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フロー・ラビリンス  作者: 倉田樺樹
スーツド(被支配層)の乱
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 FF87878は、古代の嘉義市にある売店の倉庫にいた。

 倉庫に入ってから一日以上経っていた。もう三日間もシャワーを浴びることなく、下着の交換もしていない。

 

 トイレのドアは、現在表示されている迷路のルート上にあり、倉庫を汚さずにすんだ。残念なことに隣の洗面台には、ほんのわずか届かない。洗面台の前に立てないが、手を伸ばせば手は洗える距離なので、水を手にすくい口にする。甘い清涼飲料水ばかり飲んでいては、体にも精神にもよくない。薄暗い倉庫で菓子とソーダの生活では、気持ち悪くならないほうがおかしい。


 まだ倉庫の在庫はたくさんあるが、この生活がこれからも続くと思うと、路上で餓死したほうがよかったなどと考えてしまう。

 迷路が始まってから二日以上経っている。ほとんどの人間が体力を消耗し、死の淵に立っているに違いない。

 他人のことを心配する余裕はない。むしろ彼のほうが悲惨だ。

 他の人々が二日から五日ほどかけて死ぬところを、一月かけてじわじわ死ぬ。苦しむ期間が長いのだ。それならもう何も口にせず、できるだけ早く死のう。

 そこまで追いつめられていたとき、救いの女神が現れた。

 

 倉庫の照明は売り場に較べて弱い。倉庫の小さな窓は、外が夜だと教えてくれる。

 普通なら宿でぐっすり眠っている時間帯だが、仕事もなく、生活のリズムが崩れたため、壁に背をもたせかけ、目を開いたままぼうっとしていた。

 突然、売り場との境のドアが開いた。

 咄嗟に「泥棒」と怒鳴ってしまった。

 そこにいたのは、茶色のスーツを着た若い女だった。


 UV38244。

 数字までは覚えていなかったが、アルファベット二文字には記憶があった。

 だから「また、あんたか」と言ってしまった。

「私を知ってるの?」

「忘れるもんか。あのとき猿が暴れて大変だったからな」

「何を言ってるの?」

「あんたのところに猿を届けただろう」

「猿ってあのときの? たしかこの辺りの売店だったよね。そうだったの? てっきり猿が自分で山から下りてきたと思ってた」

「猿を捕まえろって無茶苦茶な必須業務が入って、仕方なく山に入ったよ。あのとき他に大勢人がいてみんなで猿狩りさ。それで俺が見事つかまえたもんだから、籠に入れて、ここの裏に運べって指令が出て。UVなんとかが現れたら、猿を放って逃げろって」

「あの猿偶然出たわけじゃないんだ。それ怖いね」

「あんたがここに来たほうがよっぽど怖い。どうしてここに来た?」

「どうしてって……なんとなく」

「ここまで迷路を解いて来たのか?」

「私、迷路関係ないから」

 彼女は、詳しいことは言えなかった。


「あんた、何者なんだ?」

「ただの人間」

「食べ物を奪いに来たのか?」

「それもあるけど、一緒に行動する仲間を探してるの。二人だと都合がいいでしょ」

「売店の倉庫に仲間がいると思ったのか?」

「なんとなく、ここに入ろうって思ったの」

「それで俺に会えたってわけだ」

 出来すぎた偶然に彼は笑った。


「それで、何をすればいい」

「外に車待たせてるから、一緒に乗って」

「残念だけど、俺は今動けない。ここで死ぬのを待つだけの役立たずだ。他当たってくれ」

 FFは自虐気味に言った。

「大丈夫。什器のてっぺんに登って、できるだけ遠くに飛べば迷路から出られるよ」

「本当か?」

 彼は相手の言葉に驚いたが、現に彼女は自由に動いているので、疑っているわけではない。「やってみる」


 彼は搬入口に一番近い什器に足をかけて、上に上った。高さ二メートル。一番端まで這いながら移動して、ウォッチを見た。右側の壁の辺りまで飛べば、迷路の外だ。

 立ち上がると頭が天井に届きそうだった。怖くて足がすくみ、なかなか踏み出せない。

「早くしてよ」

 彼女に急かされて、思い切り飛んだ。着地したとき足に衝撃が走った。そのまま勢い余って壁に衝突した。

「痛てて……」

 膝を押さえて立ち上がった。ウォッチを見ると、丸は消えている。

 売り場のほうに向かって歩いた。ドアのところまでたどり着けた。


 一度のチャレンジで成功した。

「やった、動けるぞ。だけど、俺も最初はあんたみたいに自由に歩いてた。それが公園にいたとき、他の連中みたいに迷路の中さ。またすぐに迷路に戻るんじゃないか」

 彼は不安を口にした。

「それはもうない。だってあれ私の仕業だから」

「??」

 彼女は搬入口を開け、できるだけたくさんの菓子袋を抱えて出ていった。

「表に車あるから、あなたも一緒に乗って」


 二人は配送車に乗った。彼女が行き先を指定した。車は東へ向かっている。

 FFは、フロントガラスのすぐ上に表示されている行き先の名前を見て、

「山のほうに行くのか?」と尋ねた。

「そこ山なの? 私もよく知らない」

「なんでそこに行こうと思った?」

「なんでって、必須業務にマップが出てたから」

「必須業務? ウォッチが使えるのか?」

 

 彼は、彼女のウォッチで必須業務を調べた。

 マップと目的地が表示されている。彼女は、ウォッチから行き先を指定したのだ。

 よく見ると、その場所に彼は見覚えがあった。

 つい最近行った場所だった。


 車は、林道を進み、それが終わる地点で停車した。

「やっぱり、ここか……」

 到着先は、彼が数日前に訪れたばかりの場所だった。

「こんなところに何の用だ?」

「いいから、急いで」

 二人はトンネルを通って、小さな四角い建物のある空間に出た。

 建物の正面には台がある。その前に来ると、

「グラスかけて」とUVが言った。

 言われたとおりにすると、台の上にヴィジョンが浮かぶ。

「何だ? これは」

「パスワード」

「?」

「暗号みたいなもの」

 彼女は、パスワードをウォッチにメモした。

「暗号とはなんだ?」

 UVとFFでは、語彙数に差が出ていた。

「そんなことどうでもいいでしょ。こっちに来て」

 

 二人は、トンネルの穴のそばに立った。

「蓋をよく見て」

 金属製の丸い蓋だった。

 縁の模様をよく見ると、細かい文字が並んでいた。

「こっちも」

 彼女は、蓋を乗せる金属の枠を指さした。

 一箇所だけ、少しへこんでいる。

「どういうことかわかる?」

「蓋の文字が順番に、このへこみに来るようにすればいいのか?」

 FFの答えは正解だった。

「私がパスワード言うから、やってみて」


 蓋を枠に乗せて、回転させる。途中で止めては駄目なので、神経を使ううえに力仕事だった。

 全ての文字をへこみに隠されたセンサーに認識させたとき、地下から大きなモノが動くような音が聞こえた。

 すぐに蓋をどけた。

 穴の下では階段がゆっくりと回転している。

 それは180度回転して止まった。


「ここを降りた先に財宝(トレジャー)が隠してあるの」

 UVは、階段に足をかけた。

「それも必須業務に出てたのか?」

「そうじゃなくて、教えてもらったの」

「誰に」

「システムに」

「どういうことだ」

「私にもわからないけど、声がするの。機械で合成したような男の声。

 かなり前から、スピーカーからずっと私に語りかけてきてたみたい。だけど声が小さくて全然気付かなかった。最近、私の耳がよくなったのか、声が大きくなったのか、聞き取れるようになって。

 よく考えると、私が何かしたくなった時に、そうなるように小さな声で私に話しかけてたみたい。サブリミナル・メッセージって言うんだって」

「どんな風に語りかけてくるんだ? UV、右へ行けみたいな感じか」

「そんなのじゃない。冒険者よ。時は来た。おまえの手に世界は握られている。おまえは世界を変えるのだ。そこから具体的な指令が続いてくの」

「それでここに来たと言うわけか」

 FFからすれば、いきなりそんなことを聞かされても、はいそうですかと言うわけにはいかない。それでもここ数日間の出来事すべてが信じがたかったから、そういうこともあるかもしれないと、半分くらいは信じられるのだった。


 二人は、向きが逆になった階段を降りた。

 さきほどと反対側にあるトンネルは、高さ、幅、照明も同じだったが、長さが短く、ちょうど建物の下の辺りで左側に曲がっていた。天井に通風口があることから、建物が外の空気を取り入れる役目を果たしているようだ。


 角を曲がった瞬間、「うわぁ。すごい」とUVが声をあげた。

 角から二メートル先でトンネル廊下は下に降りる階段に変わり、広い部屋に降りるようだ。部屋の照明は随分明るく、否が応でも何か凄いものを期待させる。

 二人は競い合うように、その部屋に足を踏み入れた。

 FFは目の前に広がる光景を見て、階段の途中で立ち尽くしてしまった。

「信じられない。頭がおかしくなりそうだ」


 そこは古代の市民ホールほどの広さの空間だったが、壁や天井には唐草模様が施され、地下宮殿という言葉がふさわしかった。床には売店の商品棚のような什器が延々と続いていて、それぞれ目もくらむような財宝が山と積まれている。

「ここには開拓者達が世界中から集めた古代の宝物が納めてあるの。どうしても捨てることができなかった歴史的価値のあるものや貴金属、宝石、アクセサリー……」


 二人は階段を降り、棚に積まれた財宝を間近で眺めた。

 資本主義経済を経験していないFFには、財宝の価値が理解できなかった。

「綺麗だけど腹の足しにもならない」

「スーツドには無意味でも、ホウコの人にとってはそうじゃない。これあげるって言えば、何でも言うこときいてくれるよ。でも、もうすぐにスーツドもこれ欲しがるようになるから」

「俺に力仕事させるつもりだな」

 FFは、自分の役割を理解した。

「どれにしようかな。宝石なんかだと本物かどうか疑われるからわかりやすいものがいい」

「あの金色に光るモノはどうだ?」

「あれは本物の金」

「あれが金か。金って金色だったんだな」


 二人は、総計二十キログラムの金塊を車まで運んだ。財宝全体からすればごく一部だったが、それだけで当初の目的は達成できる。また財宝が必要になればここに来ればいい。

 金を車に積むと、港の方角に向かって出発した。

「どこに行くんだ?」

「アジト」

「どういう意味だ?」

「隠れ家」

「どこにあるんだ?」

「知らない。桃という市役所の人に金を渡せば教えてくれるって、システムから聞いている」


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