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序章 そして始まる反逆譚

 xx years ago ――Children Memories


 血が飛び散り、悲鳴とすすり泣きと怒号が鳴り響く。許しを請う声が耳朶を揺する。

 慈悲を求める嘆きが零れ落ち、悲痛な叫びに胸の奥が締め付けられるように痛んだ。


 ……ああ、なんて可哀想な命なのだろう。

 今すぐその願いを聞き入れる事ができればどれだけよかっただろうか。


 けれども彼にとって正義は絶対だった。正義とは彼で彼は正義だったから。

 だから神の定めた決まりに従わない者を、神の救いを受け入れぬ者を、その正義は決して許しておく事ができなかったのだ。

 だから心を鬼にして、正義は自分の従うべき絶対を――神より定められしその正義を成した。


 ――咀嚼する。

 咀嚼する。咀嚼する。咀嚼する。咀嚼する。咀嚼する。咀嚼する。咀嚼する。咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼咀嚼――ごくりと、最後に喉を鳴らし、『浄化』の儀式の終了を告げる。

 彼は、また一つ綺麗になった世界に喜びの涙を流しながらも、悲嘆に暮れるように首を振る。


 ……ああ、神よ。アナタという導がありながら、この世界は未だ嘆きに満ちている。

 不幸が、絶望が、悲劇が、悪逆が、不正が、裏切りが、不徳が、欲望が、悲しみが、ありとあらゆる負がこの世界には蔓延っている。

 アナタという救いがありながら、人々は道に迷い途方に暮れ、助けを求め虚ろに世界を彷徨っている。

 アナタの救いを受け入れようとしない罪深き異端なる背信者がいる限り、この嘆きは決して終わりはしないだろう。


 ならばこそ、私が正義を成してこの世界を正しく救って見せよう。


 どれほどの艱難辛苦が立ちはだかろうとも、神より受け賜りしこの正義で、すべてを浄化して見せよう。


 世界を救う事ができるのならば、この胸を引き裂く嘆きも悲しみも痛みも、その全てを飲み干して見せよう。


 かくして正義は実行され、悪逆の徒、背信の異端者は『浄化』される。

 迷える魂と一つになり、彼が。正義こそが彼の罪人達の救いとなるのだ。


 ……だがまだ足りない。彼らの話によれば背信の異端者はもう一人残っている。異端者がこの世から一人残らず消えるまで、彼による正義の執行は終わらないのだから。


 ――そして。『浄化』が果たされ綺麗になった赤と黒とピンクの混ざる極彩色の世界を、扉の隙間から覗く一対の瞳があった。


 きっと自分はこの光景を覚えていられないだろう。/きっと自分はこの光景を忘れる事ができないだろう。

 そうしなければ自分はここで崩壊してしまう。/そうであるなら自分は壊れたままでも歩いて行ける。


 だから忘却は必然で、/だから記憶は明瞭で、


 この光景に関わる全ての記憶とそれに関する感情を失ってしまうのだろう。/この光景は瞼の裏に焼き付けられこの感情を見失うことなどあってはならない。


 けれども。/だから。

 

 ただ一つだけ、この『魂/心』に絶対に刻みつけなければならない、そう思った。

 

 あの人たちがその命を賭しても決して譲らなかった物を、曲げなかった物を、間違えなかった事を、自分だけは――知って。/覚えて。――おかなければ。

 そうでなければあまりにも救いがないと思ったから。


『知ったような誰かの言葉に耳を貸すな、上から目線で引かれたレールなんざぶち壊せ、自分を決めていいのは他の誰でもない――自分だけだ』。/

『自分勝手に運命を決めつけるな、勝手に他者を諦めるな、自分の運命に抗えるのは――自分だけだ』。


 そんな当たり前の、けれどとても尊いことを、遠のく意識の中で深く深く。

 その魂に。/その心に。

 刻みつける。


「「ああ……、約束する。■は絶対にヤツラの思い通りになんてなってやらない。どれだけ無謀で愚かでも、不可能だって笑われて馬鹿にされても最後まで抗い続けてやる。そして――自分の手で自分を(・・・・・・・・)掴み取ってみせるから(・・・・・・・・・・)――」」















 Clown joker――愚者なる道化の反逆譚






 序章 そして始まる反逆譚


 彼女を一目見たとき、僕は目を奪われるという言葉の意味を理解したような気がした。

 

 僕はどこかの誰かが決めつけた僕という存在の在り方に従って声を上げる。そうすることが僕にとっては自然なのだと、知りもしない誰かが僕の耳元で囁くままに。


「――ねえ、君。そうそう、君だよ。きみきみ」


 僕の横を通り過ぎて行ったその子が声に反応して、くるりと踵を返し振り返る。


 ボブカット、と言うのだろう。肩のあたりで綺麗に切り揃えられた、女の子にしてはやや短めの銀の髪がきらきらと踊り、その中で一房だけ伸ばされた三つ編みが、犬の尻尾のようにゆらゆらと揺れる。

 頭の左右とその尻尾にあしらわれた黒のリボンが、彼女の女の子らしさを強調している。

 そして銀幕が上がるかのように、ゆらめく銀の髪の向こう側から少女の整った顔が覗く。


 形のいい勝ち気そうな柳眉と薄紫色をした、ここではないどこか遠くを覗き込むような神秘的な瞳。

 身長は僕より頭一つぶんくらい低く、触れれば折れてしまいそうなほどに華奢だ。

 三つ以上年下にも同い年以上に大人びても見える。


 外国人とのハーフなのだろう。白磁のような珠の肌が夏服の間から惜しげもなく日光の元に晒されて輝いていて、特にスカートから覗く太ももは目に毒だ。

 腰のベルトには銀と紫を基調にした流麗な細剣が吊るされていて、彼女の非現実的な美しさにさらに拍車を掛けている。

 視線を上に戻すと、ゆるんだループタイの首元から僅かに覗く病的なまでに白く儚い鎖骨が、僕の目をくぎ付けにして離さない。


 振り返ってこちらに向き直った彼女は、いきなり話しかけてきた僕を見て「なに?」と、不機嫌気で不思議そうな表情を浮かべていた。


 まあ、そりゃ困惑して当然だろう。何なら僕だって僕の行動に困惑しているくらいだ。

 何せ僕らは見ず知らずの赤の他人同士、たまたま偶然街中ですれ違って、いつもの理由で(・・・・・・・)勝手に僕のおしゃべりな口が動き出して、家路につくのであろう学校帰りの彼女をこうして呼び止めてしまったのだから。


 僕の口が、僕の意志に反して動き出す。

 ……あ、いや。今僕がこの胸に抱いている感情は他の誰にも否定できないくらいに本物だけど、これはそういう事じゃない。生まれる前から僕に刻まれた、本能とでも呼ぶべき予定調和。

 あらかじめ設定されている、プログラムのようなモノ。


 だって僕は、この先の結末を知っていた。僕だけじゃない。この世界の誰もが僕という役回り(キャラクター)が迎える結末を知っている。知っていてなお、止まらない。


「ああ、いきなり呼び止めてしまってごめんね。でも、君を見ていたらお喋りなこの口がどうしてもいう事を聞かなくてさ。それで何と言うか、急な話で本当に申し訳ないのだけど――」 


 僕は勝利を確信したようなスカした笑みを浮かべその場に片膝をつくと、びしっと右手を彼女へ向けて差し出す。

 そんな風にカッコよくイカしたポーズを決めて、世界の中心で愛を叫ぶ。


「――新婚旅行は南の島がいいよね!? 子供はやっぱりサッカーチームが作れるくらいは欲しいかなぁ……おっと、いっけね。僕としたことが、いきなりこれじゃあびっくりするよねごめんごめん。それじゃあ改めて、名前も知らないそこの君、絶対に幸せにするから僕と結婚してくださいお願いしますもしくは養ってヒモになりたいッッ!!」


 ――空気が凍り付く音が聞こえた気がした。

 やがて一拍をあけて、目をまん丸く見開いていた銀髪の彼女がやっとこさ口を開く。


「……は? え、あの……いや、ですけど……?」


 僕は沈黙彼女も沈黙。ついでに街ゆく通行人たちも立ち止まって皆沈黙。

 まるでこの空間だけ時間が止まったようだった。奇怪なモノを見る眼差しで皆が僕を見つめて、そして――一拍開けてから大爆笑が巻き起こった。


「ぷっ……ぶわっはははははははははは!! すげえ! 噂の『愚者なる道化』が公開求婚しやがった!! ひひひっ、腹っ……腹いてぇ……!!」

「出会って一秒即告白即振られるって、流石にウケるんですけどーっ!」

「ぷくくっ、おい見ろよあの決め顔。写メとれよ、写メ」

「女の子困って固まってんじゃん、あーはははっ、お腹ちぎれるっ、千切れるって!!」


 ……はいはいここまで全て予定調和の茶番劇。観客の皆々様拍手喝采抱腹絶倒の大歓声をありがとう。あなたの道化、災葉愚憐(さいばぐれん)は今日もここに健在ですよっと。

 僕は周りの爆笑と声援に応えるように手を振り尻尾を振り感じのいい愛想笑いを振りまきながら、心の中でぐっと奥歯を噛み締めた。


 視界の端、銀色の髪を持つ彼女は周囲の騒ぎと僕から逃げるように顔を俯かせてそそくさと走り去ってしまう。その光景に、何故だかちくりと胸が痛む。


 分かっていたことだ。


 皆に笑われるのが僕の個性キャラクター

 『道化師』こそが僕の立ち位置(ポジション)

 だからこの告白は面白おかしくに喜劇的に失敗する。皆の笑いを取るだけ取って、僕だけは惨めに敗北して笑顔の裏心で涙を流す。あらかじめそうと決まっている想定内。

 だというのに、僕の心はその結末を呑みこめないでいた。


 ……だって。

 彼女は僕が話しかけても、僕が『道化』だと分かっていてなお、『道化』の僕を蔑み嘲笑うのではなく。僕の言葉をきちんと待ってくれていたから。

 あの遠くを見据えるような薄紫の瞳が見ていたのは、僕の役回り(キャラクター)なんかじゃない。


 誰かがそうだと決めつけて、それを受け入れ取り繕った仮面の奥の奥。

 そこに隠れた僕自身を見ようとしてくれていたから。


 生まれて初めての経験だった。感覚だった。感情だった。

 最初に目を奪われ、そして次に心を奪われた。

 僕の心は笑ってしまうほどに完全無欠に、彼女という存在に屈していたのだ。


 こうして僕と彼女の劇的な出会いは呆気なくその幕を閉じる。


 正真正銘、僕と彼女は道端ですれ違ったただそれだけの関係。普通の人達から見れば激的でも運命的でも何でもなく、それどころか出会いとさえ呼べない代物かもしれないけれど。


 僕にとってはそのすれ違いは、劇的で刺激的で、思わず胸が躍り出すお伽噺の一節にあるような、そんな出会いだったのだ。

 ――名も知らぬ彼女との出会いと告白と玉砕を、この五秒にも満たない敗北を、僕はきっと永遠に忘れない。


 どうしてかって? 

 たった今決めたからだ。


 僕は僕が生まれる前から決まっていた僕の役回り(キャラクター)を否定する。


 僕が僕自身の飾りない言葉で、『道化師』の立ち位置(ポジション)なんか破り捨てて、今度こそきちんと彼女に自分の気持ちを伝えるんだ……!


 

 愚者なる道化。その無謀で愚かな反逆譚が今此処に幕を開ける。


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