行間Ⅲ/夢
気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!
私は私が気持ち悪くて嫌いだった。
人の運命を狂わせ傷つける事しか能がない魔女の分際で、真っ当に愛を望むその身勝手さ。
どうしようもない嘘つきの癖に、本当の私を見つけて欲しいと望む醜いまでの図々しさ。
厚顔無恥な私の心を私は心の底から恥じている。
私は自分が嫌いで、自分の設定が嫌いで、神様が嫌いで、設定表記証に流される人々が嫌いで、そんな偽物じみたこの世界が嫌いで、ずっとすべてに復讐したかった。
この心に刻み付けたただ一つの光景を胸に、私は大嫌いな私に抗い続けて生きてきた。
でも。だからこそ。
ドン引きしてしまうくらいの熱烈な愛の告白は、私の胸に言いようのない熱と歓喜を与えたのも確かだった。
純粋な好意が、ただ純粋に嬉しかった。
言い訳も出来ない程に心が揺れ動き、取り繕ったものが全て剥がれ落ちそうになった。
私は孤高の月だから。他者を拒絶し冷たい仮面を被る、独りであるべき存在だ。
……尤も、そんな事をせずとも私の役割を知った人たちは、私を恐れて逃げていく。
遠目から物珍しい見世物を眺めるような冷たい視線が私は大嫌いで、でもそれも仕方がないと諦めて、誰かと関わらずに済むことに安堵していた。
当然、あんな風に同世代の男の子に声を掛けられたのは生まれて初めての事だったから驚いた。
テンパって戸惑って混乱して慌てて錯乱して、とにかく心臓の鼓動からほっぺたの温度まで何から何まで滅茶苦茶になって、まともな反応すら出来ずその場から逃げるように駆け出してしまったけれど。
でも、それで良かったのだろう。
顔を隠すように俯きながら走り去った私の頬は、みっともないくらいに緩んでいただろうから。
もうずっと、復讐のことしか考えていなかった凍えた心がぽかぽか温かくなって、少しだけ優しい気持ちを思い出すことができた。
遠慮もデリカシーもない最低最悪の言葉。
思わず肌が泡立つ気持ち悪い告白は、正直言って心の底からナンセンスだったけれど。
それでも確かに凍り付いた私の心を溶かして動かした。
彼との馬鹿げたやり取りは、そのくだらなさで確かに私の心に人間らしい温かさを与えてくれたのだ。
共に過ごした時間はそう多くはない。
それでも彼と出会ってからの一週間は、何だかあっという間に過ぎ去ったような気がする。
私は彼に本当に感謝していたし、心の底からありがとうをちゃんと自分の口で自分の言葉で伝えたかった。
けれど、ホントは分かっていたのだ。
私が彼に好意のような物を抱いた時点で、すべてを滅茶苦茶に壊してしまうことくらい。
私は『宵闇に浮かびし狂気の朧月』。
関わる人間の運命を狂わせ、不幸を齎す狂気の朧月。
素直になれない嘘つきの私が、普通の女の子みたいに「ありがとう」を伝えることなど許される訳がなかったのに……ほんと、我ながらどうしようもなく馬鹿で愚かで救い難い。
きっと私は籠の鳥。
『設定』という名の籠に囚われて、必死でそこから抜け出そうと抗い続ける哀れな鳥だ。
けれど私は知っている。
籠には一か所だけ大きな穴が開いているのに、私はそれに気づかないふりをしている事を。
だって、外は暗くて恐ろしい。
縋るものも、頼るものも、守ってくれるものも何もない。
私たちは籠の外に出れば生きていけない事を知っているから。
だから、出る気も無い籠の中でどんなに抗い続けたところで私は籠の鳥でしかない。
私は私に打ち勝てない。諦めず抗うことは、勝利へと決して結びつかない。
いつも通りのお約束。
致命的な嘘が、運命を狂わせ全てを台無しにしてしまう。
……ああ、最終的にすべてを裏切ることになるくらいなら。
大切なモノを自らの手で壊す羽目になるくらいなら。
――最初から、『シアワセ』なんて欲しくなかったのに。
――夢。
僕は夢を見る。毎日毎日、飽きもせずに。
僕は夢の中でなら何にだって成る事が出来る。変身魔法を掛けるように、自由自在に僕は僕を選び取る。
サッカー選手になった僕。宇宙飛行士になった僕。強い魔法が使える僕。神官騎士になった僕。可愛いお嫁さんを貰う僕。皆の人気者になった僕。『世界』には色んな僕がいて、どれもこれも僕とはまるで異なっているのに、それでも皆が皆、間違いなく僕だった。
その中の一人、炎のように紅蓮に燃え盛る〝僕〟が僕に向けて言う。
『ほら、手を伸ばしなよ。それは誰かが決める物じゃない。僕が選び取るべき物だ。大切なのは、自らの意志で選択し掴み取る事。可能性はいつだって、無限に僕の手の中にある』
愚かな僕には、その言葉の意味はよく分からない。
ただ、もしも僕が〝僕〟みたいになれるなら。神様によって定められた道化ではない。まだ何者でもない僕が、何者かに成れると言うのなら――
――誰に指図される事なく自由に、僕の意志で僕を生きてみたいなぁ。




