信がない。

 そんな訳で、何の用もないのに僕の机の周りに群がって楽しげに笑いあってるこの人達の名前をよく知らない。

 彼らは僕と違って優秀なので、わざわざ僕のような愚か者の名前を覚えてくれているらしい。ありがたいお話だ。


「だよねー、ウケるー」

「てかー、いきなり災葉が告白とかぁ、告られた方マジかわいそうじゃない?」

「ホントそれねー。てか、こんな顔で何をどう勘違いしちゃったら女子に告白しようと思えるんだか」


 やたらと鼻の穴が大きな女子が、フランスパンみたいにあごの長い女子と楽しそうに言い合いながら僕の顔を見て笑っている。

 人が笑っているのを見ると自分まで楽しい気分になるので、悪い気はしなかった。何より鼻の穴とフランスパンがニヤニヤと口を引き裂いて笑っている絵面は何だかしれないが愉快で、こっちも思わず笑顔になってしまう。


「なに笑ってんだコイツ、きっも」


 女の子は自分の顔や体の造形、特徴について言及されると怒る生き物だ。

 僕は頭が悪い愚か者なので、昔は他者の身体的特徴を言及しあう事が女の子とのコミュニケーションの一つだと思っていた時期があった。 

 だから僕の顔の特徴をひたすら述べてくる女子に、「君って女の子なのに体毛濃いよね(笑)」と笑顔で言ってしまって酷く怒らせた経験がある。

 それ以来、僕は女の子の身体的特徴に対して言及するのは極力避けるようにしている。

 だが、だからと言って話し掛けられているのに何も言わないのでは、無視しているみたいで気が引けた。僕は少しだけ考えて、


「――一つ、君達は勘違いをしていないかい?」


 いきなり僕が声をあげると、何故だか女の子たちはびくりと肩を震わせた。

 僕は特徴的なギョロ目を少しだけ細めて、


「あーほら、僕が誰に告白したとかしてないとか? なんかいろんな噂が流れてるみたいだけどさ。それ嘘だから。僕は彼女に告白したんじゃない、求婚……プロポーズをしたんだ。僕は本気さ。何なら印を捺した婚約届けを用意していたくらい」


 捺印した婚約届けを用意していたなんて真っ赤な嘘だ。まあ、素敵なお嫁さんがいつ現れてもいいようにと印鑑と白紙の婚約届けならバッグの中に常備しているけれど。

 僕は迫真の表情でぐぐいと女の子達に顔を近づけて、


「僕は真剣さ。そこらの女の子に手当たり次第に発情して腰振ってるだけのパリピ共と一緒にして貰わないでほしいな。やっぱりそのあたりはしっかり線引きして貰わないと、ほら。嘘の話をされても僕も彼女も困るだろ?」


 ぽかんとしたまま僕を見て固まるクラスメイト達。

 何だ。僕ってばそんなに惚れ惚れする程カッコいい事を言ってしまっただろうか。

 自分でも気が付かぬうちに少女達の心を奪ってしまうなんて、僕も罪作りな男になったものだ。

 反省反省。


「んじゃ、そういう事だから。あんまり適当なことは言わないでくれると嬉しいかな。じゃね」 


そんな事を思いながら椅子から立ち上がると、時差を伴って響き渡る嗤い声をバックミュージックに一人教室を後にした。

 


☆ ☆ ☆ ☆



 購買で焼きそばパンを買い損ねた僕は、空腹のまま教室へと撤退する羽目になった。

 僕は相も変わらずくるくると、手の中でカードを弄ぶことで空腹を紛らわす。

 別に僕は決闘者でもなければ、ギャンブル狂いのトランプマスターな訳でもない。そんな僕がこのカードを一日中弄りまわしているのには、深い訳がある。


 ――『設定表記証ステータスカード』。

 そう呼ばれるこのトランプ大のカードこそが、僕の全てを。しいては人類の全てを勝手に決定づける呪いだ。

 人がこの世に生を受けると同時、身体のどこか一部から浮かび上がってくるというこの魔法のカードには、僕らが生まれる以前から定められた僕らの性格や個性やその在り方。役回り(キャラクター)とその立ち位置(ポジション)が――『設定ステータス』が記されている。

例えば僕の場合なんかはこうだ。



『【設定ステータス


 名前:災葉愚憐さいばぐれん 性別:男


 小アルカナ:―― 


 大アルカナ:0番・愚者(正位置/逆位置) 


 役回り(キャラクター):『愚者なる道化(フー・クラウン)


 立ち位置(ポジション):人々の理由なき被虐対象として機能。時と場合を選ぶことなく、道化じみて狂気じみた言動を強化する。感情値の固定による笑顔の強制。あらゆる無茶無謀な挑戦を行い、その失敗により他者を笑顔にする嘲笑の対象。


 固有魔法:『千変万化』


 魔法適性:ランクE


 職業クラス:――


 くびきの予言:殺人罪で無期懲役。


 死因:栄養失調により獄中死。二十二歳。』



 ご丁寧に名前から死因まで描かれている親切設計のこの紙キレ。

 僕らは生まれてから死ぬまで、この一枚の紙キレに書かれた設定に従って、災葉愚憐という名前の人物を必死で演じて生きて行かなければならないらしい。

 そういう魔法的な強制力がこのカードには存在する。

 そして何より。この『設定表記証ステータスカード』に書かれた情報は、第三者の目からも閲覧する事が可能なのだ。


 勿論全ての情報を見る事はできない。

 最低限のプライバシーを守っているつもりなのか、公開されているのは一部の情報のみで、扱える魔法や職業。『軛の予言』や死因については他人からは見えないようになっている。

 だが役回り(キャラクター)立ち位置(ポジション)は他人にも筒抜け。そしてそれが何より厄介な問題だ。


 こうしている今も、僕の視界にはさまざまな生徒がいる、その生徒たちを視界に収めたうえで彼らに少し意識を集中させる。

 それだけで彼らの頭上にカラフルな文字で彼らの個性キャラクターが浮かび上がり、さらにその文字列にピントを合わせるとその役回り(キャラクター)立ち位置(ポジション)が脳内で自動的に説明されるようになっている。


 例えば、あのいかにもスポーツが得意そうな少年なんかは『球の騎士(プレイボーイ)』。

 あちらの地味なお下げの眼鏡少女は『書庫の守護者(リーヴル・インセクト)』。

 あちらの胸の大きな黒髪ロングの可愛い子ちゃんは『井の中の至宝(マドンナ)』。

 ……問題というのはまさにコレ。

 御覧のように、表示されている役回り(キャラクター)を見れば、互いの上下関係カースさえも一目瞭然となってしまうという訳だ。


 そう。僕が『道化』であり皆の虐めや嘲笑の対象であるように、プレイボーイくんはクラスのマドンナちゃんに頭が上がらず、本の虫ちゃんは外出したくとも肩身狭く図書館に引き籠り、マドンナちゃんは馬鹿な男や嫉妬にうるさいほかの女子の相手をしなければならない。

 彼らも彼らで、自分に与えられた役回り(キャラクター)立ち位置(ポジション)の中、それ以上もそれ以下もなく決められた通りに生きていく。


 ちなみに、僕らの人生を決定づける役回り(キャラクター)立ち位置(ポジション)はカードの裏表に描かれたタロットカードの絵柄の組み合わせで決まるらしいのだが、僕の場合は本来表面に描かれているハズの小アルカナがどういう訳か白紙の空白。そして裏の大アルカナは0番の『愚者』だった。

 小アルカナを与えられなかった僕はいわゆる『忌み子』というヤツらしく、母は僕が生まれた時に思わず泣いてしまったという。

 道化なのに母を笑わせられないなんて、やはり僕は愚かで無能なのだろう。

 まあ、捨てられた孤児の僕に母の記憶なんて残っちゃいないのだけど。


 皆から蔑まれ嘲笑を浴びる愚か者の道化師という個性キャラクターを与えられた僕の言動は、その全てが喜劇的で愉快な面白おかしい失敗譚へと結びつくようにできている。

 そういう風に神様によって設定設計されているそうだ。


 そして周囲の人々も僕の役回り(キャラクター)を理解している為、神様からのお墨付きという免罪符を得て、何の罪悪感を抱く事も無く僕という道化を嘲笑しその愚行に笑い転げている。

 もっとも僕個人の感想としては、日頃の僕の言動は道化師クラウンってよりも頭のおかしい狂人(ルナティック)の方がお似合いだとも思っているけれど。


 ……とはいえ、僕はこの個性キャラクターが実は嫌いではない。

 僕が馬鹿をやることで誰かを笑顔に――極論、幸せな気持ちにすることができる自分とその立ち位置(ポジション)ってヤツを、実は結構気に入っていたりもする。

 だから今日まで何となしにこの立ち位置を受け入れて生きてきたし、僕は僕という人間をきちんと愛していた。

 だがまあ、それも昨日までのお話だ。

 今の僕は少しだけ……いや、ある事象に関しては猛烈に、この『愚者なる道化(フー・クラウン)』なる個性を与えてくれた神様とやらに憤りを感じている。

 だって、逆に考えてみよう。

 もし、僕に与えられた役回り(キャラクター)が他のモノだったなら。

 与えられたのが愚者なる道化(フー・クラウン)なんてモノじゃなかったとしたら、昨日の告白はどうなっていたのだろうか、と。


 ……そう。彼女に出会って数秒で告白――もとい求婚して神速で玉砕したあの悲劇も少しは違った結果になっていたはずなのだ。

 つまり僕が彼女に振られてしまったのは、僕ではなく無謀で愚かな行動を強制させる僕の『設定ステータス』のせいだと言っても過言ではない。多分、そのハズだ。


 だって、よくよく考えても見てくれ。

 いくら僕が能無しの愚か者だといえ、まともな面識すらないすれ違っただけの女の子に「アナタの事が好きです。僕と愛を誓い合って永遠に添い遂げてください」なんて言ったら気持ち悪がられる事くらい理解できる。

 そこは無難に「一目見た瞬間に恋に落ちました、アナタとイチャイチャしたりキスしたりおっぱい揉んだりしたいです」くらいで抑えておかなければ。

 ……あ、でも彼女あまり胸は無さそうだったし、この発言は失礼に当たるかもしれない。

 危ない危ない。あやうく意中の女の子に嫌われてしまう所だった。女性の身体的特徴について言及するのは良くないと僕は既に学習済みなのだった。

 いくら愚者とはいえ、同じ轍を二度も踏んでしまうような救いのない馬鹿にはなりたくないからね。


「……さて、と。どうしようかな、コレ(・・)


 そんなわけで、これが僕が今朝から後生大事にこのカードをくるくると弄んでは眺めていた理由だ。

 僕は生まれてから今までこのカードに書かれている通りの僕として――これまでも幾度か疑念を抱く事はあったけれど――災葉愚憐として、この役回り(キャラクター)立ち位置(ポジション)を受け入れて生きてきた。

 けれど、あの結果だけは。

 『道化師』でも『愚者』でもない。僕の言葉をただ待ってくれた彼女に対して、役回り(キャラクター)立ち位置(ポジション)に振り回されることなく僕自身の本当の言葉を伝えるまでは、あの玉砕を受け入れてやる事なんて出来そうになかった。

 

 その場の勢いだけの、一過性のいつもの気狂いではなく。

 生まれて初めての気が狂いそうな程の感情。

 僕が生まれて初めて抱いたこの『恋心』、とかいうヤツはどうやら本物らしい。

 そう。だって僕は、この感情の為だけに。

 

 この十六年間の人生で初めて神様から受け賜わった『設定表記証ステータスカード』に逆らう事を決心したのだから。



 さあ、困ったぞ。

 神様へ逆らってやる!! と、大変カッコよく決意表明したはいいものの、具体的な反逆方法を僕は何も知らなかったし何なら今まで考えた事も無かった……ということにようやく気が付いたのは、学校の授業がようやく終わる頃だった。

 

 ホームルームを終えた僕は敷地内をぶらぶらと歩きながら思索に耽る。

 僕らの暮らすこの『大東日輪神国』は神様……ええっと、なんだっけ。分かりづらくてややこしい名前の……そう、『救済神ヴィ・クワイザー』とかいう超常存在を国家元首とする神霊国家だ。

 元々は『大日輪帝国』という名前の国だったのらしいけど、第二次世界大戦に敗北して、当時国を治めていた天皇や皇族貴族政治家連中が国を捨てて逃げた際に、二度と同じ過ちを繰り返さぬようにと件の神様『救済神ヴィ・クワイザー』が突如世界の裏側より介入、連合側の処分を前に自分の国としてしまったらしい。

 そうして人類史上初の神の治める神治国家として名実ともに生まれ変わった、という波乱万丈の歴史を持っている。名前そっくり過ぎてあんま変わった感ないけどね。


 『魔法』の文化が生まれたのも、『設定ステータス』なんてモノが僕らの人生を決定するようになったのも、神様の介入後――つまり『大東日輪神国』が誕生してからなのだそうだ。

 まあ、僕にとっては『魔法』も『神様』も生まれた時から当たり前のように存在していたから、ありがたみなど欠片も感じた事はないけれどね。


 僕を含めた全国民は『救済神ヴィ・クワイザー』の子供であり、この世に生まれた瞬間――『設定表記証ステータスカード』を受け賜わった時――から『救済神ヴィ・クワイザー』を信仰し『シンドゥー教』の教えを広める『信道教会』の一員となる。

 そんな背景もあってか、神様へ反逆となるとこの国ではかなりの大事なのだが、何せ大事過ぎて実例が一つもない。


 ちなみに神様ご本人は現世に留まる事ができないらしく、神様の代理人として『主席神官』と呼ばれる『信道教会』の偉い人である『使徒神官』の中から選ばれたさらに偉い代表者が国を治めている。


 ……もっとも、一年ほど前に先代の『主席神官』サマが身体をバラ(・・・・・)バラに切断され(・・・・・・・)暗殺されてしまった為、今現在その座は空席。

 我らが『大東日輪神国』はひとまずの代理を立てつつ、新たな『主席神官』を決める選定選挙の真っただ中だったりする。

 確か投票日が一週間後に迫っていたハズだ。

 ……うん? 一週間後ってほかにも何かイベントがあったような……?

 頭の中で何かと何かが繋がったような感覚を得た僕は、その直感に従ってすぐさま行動を開始。

 向かった先は校門付近に設置された掲示板――


「あった、これだ」


 ――『大東日輪神国建国記念・救済神魔奉納演武祭開催のお知らせ』――なるポスターを掲示板からぺりりと剥がした僕は、ポスターに映ったレイピア使いの銀髪の少女をじっと見つめてギョロ目をさらに大きく見開いた。

 間違いない。

 夏服のブラウスのうえからブレザーを羽織っているという違いこそあれ、そこに映っていたのは昨日僕が出会って五秒で告白して玉砕した名も知らぬ少女その人だった。


 銀と紫、それから青系の装飾で彩られた煌びやかな細剣レイピアを掲げ、一緒に映っている屈強な男たちの中でひときわ異彩を放っている。

 何というか、剣を構えた彼女は凄くしっくりくるというか、絵になるというか、とにかくそれが最も彼女が美しくある在り方であるような気がした。


 そうしてポスターを見ながら、僕は頭に電流が走ったような感覚を得る。

 そして身体と声を震わせて、


「……ん? ちょっと待てよ。今僕、とんでもなくいいことを思いついてしまったぞ。……うん、イケる。イケるぞこれは……! いやぁ、冴えてるなぁ今日の僕は! 我ながらナイスなアイデアだ!」


 電撃的に浮かび上がってきた天才的な発想に、僕は自画自賛の歓喜の声を上げていた。


 魔法大国でもある『大東日輪神国』では日常生活の至る所で魔法が使われている訳だけど、それと同時に魔法による犯罪も絶えない。

 魔法を使った凶悪犯罪はただの警察の手に負えないものが多い。

 なにせ物理法則なんてものが通用しないからね。


 警察も『魔法犯罪科』なるものを設立して対策を講じてはいるけど、そもそも(・・・・)警察官になる(・・・・・・)ように書かれている人(・・・・・・・・・・)は魔法に対する適性がそこまで高くない場合が多い。

 だからこの国で魔法を使った犯罪を取り締まるのは、魔法適性の高い『信道教会』の聖職者――『神官』の中からさらに選抜された魔法戦闘のエリート、『神官騎士』と呼ばれる人達から構成される『信道教会・魔装騎士兵団』という組織だ。

 『神官騎士』とは魔法や剣技、とにかく武力に優れた『神官』にのみ与えられる役職で、『主席神官』が神に代わって国を治める『神官』のトップなら、『神官騎士』はこの国と神を守る『神官』達の盾であり矛なのだ。


 子供から大人まで国中の人々から絶大な人気を誇る、まさに『週間少年ジャンボ』のヒーローみたいな職業だと考えて貰えば分かりやすい。

 本来ならば凄まじい倍率の試験や面接を通過しなければなる事のできない職業なのだが、年に一度開催されるトンデモ魔法バトルの祭典『救済神魔奉納演武祭』――ああ、長いな以下略――『演武祭』で優勝した者は、面倒な試験や面接をパスし飛び級で『神官騎士』になることが出来る。

 『神官騎士』になる事を夢見る若者にとって、この大会はまたとない大チャンスなのである。


 一週間後の『主席神官』選挙と同時に行われるこの演武祭に、あの子も選手として出場する。

 男ならこれを利用しない手はないだろう。

 彼女が出場する『演武祭』に僕も出場し、トーナメントを勝ち上がって彼女と決勝戦を闘う。

 そして互いに死力を尽くし合った死闘の果て、僕は彼女に思いを告げる……うん、我ながら超ロマンチックで完璧なシチュエーションだ。


 ……ひょっとして僕は天才か?

 となれば一週間後に迫る祭りに供え僕がやるべきことは一つだ。


「よしっ、そうと決まればアレをやるしかないよね……!」


 掛け声とともに気合を入れなおして、僕はポスターを握りしめたまま校門から駆け出して行った。

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