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虹の誓約  作者: mosura
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終わりの音

明けましておめでとうございます。新年の挨拶がてら、更新です!

しかしながら話は暗い。とても暗い……。

今年もよろしくお願いします。


「そろそろ潮時だろうな」

 小柄な体に不相応な軍服を着た少女が何かを悟ったかのような口調でそう言った。円卓に腰かけた他の面々は深刻そうな表情で、彼女をじっと見詰めている。その目からは失望、非難、不安、恐怖。様々なメッセージが込められていた。マキナにとって、これが初めてというわけではない。始まりのとき。この体に不思議な力が宿り、彼女が歩を進め出したときにも、こんな表情の老いぼればかりであった。

「何か言いたそうな顔だな」

 マキナが嘲笑を浮かべて、白髪の男に尋ねる。男の顔におよそ表情と言えるものはない。目に色はなく、もはや空洞のよう。鼻や口はまるで化石のように動く様相を見せない。しかし男の空っぽの瞳はたしかにマキナを捉えている。

「やはり小娘ではなぁ……」

 どうでもいいことだった。マキナは使命をしっかりとこなしたのだ。彼女の使命、それは虹の欠片の保護。欠片を道明寺神子らから守りぬくこと。反乱軍という立場を敢えて取り、騎士団や国連と正面からぶつかった。それにより欠片を彼らから隔離できたのだ。誰か必要だったのだ。正式に敵対する者たちが。奴らは強くて、狡猾。内に籠るだけでは絶対に守り通せないから。

「反乱軍は正式に降伏する。やつらは仮にも国連の名のもとに動いている。降伏した者たちをむやみに殺したりはしないだろう。幸い攻めてきているのはゼフィールとチャンだ。全軍に武装解除して、相手の指示に従うように伝令しろ」

 この戦い、負けは必至だった。兵士・魔術師の数も質も桁違い。おまけに最新鋭の魔道戦闘機など、最早チートである。今までどうにか跳ね返して来たのもジェラルド・マレフィウムやチャン・ウーが手を貸してくれていたからであった。

「ふざけるな。降伏などありえん。我々は神の遣いである魔物を崇拝し……がぁ……」

 老人の心臓を背後からレイピアが貫く。刺したのは青い髪を短く結った、背の高い女性。マキナの直属の部下であるワルキューレであり、その中でも最高の実力を持つ彼女に一切の躊躇はない。さらに他のワルキューレたちもその場に居た数名を即座に殺害した。古くから、それこそ反乱軍と呼ばれる前から、魔物を信仰して、国際組織にちょっかいを出していたような者たちである。

「よくやった。話は以上だ。今日をもって反乱軍は消える。人と人との争いはここまでだ。この先どうなっていくかはもう……祈るしかない」

 マキナが席を外し、足早に自室に戻ろうと歩を進める。そのあとをワルキューレの面々が同様にきびきびとした動きで着いて行った。

「我々は如何しましょう?」

「おまえたちももういい。降伏して、保護してもらえ。人生を再度やり直すだけの実力は十分に持っているじゃないか」

「……あなた、いえマキナはどうするの?」

「……」

 マキナが歩を止める。そしてワルキューレらの先頭に立つ青い髪の女性に近づいた。

「私はこれからマレフィウムのもとに向かう。追われる身だからな。今も笠原優一が迫っているだろう。しばらくは身を隠す。だからこれで……」

「しばらくのお別れね」

「……うん」

 マキナと女性が抱き合う。ワルキューレは皆、姉妹のように仲がいい。そしてワルキューレの内の四人は本当に姉妹である。彼女もまたその一人。

「マキナはヴェネツィアに住みたいんでしょ?だったらヴェネツィアで待っているわ。あなたは後から来てちょうだい」

マキナは嬉しそうに笑う。その笑顔は本当に輝いていて、彼女がまだ少女であることを思い出させる。そしてその笑顔のまま、自室へと入った。

「急がねば」

 マキナは机の上にあった書類を大きめのリュックに強引に詰め込む。パソコンを起動すると素早い動作でフォルダーを次々と消していく。そして右手にオレンジ色の魔力を纏うと部屋の中を無造作に破壊していった。彼女はこの件に関してあまりに多くの情報を持っている。知るべきではないことも多々。それを奴らに見られるわけにはいかない。

「ここまで上手くやってきた。最後まで抜かりなく……」

 マキナが成したのは自身の虹の欠片を守ることのみではない。水瀬和也の欠片もまた守っていた。日本の魔術学園が魔物に襲撃されているとき、騎士団の幹部たちの撤退の要因となった、欧州の魔物出現を引き起こしたのは彼女である。先日の水瀬和也への襲撃をマレフィウムに指示したのもまたマキナだ。本来であれば、後日開かれる予定であった国際模擬戦で同様の襲撃をし、彼らをマレフィウムのもとに招く予定であった。しかし想像以上の事態は急転したいたため、早めの実行となったのだ。そして今もこうして、彼らを戦場に招くことに成功した。彼らの周りにいるのはゼフィール、チャン、マレフィウム、そして我々反乱軍。安心のメンバーである。唯一の厄介者である笠原優一もマレフィウムがどうにかしてくれている。

「あとはゼフィールが気付けば……」

 すべてを抹消した彼女が、そう呟きながら部屋を出た。そして目にする。血に染まった薄暗い廊下。仲間たちが見るも無残な姿で伏している。マキナはあらゆる感情を一旦、捨てる。そしてグッと顔を上げ、正面に目を向けた。

「ま・き・な……。逃げて……」

 目に映ったのは四肢を失った姉の姿。マキナを見つめる瞳は色を失っている。マキナはそれに目を見開き、顔を落としそうになる。しかし歯を食いしばって正面を睨み続けた。なぜなら……。

「目を逸らすな。これは贖罪の機会なのだから」

マキナの視線の先、金色に輝く巨大な槍を携えた、白髪の男が無機質な淡々とした声で言う。マキナはそれが誰であるか、瞬時に理解した。そして後悔する。この男が出てくるのであれば、もっと早く諦めていたのにと。

「アラ・カルナ……。魔女との戦闘で大半の力を失ったと聞いていたんだがな」

「ああ、失ったさ。だから充電していた。本当はもう少し充電が必要だが、神子や元帥が情けないものでな。こうして出向いた。要件はわかるな?一緒に来てもらおう。砂漠の王女のように命は奪いたくはない」

 金色の槍の先がマキナに突きつけられる。インドラの槍。貫き、穿ち、焼き尽くす。現存する至高の神具。それに加えて、彼が有する虹の欠片、紫の光。そして……。

「ここまでか」

 マキナが悲しそうな表情でポツリと呟く。

「反乱軍などという烏合の衆の頭にしては物分かりがいいな。助かるぞ」

カルナは槍を下ろして、マキナに一歩、歩み寄った。その瞬間、マキナのオレンジ色の魔力が爆発的に増大する。カルナに向かって、ビームとも呼べる一撃が放たれた。強力なそれをカルナは槍でいとも簡単に弾く。

「やはりな。おまえらみたいなのは絶対にそういう選択をする」

「……」

 マキナは無我夢中で力を振るう。勝ち目はない。この男はそもそも人間と呼べるかどうかも怪しいような化け物だ。だからこれは戦いではない。自分の、姉妹らの願いを乗せた狼煙。虹の欠片とその力は共鳴する。本来であれば、ここに彼らを呼ぶつもりはなかったが、こうなった以上、託すしかない。最も彼らであってもまず勝てないだろう。しかし、彼女であれば……。

「気づいてくれ、水瀬和也」




「ここに敵の大将がいるのか?」

八田がその建物を見上げる。司徒教介らと合流した和也たちは反乱軍の首領、マキナ・フローレンがいると思われる“城”の前にいた。

「本当にここにいるの?いくら何でもおかしくない?」

雫が困惑したようにそう言う。無理もない。その建物は本当にお城なのだ。まるで中世にでも作られたかのような石造りのそれは今すぐにでも世界遺産に登録されそうである。魔術によって強化された銃、戦車、戦闘機など、ありとあらゆる強大な兵器が存在するこの時代にはふさわしくない。

「ここに至るまでに何度か戦闘になりましたが……ここには戦闘員すら見張りすらいない。さらに言うのであれば、私が認識できる範囲では魔術的防御も存在しない。あまりに怪しい。罠である可能性がありますが、それにしては逆に不自然すぎる」

 司徒教介はそう言いながら銃に弾を込めている。ここまでの道中、彼の言うように何度か敵と戦闘になった。遭遇した敵の殆どが魔術師であるため、苦戦するかと思われたが、司徒教介と菜ノ原怜の強さが光り、消耗は殆どせずにここまで来ている。故にここで、踏み外すわけにはいかない。正確にいかなければ。

「教介さんの言う通りですね。ここには敵はおろか人すらほとんどいないです。死体すらも。地図によれば、戦場のど真ん中。つまりこの状況はあり得ないと言えます。罠の可能性も高い。でも……和也さんが言っている以上は敵はここにいる……」

音羽が和也に困惑した表情を向ける。

「ここだ。この距離なら相当共鳴するから間違いない」

和也にしては珍しく断言するような物言い。智花や音羽、雫は少し驚いた表情。

「ではここにいるのだろう。問題は罠か否か。罠であれば、この人数では無理だ。最低限、緋ノ宮妃や笠原優一の合流を待つべきだな」

怜は冷静な表情で独り言のようにそう言う。その姿は刀に話しかけているようでもあった。

「……」

皆が沈黙。罠であろうがなかろうが、ここで決断を下すのはずいぶん難しい。それだけの責務を負う者がいない。司徒教介ですら迷っている。ふと、和也の服の袖を誰かが弱い力で引っ張る。和也が振り返るとそこにはイリスが嬉しそうな表情で立っていた。

「和也にはわかる?」

「え?」

「きれいな色が二つ。オレンジ色はとても綺麗だけれど、紫はとても強いよ。このままじゃあ……あ!負けた。消えちゃった」

「え?」

和也は慌ててもう一度欠片の共鳴を感じ取る。欠片の力を増幅させて、同じ力の波長を捉えるのだ。魔力を使うのと大差ない。水面を伝わる波のように、ゆっくりと確実に広げていく。

「これは……。なあ雫、虹の欠片の紫色。その保有者は?」

「……」

 雫は黙ったまま、和也の目をじっと見る。怜や音羽も目を丸くして、無言になってしまった。そんな中、司徒教介が和也に冷静な表情のまま問いただす。

「紫と言いましたか?」

「はい。聞いていた話では敵のボス、マキナ・フローレンはオレンジ色の欠片を持っているはずなんですが、反応しているのは紫色です。でもさっきまでは確かにオレンジ色の反応だったんだけどなぁ……」

 強介は目を細めて、中指で眼鏡をクイッと持ち上げた。そして無言のまま俯く。眼鏡に太陽の光が反射して、俯く彼の表情はしっかりと確認できない。和也が、いや皆が彼を見ている。

「で、あるならばそこにいるのが誰であるかは確定します。騎士団幹部の一人、アラ・カルナ。ゼフィール・エクスフォードに並ぶ、無双の英雄です。このまま突入すれば、まず死にます。撤退しましょう」

「はい」

 一同が頷く。そうして和也が城に背を向けた。その瞬間、背中で魔力が爆発的に膨れ上がる感触に襲われる。それは感じたことのないものだった。魔力とは違う、もっと輝かしくて威圧的な力。人が時に敬い、時に憂い、そして相対したもの。

「日光天照。この光に倣え」

 眩い光が目の前に降り注ぐ。その眩しさに目を瞑ってしまう。以前であれば、そのあまりに圧倒的な力に諦めることしかできなかった。そしていつも誰かが助けてくれる。しかし彼は成長したのであろう。きっちりと自分を魔力で覆う。アラ・カルナが使うオリジナルの魔術。普通であれば、魔力を纏ったくらいで防げるものではない。しかし……彼は普通ではないのだ。完璧とされる球の形状。そして溢れるほどの膨大な魔力が成す分厚い壁。それで自分は守れる。

「水瀬くん!」

 目を開ける。和也の目には、戦闘する二人の男女が映った。共にギリギリの表情。日本刀を持った女性が果敢に正面から挑み、その女性を後ろの男性があらゆる魔術でサポートしている。かろうじて、互角の打ち合い。

「水瀬くん、あなただけで撤退してください。他の方は駄目です。あなただけでも」

 状況を理解できていない頭と体。そこにその男性、司徒教介の叫び声が聞こえる。和也は言葉の意味をしっかりと理解しようとする。しかし、そうするまでもなく、自分の周りに転がっているものを見て、現状はわかった。いや、わかってしまった。

「え……」

 黒焦げの人の形をしたものが複数、微動だにしない。

「恨むな。これは戦争だ」

そのなかの一つはこれまた真黒に焦げた狐の縫いぐるみを抱いている。

「恨むな。これは贖いだ」

それが誰であるかは瞬時にわかった。当然だ。ずっと一緒に居たのだから。

「恨むな。これは神罰だ」

ずっと一緒に生きてきたのだから。

「恨むな。これは……人そのものだ」

そして……ずっと自分を支えてきてくれた。

「あ……」

 漏れ出す何か。叫ぶ出す脳に心が着いて行かない。声が出ない。声が……。




「さあ、かずや。来てちょうだい」

 優しい声が和也を誘う。思考を停止してしまった彼にとって、その声はとてもありがたい。声の方へと歩いて行く。すらすら、すらすら。まるで幽霊のようだ。向かっていく先はどこであろうか?暖かい光が待っている気がする。そうでなければ、報われない。思えばこの一か月あまり、酷いことばかりであった。学園の仲間を亡くした。友達を亡くした。親友を、愛するものを亡くした。そして……自分の人生を亡くした。どこかで気付いていたのだ。虹の欠片。これを背負った時点で自分の人生など消えたも同然。追われて、追われて。最後には死ぬのだ。それを知っていながら……。巻き込んでしまった。弱いから。一人では絶対に耐えられないから。勇人のときに後悔する機会はあった。なのにそれを逃した。いや、見逃した。だって……優しい仲間が多すぎた。支えてくれる彼女が強すぎた。

「かずや」

 その綺麗な声で意識が戻る。そこは聖堂のような場所であった。壁には白い羽の生えた天使が微笑ましい表情で、地上の者たちを見下ろしている絵が描かれている。馬鹿々々しい。本当の天使は表情をもたない殺戮兵器だ。誰がこんなふざけた想像をしたのだろうか。

「起きたのね」

 声のほうに視線を移す。そこには透き通るような銀髪の少女。イリスがいた。彼女は和也に向かって優しい表情で微笑みかけている。気のせいだろうか?彼女にしてはお淑やかな雰囲気が感じられた。

「イリス……ここは?」

 和也が恐る恐る問う。なぜかいつもより彼女が大きく、神々しく見えたのだ。まるで白翼を雄大に広げた天使のように。

「うーん。わからないわ。だって急遽入ったんですもん。でも……戦場の中にあるにしては随分と綺麗ね。攻撃されたような形跡もないし」

 和也はイリスを見つめながら、立ちあがった。腰に手を当てるが……帯びていた刀が見当たらない。

「君は……本当にイリスか?」

「短い間に、私のことをよく観察しているのね」

 イリスはそう言うと笑って、大理石に腰を掛けた。そして空を仰ぐ。手を伸ばし、何かを掴むように手を握る。

「私はイリスよ。プルウィウス・アルクス・イーリス。ユーイチがつけてくれた大事な名前」

「ユーイチ?それは笠原先生?」

「ええ、そう。私の王子様」

「イリスは笠原先生について何も知らない様子だった。でも今の君は認知できているのか?」

「そうね、虹の欠片が一か所に集合してきている。集まった力に呼応して、魔女としての私が地上に引き寄せられているわ。その影響で、この体にも元来の意識が戻ったみたい。そういう意味では今、話している私はあなたの知るイリスとは別人でしょう。でもどちらが本物かというと勿論私よ」

 和也はその言葉にさして反応を示さない。その程度のことに驚く余裕はなかった。

「イリス……智花は……」

「……」

イリスは黙ったままじっと和也を見つめる。その青い瞳に吸い込まそうになる。愚問ということか。大切な幼馴染も、新しくできた仲間も。

「みんな失っちゃったんだな」

 諦めの呟き。イリスは言った。虹の欠片が集まり始めていると。ということは騎士団の連中が回収を順調に進めているということだろう。もしかしたらあとは自分だけかもしれない。アルフレッド・スティンガー、ジェラルド・マレフィウム、アラ・カルナ。今まで戦った三人を思い返してみても絶望的な強さがあった。この世界で彼らに敵う者などいないということだろう。

「魔物よりも恐ろしいのは人間だ」

幾度となく目にした言葉が、実際に音を伴って発せられる。イリスもその言葉に悲痛な表情で答えた。彼女もまた「人の悪」を知っている。

「イリス、俺はこれからどうずればいい?」

「……」

イリスが悲しそうな目で和也を見る。今にも涙があふれそうだ。彼女にもどうすることもできない。あまりに深い人の業が、一切の躊躇なしに世界を呑み込む。それが終わりへの道だとも知らずに。神への挑戦の罰が下るのはこれからであるというのに。

「ユーイチ。これがあなたの答えなの?」

聖堂を照らす光に影がかかる。天使の羽が黒に染まる。ずっしりとした重い入り口の扉が鈍い音を立てて、ゆっくりと開く。

「お迎えにあがりました。水瀬くん。そしてイリス。生きていてくれてありがとうございます」

 声の方へ顔を向けた和也。その目に映ったのは、黒い服を着た悪魔たち。軋むような痛々しい音と共に、虹の誓約が壊れる音が聞こえる。


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