03 嵐の前の静けさ
「このおみそ汁、美味しいですワ~。」
私の隣に座っているミーナが、至福の笑顔を浮かべて、おばぁちゃんのみそ汁をすすっている。
「………。」
私はミーナの隣で、今のこの状況がいまだに理解できず、ただただ彼女の横顔を見つめていた。
ミーナは今、夕飯が並べられたテーブルを私とおばぁちゃん、さぁちゃんの4人で囲んでいる。
15分程前。
私が玄関を開けると、そこには何故かミーナが立っていた。まるで私のために天使が舞い降りてきたように。
「………。」
わけがわからない私は、何も言葉を返すことが出来なかった。だって、初めて出会ってから12時間、ずぅーーーと考え続けていたミーナが目の前にいるわけで。また会えたね。とか、なんでここに?とか、「トキ様」には会えたの?とか、聞きたいこと、言いたいことが頭の中をぐちゃぐちゃに駆け回っていた。
私が何も答えずにいると、後ろから
「有紗~。お客さんかね~。」
と、リビングに居たはずのおばぁちゃんが顔を出してきた。
私がミーナのことをどう説明しようか悩んでいると、
「ん?おや、ミーちゃんじゃないかい。大きくなったね~。ほっほっほっ。」
「まぁトキ様。お久しぶりですワ。」
お互いにそう言って、手を取り喜び合っていた。
「………。」
私はただ、2人のやり取りを呆然と見つめていた。
それから感動(?)の再会を果たしたミーナに、トキ様こと私のおばぁちゃん、卯月時子は「せっかくだから一緒に夕飯食べていかないかい?ほっほっほっ。」と誘い、今に至っている。普段は私の隣にはさぁちゃんが座るのだが、私の向かいに座り、ちらちらとミーナの様子を窺っている。
「それにしてもトキ様のお孫さんが、まさかアリサだったなんて、すごい偶然ですワ~。」
「本当にね~。有紗とミーちゃんが知り合いだったなんてね~。ほっほっほっ。」
先ほどから向かい合って座っているミーナとおばぁちゃんは引き続き喜びを分かち合っていた。
「っていうかトキ様って、おばぁちゃんのことだったの?」
ミーナが訪ねてきてからまだひと言も言葉を発していない私は、やっと2人に疑問をぶつけた。
「私の昔からのお友だちの孫でね~。昔はよく会いに行ってたんだよ~。」
そういえば、おばぁちゃんの趣味は旅行だって聞いたことがある。リビングの奥にある和室には、海外のものと思われる骨董品や絵が飾ってあり、おばぁちゃんは、外国に行った時のお土産なのよ~ほっほっほっ、と言っていた記憶がある。
「えぇ、ワタクシが10歳になるまではよく遊びにいらしてたんですガ。おばぁちゃまも心配しておりましたワ。」
「すまんね~。仕事人間の娘が忙しくなってしまってね~。」
おばぁちゃんの娘、つまり私とさぁちゃんの母親になるのだが、確かに私が10歳になった頃から急に仕事が忙しくなり、海外へ行くことが増え、家にほとんど帰ってこなくなった。
………、あれっ。ミーナってもしかして。
「もしかしてミーナって、15歳?」
「そうですわヨ。あら、もしかしてアリサも?」
「うん。私も今15歳なの。」
「あら~また出会えただけでも嬉しいですのに、年も同じなんテ~。もうこれはディスティニーですワ~。」
そう言って微笑むミーナは、やはり天使のようだった。朝出会ったときにも思ったが、ミーナはコロコロとよく表情を変える。喜んだり、心配したり、慌てたり。感情を表情や態度に出すのが苦手な私は、ミーナの一挙手一投足に魅せられていた。
「……、なるほどね~。」
今まで静かにご飯を食べながらミーナをちらちら見ていたさぁちゃんが、突然私の顔を見て、にや~っと笑みを浮かべて言ってきた。
「?さぁちゃん、どうしたの?」
私は言葉の意味が理解できず、聞き返した。
「なんでも~。」
「もしかして、アリサのシスターかしラ?」
さぁちゃんが答えをはぐらかしたところに、ミーナが話に入ってきた。
「はい~。妹の紗綾でーす。よろしくお願いしますね、ミーナさん。」
さぁちゃんが作り笑顔と猫かぶりな返答をする。相変わらず、家族と他人に対しては別人のような態度…。普段は面倒くさがりでダラダラ惰眠を貪っているのに、他の人がいると良い子を演じている。
……、私は違うからね!…たぶん。
「う~~ん。サアヤもキュートですわネ。ところで、何をよろしくするんですノ?」
「それはですね~今後、お姉さまと呼ぶことになるかと思いまして~。」
そんなことを言いながら、私に、にや~っと笑みを向けてくる。
「………、!!!」
私は少し遅れて、言葉の意味を理解した。さぁちゃんは私の態度から、好きな人(?)がミーナだと察したようだ。それに気付いた途端私の顔は、カァ~っと赤面する。
「べっ、別に、ち、違うから!!!」
私は慌てて否定するが、
「はい~。ツンデレ、頂きました~。」
と、合掌し、目を閉じて頭を下げてくる。
「あら~、これがジャパンのツンデレですノ~。」
隣でミーナは、何故か喜んでるし。
「ほっほっほっ。」
「だから、違うってーーー!」
リビングにおばぁちゃんの独特な笑い声と、私の叫び声が虚しくこだました。
「この白いのは何ですノ?」
未だに赤面している私の隣で、ミーナが言った。
「それは、マヨネーズっていう調味料ですよ。知らないんですか?」
さぁちゃんは何事もなかったように疑問に答える。
「初めて見ましたワ。これはどうすればいいんですノ?」
あれ、海外にもマヨネーズあると思うんだけどな。ミーナってどこの出身なんだろ。私がそんなことを考えていると、
「そこのジャガイモにつけると、美味しいんじゃよ~。」
おばぁちゃんがテーブルの真ん中にあるジャガイモを指さす。
ミーナはジャガイモを手に取ると、マヨネーズをつけ、おそるおそる口に含んだ。その瞬間、
「!!!美味しいですワーーー!!!」
と、さっきの私の叫び声以上の大きな声で叫んだ。
そして今度は、ジャガイモが見えなくなるくらい大量のマヨネーズをつけていた。
「ミーナ、それはつけ過ぎじゃ……。」
私が止める間もなく、ミーナはジャガイモを大きな口で食べると、
「ん~~、やっぱり美味しいですワ~~。」
そう言って目を閉じ、左手を頬にあて、満面の笑みをこぼす。口の周りには、マヨネーズがひげのようについていたが、不覚にも私は、可愛いな、と思ってしまっていた。
そんな私にさぁちゃんが、またにや~っとした顔を向けていた。
賑やかな夕飯が終わり、ミーナは私の部屋に泊まることになった。ミーナはもともとトキ様の所に泊まる予定だったようだ。家には他に空いてる部屋もあるのだが、さぁちゃんが、おねぇちゃんの部屋に泊まったらどうですか?と勧め、おばぁちゃんが、ほっほっほっ、いいんじゃないかい、とそれを了承した。止めにミーナが、アリサともっとお話したいですワ~、と上目づかいで言ってきた。その3連コンボに私が抵抗できるわけもなく、
「し、しょうがないわね。」
と、承諾することになった。ミーナとお泊り、そう考えるだけでまた顔が熱くなり、私は気付くと俯いていた。
「あ、そうですワ。トキ様、これワタクシのおばぁちゃまからの手紙ですワ。」
思い出したように、ミーナはポシェットから白い手紙を出すと、おばぁちゃんに渡す。手紙には厳かな赤い紋様で封がしてあった。
「……、さぁ早く部屋に上がりなさい。有紗、お風呂沸いたら呼ぶから、ミーちゃんと一緒に入んなさい。」
「!!!い、いや、さすがにお風呂は入らないでしょう!!!」
「えっ、入らないんですノ?」
「入っちゃえばいいのに~。」
おばぁちゃんが変なことを言うから、私たち3人はワイワイ言いながら2階に上がっていった。
そう言えば、手紙をもらったおばちゃん、いつもと違う顔してたような…。
…気のせいかな。
3人が賑やかに2階に上がったのを見届けると、暖炉の前にあるお気に入りのロッキングチェアに座り、ミーちゃんから受け取った手紙を見つめる。封に使われている赤い紋様を見るのは何年ぶりじゃろうか。丁寧に封を開け、中に入っていた手紙を読む。
「また、あの魔女が動き出したんじゃな…。」
わしは確信していた。ミーナと有紗、2人の運命が動き始めることを。
「ほっほっほっ。まだわしは引退できないようじゃな。」
そして懐から、金の懐中時計を取りだした。
懐中時計の文字盤は、静かに時を刻んでいる。
静かに、正確に………。
まるで嵐の前の静けさのように………。