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後輩がアニメ化しました!

後輩がアニメ化しました!【下】

作者: 全刀

 戸塚うたるは、静かに語り始めた。


「小さい頃、料理人に憧れてました。でもすぐに諦めました。

 家庭科の調理実習でクラスのみんなより出来が悪かったんです。自分には、料理人の才能がなかったんだなと、そう思いました。

 それ以来、親の手伝い以外で料理をする事はありませんでした。

 その次は、学校の先生に憧れました。

 でもその頃テストで悪い点が続きました。先生は親身になって解き方を教えてくれたけど、やっぱり答えは分からなかったし、先生も先生で、何が分からないのか分からないようでした。

 その時気付きました。ああ、そうか、先生はテストでいい点をとり続けてここに立っているんだって。そう気付いたら、急に先生がとても遠い存在に思えて、果てしない無力感に押し潰されそうになってしまいました。

 私は、学校の先生になるのを諦めました。もちろん、世の中には挫折を繰り返して教壇にたどり着いた教師もいることは分かっていますが、当時の私には目の前の“先生”が、教師の全てでした。

 さらにその次は、イラストレーターに憧れました。 ――すぐに諦めました。特にきっかけはなかったと思います。なんとなく、諦めました。絵の練習は、しませんでした。

 それから、何でもすぐ諦めるようになりました。

 クラスの中心でみんなを引っ張っているあの子に憧れました。私は何も考えずただ引っ張られてました。

 運動が得意でスポーツ選手を夢みるその子に憧れました。私は見ているだけでした。

 何かに挑戦しようとしても、どうせ自分にはできっこないって、挫折するのを恐れて諦めてしまう。そのくせ、憧れだけは、ずっと抱えてる。いつの間にか、私はそんな臆病者に成り果てていました。

――そんな自分を、変えたかった」


 蛇口の詮が外れたかのように話して、ここでようやく間を空けた。

 戸塚がそんなことを考えていたなんて知らなかった。初耳だった。しかしまだ俺の質問の答えにたどり着いていないので、俺は戸塚に話の先を促した。


「そんなとき、先輩に出会ったんです。去年の四月、この学校に入学して、クラスにも程々に馴染んできた頃、ある噂が流れてきたんです。

 放課後になると、誰も居ないはずの東棟の第二パソコン室の中に、誰かいるって。教室棟の第一パソコン室で活動しているパソコン研究会の人も、そんな奴は知らないという話でした。

 私は少し気になって、その日の放課後、件の第二パソコン室に行ってみました。

 そこにいたのが、先輩、あなたです」


 そういえば、そうだった。三年に上がってすぐの頃、まだ自分のパソコンがなかったから学校のパソコンを使って練習してたっけな。でも何で今そんな話を?


「その時先輩は、そう、練習してましたよね。プログラミングの練習を」

「ああ、してたけど。それがどうしたんだよ。さっきの話と何の関係があるんだ?」

「ええ、ありますとも。

 何してるんですか? って聞いた私に、先輩は教えてくれましたよね。プログラマーになって、ゲームを創りたいんだって」

「確かに言ったけど……やっぱり話が見えないんだが」

「先輩、全然上手くいってませんでしたよね。何かパソコンから煙出てましたし」

「あれはパソコンの故障だから。プログラム関係ないから。

 まあ、上手くいってなかったのは事実だけど」

「それでも先輩は諦めなかった」

「…………」

「はっきり言って、素人目にも、先輩はプログラマーには向いていないように見えました。私の実家のハムスターの方がまだ向いていると思うくらい」

「それは俺が向いていないんじゃなくてハムスターが天才なんだと思う」

「言ってましたよね。ずっと練習しているのに全然上達しないんだって」

「ああ。本屋で教本買って、見よう見まねでやってみたりしたんだが、全然思い通りに動いてくれなくてな。お前には無理だって親にも反対されて、反論したかったけど、親の言う通りだなって納得してる自分もいて。でもそんとき、俺って馬鹿だなって思った。自分の力量だって分かってない癖に、何納得してんだよってな。結局、可能性狭めてんのは自分自身だった。諦める理由を他人のせいにしていた。なら、諦めるのは自分の力量を見極めてからだって思ったんだ」

「……初めてだったんです、何回失敗しても挫折せず、諦めないで挑戦し続けている人に出会ったのは」

「そんな大したもんでもねえけどな。実際まだまだだし」

「そんなことないですよ。そのときから先輩は、私にとって目標でした」

「いやいや大袈裟だから」

「いえ、私はそんな先輩の姿を見て、臆病な自分を変えたいってより思うようになりました。

 その気持ちから、私はつい願ってしまったんです。

『アニメになりたい』って。

 ――『臆病な自分など居ない世界に行きたい』って。

 そう、願ってしまったんです」


 戸塚が変なお願いをしたのは、俺が原因だったのか。いや、だとしてもこんな追い詰められたような表情で俺に自分を見てほしい、なんて言う理由には繋がらないと思うのだが。まだ、何か理由があるのか?


「自分を変えたいって願いすら他人任せなんて、本当、救えないですね」

「でもお前だって、まさか本当にそんな非現実的なお願いが叶うなんて思ってなかった訳だろ。そんな気にすることないって」

「でも、そんな軽率なお願いをした結果、こんなことになっているんですから。きっとばちが当たったんです。サンタさんではなく、神様の」

「ん? こんなことって、ばちって何だよ」

「それはもちろん、画面の中に入れるようになった、この状況のことですよ」

「え? さっきはあんなに面白いって言っていたじゃないか」

「……先輩は、画面の中に入るってどんな感じだと思いますか?」

「どんな感じって言われても……全く想像が付かない」

「画面の中は、不思議な浮遊感があって、暑くも寒くもなくて、静かで、自由で、

――誰も居なくて、独りぼっちなんです」

「…………」

「初めて画面の中に入った時、凄い、面白いって思ったのは本当です。世界を置き去りにして、高次元な所に来たような、そんな錯覚もしました。

 でもやっぱり錯覚は錯覚でただの勘違いですから、置き去りにされたのは私の方だって気付くのに、そう時間は掛かりませんでした。次元はむしろ下がってますからね。三次元から、二次元に。

 世界から切り離されて、孤立した事に気が付いてから、急に怖くなりました。私はどうなってしまったんだろうか、と。

 画面から出た後も、しばらくは全身の震えが止まりませんでした。無機質で乾いた世界が怖かった。自分の体がおかしなものに変わっていって、乾いた世界に近付くのが怖かった」


 俺も画面の中に入れるのかって聞いたとき、急に戸塚のテンションが下がったのは、そういう事か。

 入れるかどうかという以前に、戸塚は俺に入ってほしくなかったのか。画面の中に、無機質で乾いた世界に。


「私の体、変なんです。頻繁にめまいが起こるようになったり、突然変な事が思い浮かんだり」

「変な事?」

「ええ。説明しづらいんですけど、何というか、異世界の言葉? みたいな。

 それは声だったり、図だったり、情景だったり、見たこともないはずの景色、知らないはずの単語が突然脳裏に浮かぶんです。本来の意味での、電波系ですか」


 画面の中に入る弊害か。一体どんな仕組みで画面の中に入っているのか分からないけど、そんな影響があるのか。


「そしてなにより、私の中身が変わっていって、それでも私の臆病でちっぽけな本質は何も変わっていなくて。結局また逃げていた自分が情けなくて。……皮肉ですね。二次元から現実逃避をするなんて」


 あはは、と戸塚は乾いた笑いを漏らした。


「常識では有り得ない出来事が起これば、変われると思っていました。

 でも、違いました。非日常は私に足枷を付けただけで、私を変えてはくれませんでした。

 もうどうしたら良いのかも分からなくて。怖くて、情けなくて、押し潰されそうで。気味悪がられるんじゃないかって思ったら、誰にも言えなくて。

 でも、先輩なら気味悪がらずに見てくれるんじゃないかって、それで……」


  ――『ゲームの中に入っちゃった』という状況を実際に見てみたいって言ってましたよね。


 ああそうか、俺があんな中二臭いこと言ったから。 ゲームを創りたいって思っていろいろ調べていた時、そんな中二病的な設定に興味を持った俺なら若しくは、と。戸塚はそう思った訳か。

 腫れ物扱いせずに接してくれる。だから、見てほしかった。そして ――


「お願いします。……私を、助けてください」

「最初からそう言えよ、まどろっこしい」


 要するに、訳が分からない事が起きて、どうしたらいいか分からなくて怖いから助けてと、それだけのことだ。

 色々と言いたいことはあるが、その前にいくつか気になる事があった。


「お前は、俺なら気味悪がらずに見てくれると言ったけど、その手の話に興味がある奴なんて他にもいるだろ。何で俺なんだよ」

「それはただ私を物語の主人公に重ねて見ているだけでしょう? 或いは珍しいものを見たいという野次馬です。

 気味悪がってはいなくても、面白がっているんです。そういう人達に助けを求める事はできません。

 先輩は、純粋に画面の中に入る仕組みに興味を持っているのであって、私の境遇を面白がっている訳じゃない、……と私は思っているんですけど、違い、ますか?」


 最後のほうは、声も小さくなって、瞳を潤ませて上目遣いで俺を見ていた。

 ……ちょっと待って。そんな反応しないで。


「ああ、お前のこの状況を面白がったりはしないさ。俺はお前の先輩だぞ。……だから、心配するな」


 俺がそう言うと、良かった、安心したと言わんばかりに胸に手を当てていた。


「俺がここに連行されてきた理由は分かった。じゃあ二つ目の質問だ」

「連行とかやめてください人聞きの悪い」

「殆ど連行だったろが」


 戸塚は、心の内を話して幾分か落ち着き、普段の調子に戻りつつあるようだ。


「とにかく二つ目の質問だ。何でお前は最初、すごいだの面白いだのやたら楽しそうに振る舞ってたんだ?」

「さっきも言いましたけど、画面の中に入れることをすごい、面白いって思っているのは本当ですよ?

 まあそれは置いといて、……ああ振る舞っていたのは先輩に弱みを握られたくなかったからです。後でどうなるか、分かったもんじゃないですから」


 ほぉう、言ってくれるじゃねえか。一体どの面さげて助けてなんて言ったんだこいつ。

 ……と、言いたいところだったけれど、戸塚の目は潤んだままだったのでやめた。

 戸塚はやたら俺をからかおうとする癖に、全然ポーカーフェイスができていない。今の言葉が虚勢だって事くらい、誰にでも分かる。

 最初にすごい、面白いと振る舞っていたのも、今の言葉も、大方、俺に心配させないように気を遣っていたのだろう。

 全く、何やってんだか。


「最初は、先輩と普通に話すだけのつもりでした。それで不安を紛らわそうと思っていたんです。

 でも……駄目ですね。心が弱っていると、感情が抑えられなくなって」

「……分かった。質問は終わりだ。それじゃあ戸塚、本題に入るぞ」

「はい」

「まず、……お前って本当勝手だな。用件も言わずに家に来いっていったり、訳わかんねえことに巻き込んだり、そして助けてだって?」

「……っ! はい……すいませんでした」

 戸塚は悲痛に顔を歪める。

「大体、助けるって具体的になにすりゃいいんだよ。俺だって何も分からねーよ」

 戸塚は今にも泣きそうな顔で俺を見ている。畳み掛けるように俺は言った。

「だから、俺も勝手にお前を助ける。俺のやり方に文句は言わせないし、俺に迷惑かけているとか考えて気を遣ったりなんかさせない。お前はいつもみたいに生意気な事でも言っていればいい。

 ……だから、そんな顔するな」

「は……い、はい!」


 戸塚は驚愕に目を見開き、そしてゆっくりと強張った顔を緩めて、最後には歯を見せて笑った。

 その笑顔は、前を見ている。挑戦して、変わっていこうとしている。


*******************************************************


「さて、何をしたらいいだろう」

「え、考えてなかったんですか?」

「ん? それ文句?」

「うぐ。いえ、何でもないです……」


 ちょっと楽しいなこれ……じゃなかった。今は真面目に考えないと。


「いやまあ、考えてはいるんだけど、やっぱり何も分からない状態だとなあ。取扱説明書のない精密機械というか」

「何も分からない……」

「でも分からないものは調べられる。正体が分からなくて怖ければ、分かるまで目を凝らして見てればいい」

「でも、私はそんな風に向かい合えるようになるでしょうか」

「無理に変わろうなんてしなくていいんだよ。むしろそれじゃあ、どんどん身動きが取れなくなるだけだ。

 前を見るんだ。停滞するより変化があるほうが面白いだろ? それが良い方向に向かっているって思えたなら尚更。それを想像するんだよ」

「前を見る……確かにそうですね。そのほうが良いに決まってます」

「それが挑戦なんだと俺は思ってる。

 俺なんかがお前の助けになれるかは分からないけど、そんな俺でも頼ってもらえるなら、挑戦してみようと思う」

「はい。本当にありがとうございます」


 そして戸塚は一呼吸してから言った。


「活躍する『主人公』達を横目に見ながら、ずっと挑戦することから逃げていました。正直まだ怖いです。

 でも、主人公じゃなくても変われるってことを確かめたい。そしてその先にはどんな景色が広がっているのか見てみたい。

 この画面の中の世界に興味が湧きました」

「見れるよ、きっと。だってお前は、三次元と二次元を行き来できるんだから」

「そうですね。そうでした。

 時には狭い平面の世界からのほうが、前を、目標を見つめ直せるかもしれませんね。

 だって私は今、理想を見せてくれる虚像に、アニメになっているんですから」

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