01 出会い‐それは偶然か、はたまた必然か‐
…ピピピッ、ピピピッ。
朝の5時30分をつげる目覚まし時計のアラームが鳴る。
「ん、んん~~~。」
腕を上に伸ばして、体を起こす。
カーテンと窓を開けると、少しだけ冷たい風が私の黒髪をなびかせた。
そんな春風にのって、1枚の桜の花びらが空を舞っている。
「丘の桜、もう咲いたんだ。」
私は頬を少し緩めると窓を閉め、おばぁちゃんの待つリビングへと降りていく。
リビングへと降りてくると、おばぁちゃんが暖炉の前のロッキングチェアで揺れながら、金色の懐中時計を見つめていた。すでにテーブルには美味しそうな匂いがする朝食が並べられている。
「おはよう、おばぁちゃん。」
「はい、おはようさん。」
白髪で丸渕眼鏡のおばぁちゃんは、いつも通り優しく答える。
私は食卓につき、両手を合わせ、
「いただきます。」
今日のメニューは、ご飯とみそ汁、おしんこ、そして私の大好きな甘い卵焼き!
「ん~~。」
おばぁちゃんの卵焼きは、相変わらず美味しい。
私が舌鼓をうっていると、
「毎朝毎朝、大変だね~。」
と、おばぁちゃんが声を掛けてくる。
「そんなことないよ。好きでやってるんだから。」
「まだ春休みなんでしょう。少しは咲綾を見習って、お昼まで寝てたらいいんじゃない。」
「ははは、さあちゃんは寝ぼすけだから。それに、部活が始まった時に体がなまってたら、先輩たちに申し訳ないよ。」
「怪我はもう大丈夫なのかい?」
「うん。っていうか、もう半年以上前の話だよ。」
「有咲は頑張り屋さんなんだから。本当に無理しちゃだめよ。」
「大丈夫だよ~。」
おばぁちゃんは優しいけど、心配性だからな。
「ごちそうさま。」
私は朝食を食べ終えると、食器を片づけるとジャージに着替え、日課のランニングに出かける。
「行ってきます。」
私、桜花有咲は、先月中学を卒業し、現在は4月2日の春休み中。小さい頃から続けていた剣道を高校でも続ける予定。なので、毎朝この時間は、体力作りのためにランニング中。
川沿いをしばらく走っていると、小高い丘が見えてくる。虹ヶ丘だ。虹ヶ丘の中心には、大きな木があり、毎年春にはきれいな桜を咲かせる。きっと今朝の桜の花びらもここから来たのだろう。私はちょっと丘に寄り道をすることにした。
先週来た時はまだ咲いていなかったけど、土日で咲いたのだろう。目の前には満開の桜が咲き誇り、無数の花びらが空を舞っていた。
「きれいだなぁ。今度、さあちゃんとおばぁちゃんを誘ってお花見しようかな。」
そんなことを考えていると、優しい風にのって歌声が聞こえてきた。思わず聞き惚れてしまう、まるでお母さんの子守唄を聞いてるような、そんな優しくて温かい歌声。
「こんな時間に誰かしら。」
辺りを見回しても誰もいない。私は桜の木の後ろへと回ってみた。
木の後ろでは女の子が一人、目を閉じ、両手を祈るように握って歌を歌っていた。白いワンピースを着た女の子の金色に輝く髪が朝日を反射し、煌めいていた。
「………。」
私は言葉を失っていた。それは、目の前の光景があまりにも非現実的だったからか。彼女の歌があまりにも上手だったからか。彼女の纏う雰囲気がまるで天使のようだったからか。
私は金縛りにあったように体を動かせず、ただただ彼女から目を離すことができなかった。
「!!」
歌い終わったのか、目の前の女の子と目が合う。見られていたと気づくと、女の子は俯き、頬を赤く染めていた。
「………。」
挨拶をするわけでもなく、歌の感想を伝えるわけでもなく、私はただ女の子を見ていた。
「あの、わたしは、アンナ、でス。」
金色の髪の女の子は、きれいな日本語でおずおずと名乗ってきた。
「……、あっ、有咲、桜花有咲です。」
一瞬、思考が止まっていた私も、なんとか自己紹介をする。
「アリサ、ですカ?いい名前ですネ。」
そう言って満面の笑みを見せるアンナは、先ほどから空を舞っている無数の桜の花びらの何倍も、何十倍もきれいだった。
この出会いが、私とアンナの運命を大きく変えることになろうとは、このときの私には知る由もなかったのです。