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フロー・ラビリンス  作者: 倉田樺樹
風と珊瑚の島々
17/56

 PZは四階にあがると、廊下を歩き、該当する部屋のドアを見つけた。カードキーの402という数字と部屋のドアの番号が同じであることを確認した。

 カードキーをドアのリーダーに差し込むと、ロックのはずれる音がした。

 ドアを開け、閉める。カードは入り口近くの台の上に置いた。

 ホテルの部屋は宿より狭かった。ベッドが大きいので、余計に狭く感じる。

 その代わり大きな窓があり、眼前の港や海が見える。


 彼の得た知識によると、ホテルは宿の一種で、ポイントではなく、この島で流通しているマネーを利用する。彼らはマネーを持っていないので、税金から支払われる。

 税金とは、島の人々から広く集めたマネーのことで、働いて収入を得たり、商品を買うなどマネーを使うと、その金額の一部を行政側に支払うことになっている。彼らの宿代は税金から支払われ、その一部がまた税金になるという複雑な方式に、PZは理解に苦しんだ。

 行政とは、ホウコ諸島の住民全体を統治する仕組みで、選挙で選ばれた議員や市役所の職員など公務員の手によって運営されている。

 要するに、ここは古代と同じようにシステムではなく、人が人を統治しているのだ。

 

 

 各部屋には、ベッド専用器、シャワー、ディスプレー、冷蔵庫などがあり、古代と同じ設備が整っている。シャワーは湯が出るだけのものだ。PZはうまく使いこなす自信がなく、今日の使用は控えた。

 島には放送局というものがあり、ディスプレーの映像は、そこからケーブルを通して送られ、リアルタイムで放送される番組を視聴することができる。もちろん、過去のアーカイブから好きな番組を観ることも可能だ。

 PZのいた世界では、スーツドに知らせてはいけない情報が多く、ほとんどが娯楽作品だったが、ここでは様々なジャンルのものが揃えてある。英語のタイトル作品も多い。

どれも興味があったが、彼が知りたいのは、今の世界の成り立ちだ。


 タイトル一覧の先頭に「古代社会の終焉とホウコの歴史」という歴史ドキュメンタリーがあったので、観ることにした。


 オープニングのナレーションが読み上げられる。


「太古、世界は不平等だった。個人、ファミリー、民族、国家などによる富や権力の奪い合いが常態化し、恵まれぬ者達は常に不満を抱き、恵まれる者達もいつ自分達がそれを失うか不安でいた。

 あるとき、そのことを憂う一人の偉人が現れた。彼は不平等の原因となる要素を地上から一掃することを願った。彼は少年時代に暴漢からある実業家を救ったことで、資金提供を受け、人間をコントロールするスーツとそれを管理するネットワークシステムを考案した。

 偉人を支援した実業家の一族は世界に類をみない巨大な富を築いた。偉人は彼らのような富裕層を集め、人類二分化計画を企てた。彼ら一握りの支配層(ルーラー)は世界規模のコンピューターネットワークを通して、残りの人類を支配する。被支配層は支配階層の存在を知らないので、世界を平等だと思いこんでいる。


 被支配層はシステムを通して、労働を割り当てられ、必要なものが支給される。生産物の幾分かは支配階層のところに流れるが、被支配階層は自分たちが搾取されていることに気づかない。

 被支配層が労働に対する意欲を保ち続けるために、ポイント制度がとられる。ポイントを消費することで娯楽や嗜好品などが与えられるが、衣食住の基本にはほとんどポイントがかからない。

 偉人が亡くなった後も、計画は進められた。

 スーツが全世界に普及したとき、支配層は某都市に集まった。そこは被支配層が入れない特殊エリアだった。

 スーツを着た人間は、システムに操縦される通りに動いた。スーツを着ていない人間を見つけると殺害し、人間が住むことができる全地域を同じパターンに改造していった。


 予定された世界が完成すると、支配層は盛大な祝賀会を開いた。システム運用に携わるオペレーターを除く全ての人々が、通りに出て、パレードを楽しんでいた。

 そのとき、偉人の意志を継ぐ開拓者のリーダーは、都市の入場制限を解き、被支配層をそこに雪崩れ込ませた。スーツを着た被支配層は、スーツを着ていない支配層を殺害し、通りは血の海と化した。助かったのは基地にいるごくわずかのオペレーターだけだった

 こうして人類は初めて平等な世界を手に入れた」


 

 さらに写真などの資料などを交えて、より具体的な話が続いた。


 およそ四百年前(365日で一年)まで世界は弱肉強食の資本主義が支配し、一握りの資本家と彼らが所有する大企業が実質的に世界を動かしていた。ほとんどの人類は国や民族という地域に根付き、宗教、家庭、思想、趣味などを持ち、多様な個性を持ってきた。


 一人のアフリカ系アメリカ人ダニエル・クーパーが現在の社会システムを考案し、従来の世界を終わらせた。台湾客家(たいわんはっか)の李一族は彼のスポンサーとなり、着るスマートフォンと呼ばれたスマートスーツを独占販売し、世界一の大富豪となった。

 李一族は豊富な資金とコネを利用して、自由と平等を掲げる非営利組織HOTを創設し、企業家、政治家、官僚、軍人など世界中の有力者が加入した。


 HOTの会員は、新世界の支配層となる予定だった。

 支配層はユーラシア大陸のどこかに居住し、被支配層はそこに立ち入ることができない。そこにはコンピューターシステムの統括センターである基地「コードネーム・ノースウッド」が存在し、世界を管理する。基地の周辺は高い壁に囲まれ、支配層といえども入るのに許可が必要である。基地は、一箇所だけではなく、予備として、ホウコ諸島の本島にも設けられた。


 当時世界人口は百億に迫っていた。スマートスーツ社は最終形態の商品が開発すると、特定モニター一億人に対する優先販売を行った。モニターは大規模な実験に協力することで、破格の安価で製品を入手した。

 実験当日は、原則スーツをはずせない。実験の結果、大変な欠陥が見つかった。

 防衛モードにしたとき、装着者スーツドの自由は奪われ、スーツを装着していない人間(非スーツド)を見つけると、手当たり次第に攻撃してしまうことがわかった。世界中で大殺戮が繰り広げられた。スマートスーツ社はシステムエラーを理由に、防衛モードを三ヶ月間解除しなかった。

 混乱を鎮めるために出動した各国の軍隊は、すでにHOTの掌中にあり、生き残った非スーツドを殺害していった。この結果、世界人口は一億人程度に減少した。これはスマートスーツ社が意図的に行ったものだった。


 支配階層は被支配階層から搾取するが、被支配階層は支配階層の存在を意識することがなく、被支配階層どうしは極めて平等なため、世界は安定に向かっていた。

 しかし、ダニエルの意思は支配階層を一時的に利用するだけで、全人類を完全に平等化する計画だった。

 一部のオペレーターを残し、支配階層は全滅させる。そのことを知っていたダニエルの後継者李長宇は、自分の子孫をホウコ諸島に移住させた。ホウコ諸島はシステムの支援を受けるが、支配下になく、古代の世界をそのまま残すことになっていた。そうする目的は、災害などでノースウッド基地が作動しなくなったときの予備のためだ。


 大虐殺から二十年。システムが順調に稼働し、世界は安定した。

 支配層は盛大な祝賀行事を催し、基地にいるオペレーター以外の全員が参加した。オペレーター統括である李長宇は、周辺のスーツドを防衛モードの状態で都市に導いた。百万の支配階層は滅ぼされ、基地内のオペレーターを中心とした数百人だけが残った。彼らは城壁の内側で暮らし、百名のオペレーターが二十四時間態勢で世界を管理運営していった。


 ホウコ諸島には、ノースウッド基地と同じコンピューター設備が存在する。システムを直接操作できないが、いざというときのためにトレーニングを受けた数十名のオペレーターを常に揃えておく。万が一、ノースウッドに危機が起きたとき、システムの運用はホウコ基地に移される。

 ホウコでは、長宇の子孫が基地の管理責任者として、オペレーターの訓練を行い、世界の状況を常に把握し続けている。


 ピーターも、自分が開拓者の末裔と言っていた。李長宇の子孫なのだろう。予備施設の管理人が、自分を呼び寄せたのはどういう理由だろうか。PZにはその理由がわからなかった。


 さらにホウコ諸島の状況も知ることが出来た。

 

 馬公特別行政区は、独立した国家ではなく、世界の首都でもないが、全世界にとって極めて重要な役割を果たしている自治体である。

 古代には馬公市、湖西郷、白沙郷、望安郷、西嶼郷、七美郷の一市五郷からなるホウコ県行政区だったが、現在では世界におけるひとつの市という立場をとることにし、旧馬公市の組織を引継ぎ、以前からの呼称である馬公市を通称とし、そこの住民は馬公市民を名乗っている。

 行政の中心は市役所が担う。そのリーダーである市長は民主主義的な選挙によって選ばれる。あくまで馬公市の行政の長であり、世界のリーダーではなく、島外に対して口だしはできない。

 対して本島中央部の飛行場跡地にある基地は、世界を統治するシステムにおいて極めて重要な場所である。

 

 馬公市は、島外と異なり、個人の自由を尊重した古代社会を継承している。人口調整などの政策はなく、ここ二百年ほどで人口が半分に減って、現在の人口は十万人程度に落ち込んでいる。

 ホウコ諸島は、台湾島との定期船便によって、食料、鉄などの素材、工業製品、生活物資などの供給を受ける。もともと耕作に向かない土地で、外部から食料を調達しているので、農業はほとんど行われていない。


 写真とナレーションばかりの安っぽいドキュメンタリーだったが、学校で習った大雑把な開拓期の知識しかなかったPZには、初めて知ることが多く、今自分が置かれている状況を客観的に見ることができ、大変ためになった。


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