模擬戦の開催
ちょっと長いです。すいません……
朝のホームルームが始まるまでまだ四十分ほど時間があるためか生徒の数は少ない。とはいえ勉強熱心な生徒は既に登校している。和也がそんな生徒を感心しながら自分の教室に向かって廊下を歩いていった。ふと和也の視線は職員室から出てきた二人にとまる。一人は和也のよく知っている人物だ。戦闘魔術および家庭科の担当教員、笠原優一。今日も真っ黒のタイトスーツとやたら真面目そうな眼鏡といういつもの格好である。一方でもう一人の方に和也は全く見覚えがなかった。長い髪をポニーテールでまとめ制服をきっちり着ているキリッとした目が印象的な女子生徒だ。見た目は少女というのがベストだがその雰囲気はどちらかというと女性だ。制服から中級組であることがわかる。二人は軽く言葉を交わすとすぐに別れた。それから笠原が和也の視線に気づいていたのか和也の方へ歩いていく。
「おはようございます水瀬君。今日は随分早い登校ですね」
「おはようございます!先生。今日は偶然早起きして……」
「ははは」と笑い返事をする和也。笠原はそんな和也をじっと見つめる。
「そういえば先生。さっきの生徒は誰ですか?中級組なのに見たことがなくて……」
「ん?ああ!雨堤さんのことですか?」
「雨堤?」
「ええ。雨堤雫。中級組の二年生です。知りませんか?彼女は中級組でトップの成績で名前も知られていますが」
「へぇー」
和也は全く知らなかった。いままで個人や勇人の成績こそ気にしていたものの、それ以外の誰かの成績は気にしたことがなかったからであろう。もしかしたらそういうことに対する意識が低すぎるのかもしれない。
「じゃあ俺はこれから小テストの勉強をするので……」
和也がそう言って笠原の前から立ち去ろうとする。すると「ああ、そのことですが……」といい和也を引き止める。
「実は昨日の件で緊急にカリキュラムを変更することになりまして……。後に担任の先生から連絡がいくと思います。おそらく小テストはなくなるでしょう」
「?」
和也が首をかしげる。笠原は和也のその反応を見て嬉しそうに笑う。
「代わりに模擬戦を行います」
和也は少し驚く。彼は模擬戦というものがよく知らなかった。しかしそれが上級組で時々行われるものであることは知っている。そして模擬戦において勇人が無敗であることも。そんな和也の様子を見ると笠原は一層嬉しそうに笑う。
「公平性が失われるので正式な発表があるまでは他言しないでください。と言っても今日の集会で発表しますが」
そう言って笠原は職員室に戻っていく。和也も自分の教室に向かった。教室には朝のホームルームまでまだ三十分以上あるにもかかわらず、五人ほど生徒がいる。皆テストの勉強をしているようだ。本来なら自分も勉強する予定であったわけだが笠原のテストがないという話を聞いてしまったため勉強する気になれなかった。
「うーん……模擬戦か」
自分の席に着き、一時間目の用意をしながら模擬戦について考える。模擬戦は主に上級組が二年生から、中級組が三年生から行う実戦形式の授業だ。学園内の生徒四人で作られた一つのチーム同士が戦い優劣を決するもの。危険なことで有名であり、レベルの高い試合ではけが人が出ることも多い。
「和君!おはよう」
右隣から声がかかる。さすが智花。普段から早い時間帯に登校している。授業までまだ三十分ほどあった。
「おはよう智花」
「和君今日は早いね。どうしたの?」
「いや、今日はたまたま早く起きたからさ。テストの勉強しようと思って早めに来たんだ」
「お、和君が偉い!」
「だろ?」
「でも机の上は綺麗です」
「……」
「実は私もテスト勉強しようと思っていたの。少ししか時間無いけど一緒にやろう?」
和也はテストがないことを言うか迷った。しかし一応言わない約束だし、勉強はどっちにしてもやるべきな気がしたので黙っておくことにする。
「じゃあ、やろっか。ところでさ、智花」
「うん」
「模擬戦ってどうなの?」
「模擬戦?黒守君たちが時々授業としてやっている?」
「そうそう」
「うーん……」
不思議そうな顔をしながら鞄から持ち物を取り出す智花。可愛らしい模様の筆箱とテスト科目の教科書が机の上に置かれる。
「結構大変みたい。毎回、怪我する人も出るみたいだし……」
「あー……やっぱり?」
時間は三十分ほどしかなかったので智花と話をしているうちにすぐに担任が来てホームルームの時間になってしまった。結局ろくに勉強してない気がする。以前、勇人が「勉強は一人でするもの」と言っていたのを思い出した。
「おはよう。みんな」
担任の教員が教室に入ると同時に大きな声で挨拶した。それから少し慌ただしい様子で教卓の前に立つ。
「連絡するから少し静かにしてくれ……。よし、今日は緊急に一限の授業をなくし、全校集会を行う。笠原先生から今後の授業について重大な発表があるそうだ。」
和也にとっては予想通りのことが担任の口から発表される。だいたいの生徒は一限がなくなったことを喜んでいるが中には不安そうな顔をしている者もいた。
「全員九時までに第一ホールまでに集合してくれ。あー……それと授業のカリキュラムが一部変更するため予定していた小テストは中止にする。朝早くから勉強していた者には申し訳ない」
和也が気になって智花の方を見る。すると智花もこっちを見たので目が合う。
「和君せっかくやる気出して勉強していたのにテスト無くなっちゃって残念だね」
「まあ勉強が無駄になるわけじゃないんだし……というかまだ殆ど勉強してないし……」
和也が苦笑いをする。智花もそれに反応するように「あはは」と笑った後、少し不安そうな顔をした。
「笠原先生の話ってなんだろうね?やっぱり……昨日のことと関係あるのかな?」
和也も顔色を曇らせる。さきほど笠原と話したときはそのことについて具体的には言っていなかった。しかしおそらく関係あるだろう。カリキュラムを変更して模擬戦をやろうと思うだけの何かが。智花はそんな和也の難しい顔を見るとニコッと笑った。
「そろそろホールに向かおうか?ホールまで距離もあるしぎりぎりになると混んじゃうから」
和也と智花はホールに向う。ホールに着くと先に来ていた生徒がすでに整列していた。よく見るといつもの集会より教員の数が多い。わずかに体が緊張する。
「じゃあまた後で」
男女では列が異なるため智花と別れる。男子ではクラスで最初に来たためか和也は列の先頭に並ぶことになった。しばらくすると目の前の壇上に笠原が現れる。そして壇上から生徒を眺めるようにした後「はぁー」とため息をつき、左腕の時計を見た。和也もホールに設置してある時計を見る。なるほど。九時を過ぎている。にもかかわらず自分の後ろに並んでいる生徒はちらほらだ。まあこの手の集会ではいつものこと。そしていつも通り教員の誰かが大声で急かしてやっと生徒は急ぎ始める。
「おい!もう九時を過ぎているぞ。もたもたしている者は急げ!」
和也の予想通り、教員の一人が声をあげた。生徒たちが小走りになる。ちなみに和也がチラッとホールの入り口の方を見ると、叫んだ教員に向かってニヤニヤしながら頭を下げている八田がいた。別にだから何というわけではないが。
結局九時十分ころに生徒の整列が完了した。その間ずっと壇上にいた笠原だが別段怒るわけでもなくいつも通りの少し笑みを交えた顔でマイクを取り、話始める。
「はい。皆さん並び終えましたね。少し大事なことを話すのでここからは静かにして下さい。といっても話はすぐに終わります」
笠原が兼ねてから用意しておいたと思われるペラペラの紙を取り出した。コホン!とわざとらしく咳払いして話し始める。
「昨日の吸血鬼の案件であることが判明しました。一部の生徒は知っている者もいるかもしれません……。昨日の吸血鬼ですが……どうやら高尾山頂上付近で「次元の歪み」を作るのが目的だったようです」
生徒たちがどよめく。状況がよくわからず他者に聞いている者、何となくわかり友達と「やばくない?」とか言う者、状況がわかり過ぎている(主に上級組の三年生)ため慌てている者など生徒たちが色々な反応をする。本来であれば和也もよくわからなくてボーっと突っ立っていたのだろうが勇人からあらかじめ聞いていたのと自分も「次元の歪み」については詳しいためか冷静でいた。
「落ち着いて下さい。今回の話の焦点はそこではありませんよ。吸血鬼も次元の歪みも既に消しました。現状の不安要素は既に払拭済です。おっと!」
笠原は何かに気が付いたのか話すのを止めて生徒の列の後方を見る。和也もそちらを見ると一人の生徒が手をピンと伸ばしている。
「なにか御用ですか?緋ノ宮妃さん」
手を挙げたのは生徒会長の緋ノ宮妃。笠原を睨むようにして手を挙げている。その強大な雰囲気は彼女から遠く離れている和也にも伝わった。
「生徒を代表して質問がしたい。私にはその権利があるはずだ」
「おい!緋ノ宮」と言い、後方に待機していた教員が止めようとするが笠原がそれを抑える。
「まだ私の話は始まってもないのですが……構いませんよ。私が答えられる範囲のことであれば答えましょう」
妃が生徒の列の中央に移動する。その後ろにはぴったりとくっついて歩く副生徒会長の司徒教介の姿もある。ある程度前の方まで来ると笠原の方を向いて静止し、教介が持っていたマイク奪うようにして取る。
「では三つ質問させてもらう。まず一つ。このことは公表されているのか?今朝がたのニュースではそれらしいものは流れていなかったが」
「まだ公表はしていません。不確定情報が多すぎますので公表してしまいますと混乱を招く恐れがあります。情報がまとまり次第公表しようとは思っています」
妃はその答えに無言一度で頷く。
「二つ目だ。なぜ高尾に配置されている観察員および戦闘員は吸血鬼に気付けなかった?生徒が実戦訓練で使う際はかなり念入りな事前調査が行われるはずだが?」
「うーん……」と困ったような表情で首をかしげる笠原。その動作からはうさん臭さも感じられる。
「それは僕ではちょっとわかりませんね。現場の人員が気を抜いていたのか、あるいは吸血鬼の魔術が国家魔術師を出し抜くほど優れていたのか……。どちらにしても私たち教員では分かりかねます。いずれ報告はあると思いますが。これで大丈夫ですか?」
妃はわずかの間だが思慮するように腕を組み、先程と同じように一度大きく頷く。
「わかった。では最後だ。吸血鬼が現れたというのに国のこの落ち着き様はなんだ?東京奇襲以来の過去に三度。ドイツ、アメリカ、中国で吸血鬼が発見された時は国連や各国代表者を交えた会議が翌日には開かれている。にもかかわらず今回はその素振りすら見せない。というかおそらく……情報を国内に留めているだろう?」
「ふむ」
妃と笠原の間に緊張が走る。そして生徒はおろか周りの教員もその様子を不安そうに見ていた。そんな中、和也は妃が言ったことを昨日の話と照らし合わせて考えていた。概ね言っていることは同じだ。つまり吸血鬼の出現というのはもっと騒がれるようなことなのだ。それが騒がれていない。情報が流れていないから。たとえ流す予定だとしても過去に比べてそれが格段に遅い。そしてそれにはおそらく何等かの意図がある。
「難しい質問ですね……。確かに昨日現場にいた生徒や我々教員は学園外への情報の流出を禁止されています。しかし昨日生徒の帰宅が許されるなど甘い部分もありますからね。偉い人たちがどこまでが流出を防ぎたいかはわかりません。ですが……」
笠原がニヤリと笑う。それを見た妃は顔を一層険しくさせた。
「あなたが不安視する要素はありません。いかなる状況でも、たとえ魔女が出現したとしてもこの国は即座に対応可能ですから。それにいざとなればあなたが皆を守るでしょう?緋ノ宮妃さん」
笠原が言い終わった後も睨みつけるように立っている妃。しばらくすると教介にマイクを渡し、元の位置にそそくさと戻っていく。教介も慌てて彼女に付いていった。それを見た笠原はもう一度全体を見渡し再びマイクを握る。
「はい。それでは話を戻しましょう。これからが本題です。皆さんすでに各担任の先生からカリキュラムを変更することについては言われていると思います。で、具体的にどのように変更するかですが……」
授業カリキュラムの変更。さきほどの難しい話より生徒にとっては遥かに大事なことだ。ほとんどの生徒がしっかりと話を聞いている。そして笠原はそんな生徒の様子を楽しそうに見る。
「今日から一週間通常授業を取りやめて、魔術の実技演習を午前中に行う特別カリキュラムにします」
生徒達から歓喜の声があがる。それもそうだろう。授業が午前中のみになるのだ。おまけに退屈な座学ではなく、自らの将来に最も役立つ魔術の実技演習だ。
「なぜこのようなカリキュラムにするかというとですね。来週の水曜日、今からちょうど一週間後より三日間の模擬戦を始めます。」
急に生徒たちがシンっと静まり返る。模擬戦を知らないものも半数近くいるが知っている者の多くは緋ノ宮妃のように
「なに?生徒全員で模擬戦だと!よーし!」
「落ち着いて下さい、会長。みんな静かに聞いていますよ」
とは思っていないだろう。さきほどのシリアスな雰囲気は何だったかと思われるくらいのガッズポーズをしている。この生徒会長は生徒の意思をまるで代弁していない。
「詳しいカリキュラムの内容や模擬戦の日程、ルールは後程皆さんのケータイに送られます。まあ主にやるべきことはメンバー集め、各々の魔術の練習、チームでの魔術の練習です。そのために午前中に魔術の授業をしたり、午後を空けたりしています」
生徒が笠原の言葉でどよめき始める。多くの生徒にとって最大の懸念はチームだ。既にチームを持つ三年生と上級組の二年生は問題ないがそれ以外の生徒にとってはチームを組むのは初めてだ。できるだけ仲のいい人、頼りになる人、好きな異性など組みたいチームには様々な希望があるに違いない。
「話は以上です。今後何通かメールが届くと思います。すべて重要事項が記載されているのでしっかりと呼んでください。それともう一度言いますが吸血鬼の出現については極力他言しないで下さい。もちろん家族にでもです。それでは解散して構いません。一週間後期待していますよ」
笠原の話を聞き終えた生徒たちは教室に戻って担任の話を聞いた。移動中や話の途中でも「誰々を誘ってみよう」やら「誰々は人気だ」などという話が聞こえてくる。今日は授業はなしで解散だそうだ。担任の話が終わると多くの生徒はメンバー探しのために動き出した。今日、明日は殆どの生徒がメンバーを探すのに時間を費やすだろう。
「うーん……どうしようかねー」
和也が呟く。和也は決して友達が少ないわけではないが勇人と智花以外に積極的に声をかけるほどの友達はいない。しいて言えば八田ぐらいだ。本来なら実力的にも勇人がベストなのだが上級組の彼にはもう既存のチームが存在する。
「とりあえず八田誘うかー。あいつも優秀だし人気だから早くしないとな。もしかしたら既に他の人から誘われているかもな」
和也がそう呟いて席を立とうとしたときだった。智花が少し焦って和也のもとへ来る。ちなみに彼女はクラスの女子に囲まれてチームに誘われていたので和也は半分諦めていた。何やら和也の方をちらちら見ている智花。和也は不思議な顔をしながらもとりあえず話かける。
「智花はもうチーム決まった?」
「ううん。まだ誰にも誘われなくて」
「え?でもさっき」
「まだ誰にも誘われてないんだ」
笑顔でそう言う智花。なぜか一瞬背筋がぞっとする。仮に誰にも誘われてなかったとしても何故笑顔なのか。
「そ、そうなのか。いやーちょうど智花を誘おうと思ってたんだよね」
「本当!嬉しいな。和君だけだよ、私を誘ってくれたの。一緒にがんばろうね!」
別に誘おうと思っていたのは嘘ではない。むしろ兼ねてから考えていたメンバーが確保できて嬉しいくらいだ。少し智花から何かを感じただけで。
「とりあえず八田も誘おうと思うんだけど……いいか?」
「うん!八田君なら強いし、いてくれたら助かるよね」
二人で八田を捜しにいく。八田は担任の話が終わって教室を出て以来見かけないので既に誰かとチームを組む約束をしていたのかもしれない。八田を探しながら他にも候補を検討する。お互いの知り合いの名前をいくつか挙げてみたが双方にとって仲のいい者は上がらなかった。メンバー探しは和也の予想通り難航しそうだ。そんなことを思って歩いていると中庭の奥の方から声が聞こえる。普段とはうって変わって真面目な声だがそれは間違いなく八田の声だ。
「八田君、中庭にいるのかな?」
二人がコソコソと中庭に出る。少し歩くと奥の木の裏側に八田がよりかかっていた。手にはスマートフォンが握られている。
「あ、電話していたのか。……あれ?あいつのスマートフォンいつものと違くないか?」
「うーん……わからないかなぁ」
もう少し近づく。すると八田の声が鮮明に聞こえた。
(あ、はい。はい。わかりました。はい吸血鬼が……)
誰と話しているのだろうか。敬語を使っていることから相手はおそらく大人であろう。ときどき普段は見せないような真面目な顔になり、低めの声で返事をしている。
「八田の奴……誰と話しているんだ?ここからじゃ会話の具体的な内容までは聞き取れないな」
「和君!盗み聞きは良くないよ。もしかしたら他人に聞かれたくないようなことかもしれないよ」
「大丈夫だって。仮にそうだとしても誰かに話したりはしないし、すぐに忘れるから。それにもしかしたら模擬戦に関係あることかもだし」
智花の注意を聞かずに木に隠れながら静かに八田に近づく和也。一方の智花も注意しておきながら何故か後ろに続く。
(はい、そうです。はい。学園で模擬戦があります。……えーと来週の水曜日です)
和也達が会話の聞こえる距離まで来る。和也の予想通りの模擬戦という単語が聞こえた。
「やっぱり模擬戦についてか……」
和也がそう呟く。智花もその後ろからひょっこり顔を出している。和也の腕と木の間から顔を出す姿はリスのようだ。とそのときだった。八田が電話をしながらわずかに和也達の方に顔を動かすようにした。それに反応した和也が急に体を引く。しかし智花がすぐ真後ろにいることに気付いていなかったため彼女にぶつかってしまった。「きゃっ!」と声をあげて倒れる智花。和也も若干彼女にかぶさるようにして膝をつく。八田がいることを忘れて「ごめん!」と声をかけて智花の手を取った。
「……。和也と……智花ちゃん?」
八田がむかってくる。さすがにバレたろう。ここは下手なごまかしはやめてすぐに謝ろうと和也が心を決める。
「なんでこんなところにいるんだ?」
そう言って二人の前に歩いてきた八田。その八田に
「盗み聞きしてごめん。模擬戦のメンバーの候補としておまえを探していたら電話しているところを見つけて……。内容は殆ど聞こえてないから。本当に悪い」
と言おうとしたが
「うおぉぉぉー」
という八田の叫びで遮られる。その予想外の叫びに二人はポカンとしてしまった。
「な、なにこんな時間からおまえら中庭でエロいことしてるんだよ。さすがの俺も驚きだよ!」
「「……え?」」
以前状況を理解できなくてポカンとする二人。一方の八田も手に通話中の携帯を手にしたまま驚愕している。五秒ほど経ち、和也が冷静に思考を巡らせ現状を理解した。なるほど、これは予想外だ。
「おい、八田。おまえがこの状況から理解したことは間違っている。おまえの解釈はおかしい」
何故か(おそらく超焦っているから)勇人っぽい口調になる和也。
「いやいやいやいや。間違ってないだろう!どう見たって今の俺はイチャイチャカップルの現場に遭遇しちゃった善良な青年だろう!」
「確かにこの状況はそう見えるかもしれない。しかし待て。よく話を聞く」
(誰か一緒にいるのかね?)
和也が必死に弁解の中、通話中の電話からやや年季の入った男の声が発せられる。年齢的には六十前後だろう。声にわずかな迫力を感じられる。
(ああ、悪いな、親父。たまたま友達に出くわしちゃって。ほら、俺が前から時々話す水瀬和也と森谷智花ちゃんだ)
電話を耳に当て答える八田。一方、和也と智花の二人は電話の相手が彼の父親だったことに驚き、気まずそうな顔をする。八田はそんな二人をちらっと見て再び電話で彼の父親と話す。
(そうそう。この二人と模擬戦出ようと思って……え?うん。ああ、もう一人は何とかして決めるよ。うん、あ、そうなの?じゃあまたね)
話を終え電話を切る八田。彼はスマートフォンをポケットにしまい、再び和也と智花を見る。と二人は先程とはうって変わって嬉しそうな顔で八田を見ていた。
「な、なんだよ」
「いやーおまえをチームに誘おうと思って。おまえ強いからさ。もう先客がいると思ったんだけど、なんか丁度良かったみたいだな」
「あ、それでここにいたのか!俺はてっきり二人でイチャついていたのかと」
智花が顔を赤くして下を向く。が和也が「違う。違う」と言って否定するとぷぅーっと頬を膨らまして不機嫌そうに和也を見る。
「そもそも和君が盗み聞きなんてしようとしなければこんな誤解はされなかったんだよ!」
「とか言って智花も付いて来たじゃん?」
「むぅ……だって和君行っちゃうんだもん」
和也の腕を智花が叩く。だがあまりにも力が入ってない。彼女が不機嫌なときに和也に対して時々見せる仕草だ。
「わかったよ……悪かったって。今度一緒に縫いぐるみの店行こう。な?」
和也が手を合わせて謝る。小学生の頃から彼女が怒ったときはいつもこうしてきた。こう言うと智花は決まって
「……じゃあ今度の日曜日に原宿だよ」
と少し機嫌を直してくれる。
「あ!悪い。今度の日曜日は来週模擬戦があるから無理だ。その次の日曜日でいいか?」
「それもそうだね。じゃあ次の次の日曜日ね!」
和也は智花と次の次の日曜日に縫いぐるみショップに行く約束をしたところで八田を見る。先程しまったスマートフォンを再び手に持って画面をスライドしている。
「ツイッターを見ている感じだと徐々に四人チームができ始めている。候補に挙がるような優秀な奴はもう殆ど決まったみたいだ。二人は誰かほかに良さ気な候補いるのか?」
和也と智花が首を横に振る。和也が「そっちは?」と聞くと八田は「うーん」と唸り曖昧な反応をした。それから八田はスマートフォンをいじり笠原からのメールを見る。
「メールにもある通り、四人揃わなかったらその時点で参加できない。つまり実力はともかく確実に四人は集めなくちゃいけないってことだ。人気のない奴とかはまだ余っているだろうがそれも時間の問題だろうな」
「この三人が集まったら明日でもいいかな?って思ってたけど……今日中に決めちゃった方がよさそうだね?」
和也と八田が智花の言葉にうなずく。
「とりあえず三人の知り合いに片端から聞いていくか。連絡先わかる人にはメールで、わからない人には直接会ってみよう」
そうして和也と智花は同級生の、八田は知り合いに何人か上級生がいるのでそちらのメンバーを探すために学園を廻ることにした。
「そういえば八田君」
智花が思い出したように八田に話しかける。
「ん?何、智花ちゃん」
「その……さっきの電話。ずっとお父さんとお話ししていたの?」
「ああ、親父は仕事で海外にいてあまり会えないからな。時々電話で近況報告的なのするんだよ」
「ふーん……。模擬戦のメンバーのことを話すなんて八田君お父さんと仲良いんだね」
「お、おう!」
智花の質問に少し慌てて返事をする八田。彼は少し前を歩く二人を順に見る。大きく息を吸い込み何かを落ち着けようとする。「よし!」と言い彼は歩き出した。




