炎と剣
ここら辺からシリアス始まるよ~
「将軍、わが軍が敵を圧倒しています」
そう自慢げに報告するのは部隊の隊長だ。彼の報告通り、我らが連合軍は反乱軍を確実に追い詰めていた。作戦は実にシンプル。我らが正面から敵軍と対峙し、その背後をチャンの率いる軍が取る。これだけのことだが、強力な魔術師が多く揃う両軍隊に挟まれれば、それだけで成すすべはない。実力が確かなものであればあるほど、堅実にことをこなすべきである。もっともこれほどスムーズに進んだのは、敵兵がこちらに向かって逃げてくるという、予想外にして、不可解な現象があったから。荒ぶる炎により、占領したときにはすでに建物の多くは灰となっていた。
「それで彼女なのですが……」
誇らしいそうな彼の表情が一気に困惑へと変わる。致し方無い。なにせこの私、ゼフィール・エクスフォードですら、あれには驚いた。誰だって驚くであろう。まだ成年すらしていない女性が敵のド真ん中から余裕の表情で現れたのだ。戦場を混乱に陥れた彼女が最初に発した言葉は「ゼフィール・エクスフォードか黒守勇人に会わせろ」であった。
「私が会おう。その名が出る以上、只者ではない。」
「しかし非常に危険です。あなたを狙った刺客の可能性もある」
「それがどうしたというのだ?私が誰かわかっているであろう」
「……お連れします。お待ちを」
ゼフィールの名前が出ることはなんら不思議なことではない。彼を尊敬する者、崇拝する者、嫌悪する者、殺そうとする者。世界中のあらゆる人、あらゆる感情が彼には向けられている。故にこの名をいつだれが呼ぼうとも、そこに意味はない。しかし、黒守勇人は違う。彼の名を知る者はほとんどいない。なにせ、つい先日まではただの学生であったのだ。勉強をして、友達と遊んで、恋もする。そんなごく普通の個人であった。そして彼女はその名を、ゼフィールと並べて呼んだのだ。ならば彼女の中には間違いなく、確信があるのであろう。「黒守勇人」という人物が一つのキーであるという。
「ほう、実物はでかいな」
ゼフィールは息を呑む。天下に名を馳せる最高の魔術師。この私を前にして、彼女は顔色一つ変えない。四方を囲んでいる優秀な魔術師たちすら頼りなく思われる。
(神子、どういうことだ……。日本にこれほどの者が……)
「名は?」
「緋ノ宮妃」
緋ノ宮……。日本における古くからの有力な家系。現国防大臣も緋ノ宮の苗字を持つ。となれば神子が存在を知らないわけがない。これほどの魔術師は騎士団が把握しているべきだ。それを報告していない理由がわからない。彼女が何かを企んでいるとは考えにくいが……。
「聞いておきたいことがある」
妃の大きく意気のこもった声。ゼフィールの思考を止めさせて、強制的に意識を自分に集中させる。周りの護衛たちもそんな彼女に警戒を強めた
「どんな内容だ?」
「貴様ら、騎士団の目的と黒守勇人について」
「前者については断る。騎士団の考えを信用のない者に教えることはない。だが、騎士団の方針は人類の方針とも合致する。今、たとえおまえに直接知らせなくても、後に知ることにはなるだろう。後者についてはなんのことだか……」
「人類か……」
妃はつまらなそうな表情をした。
「騎士団の見据えるものが本当に人類などというのであれば、興味はない。勝手に魔女を倒して、人を導けばいい。私もそれの邪魔などしないさ。でもな、ゼフィール・エクスフォード。私は笠原優一の言葉で確信したぞ。とうに禁忌は犯しているのだろう?」
ゼフィールは険しい表情で妃の瞳を覗く。見える、見える。煌くは黄金の炎。そのまぶしさは昔の自分を見ているようだ。自分が初めて魔術を使ったとき、その心が躍りに躍ったことを思い出す。
「隊長、護衛はいらん。作戦にもどってくれ。私は彼女と話すことがあるようだ」
「はっ!お話の間に勝敗を決めて参りましょう」
彼は妃を囲んでいた部下たちに持ち場に戻るように命令すると、自身も武装して足早にその場から去っていく。非常に優秀な兵士たちだ。自分たちの領分をわかっている。最もそれは“優秀”なだけだが。
「さて、話を聞こう。君が言った“禁忌”とは何だ?魔術か?」
「さあな。知らん。だがあるのだろう?「虹の誓約」とはなんだ?あれの本質は魔物の出現ではないな?神々の怒りは直接、人におよぶことはないからな」
「……」
ゼフィールは座っていた椅子から立ち上がる。そしてゆっくりと歩き出した。妃も彼に着いて行く。
「魔物との決着は既についている」
「ああ」
妃は頷く。知っていた。すでに魔物の殆どが人間によって殺された。大衆には発表されていないが、魔物との戦いにはすでに勝っている。強力な魔術師が多く現れた。強大な兵器が山のように開発された。魔女が現れて五十年、速いような遅いような時の流れのなかで人類は勝利を掴んだ。
「だから聞いているのだ。おまえたちが虹の欠片を集める理由を。本当に魔女だけなのか?」
妃の真摯な問い。揺るがない瞳の炎。ゼフィールは目を瞑る。
(そういうことか。もう……変わったのだな)
「ここだ。ここで私の知っていることを話す。二人にな」
そこは大きめの軍用テント。妃は首を傾げて中を覗く。二人は目を合わせた。
(ここまで来るか、人類の炎)
(待せたな、神に仇名す約束の剣)
黒守勇人は睨むように妃を見る。それに妃は「ニヤッ」。ここに来て初めて嬉しそうな表情で返事をした。
「実のところ、私もわからないのだ」
魔術による防壁で覆われたテントの中、ゼフィールは困ったような表情でそう切り出す。かなり大きいテントだが、それでも巨体の彼は窮屈そうだ。
「君たちがどの程度№6から話を聞いているかはわからない。いわゆる初めの七人、その魔術師たちこそが初代の騎士団幹部だ。存命しているのは道明寺神子、ギオル・ベルト、アラ・カルナ、そしてこの私、ゼフィール・エクスフォード。この中で年長の二人である神子とカルナは我々のリーダー的存在であった。しかし国の優劣や、直接的に魔女を追い詰めたということもあって、次第に私を中心に置くようになっていったのだ。つまりだ、我々を生み出した者たちの真の目的はわからないということだ。情けない話だがね」
ゼフィールの話には新しい情報がある。笠原の話に出てきた、最初に魔術師となった七人はゼフィールらであること。これはとても重要だ。なぜなら騎士団という強大な組織は幹部らの意向で作られた物ではないことがわかる。五十年前というと、それこそゼフィールはまだ成年してないであろう。アラ・カルナの年齢はわからないが、道明寺神子でさえ、ギリギリ二十歳である。彼らが自らの意志で騎士団を立ち上げた可能性は極めて低い。
「つまりおまえたちは自分たちが何のために戦っているかはわからないということか?」
妃が小馬鹿にしたような態度でそう問う。するとゼフィールは少しばかり申し訳なさそうな表情になった。
「……。もしかしたら、そうだったのかもしれないな。約半世紀にもおよぶ戦い、私はひたすら魔女の妥当のみ考えていた。しかし……思えば、カルナも神子も一度たりとも魔女を倒すとは言っていなかった」
「待ってくれ。あなたが騎士団の掲げる目的に疑問を持ったのはいつ頃ですか?何が決定的な要因です?」
妃が勇人を見る。その表情は相変わらず嬉しそう。
「それは非常に明確だ。長い戦いを経てぼんやりとしていた我らの目標が再び鮮明になったとき、すなわち「虹の欠片」の回収についてギオル・ベルトが切り出した五年前。それまでは存在すら認識しなかった欠片について、急にその重要性が判明したのだ。そして多くの議論を経た。先日に水瀬和也らを襲撃したのが最初の作戦だよ」
勇人、妃はともに険悪な表情。勇人にとっては親友が襲われたということであり、妃は直接的な被害者である。妃は軽い舌打ちの後、指をポキポキと鳴らしながらゼフィール、そして勇人に向き直った。
「で、その後日、おまえのところのイカレタ魔女、ジェラルド・マレフィウムが水瀬和也を襲撃したことは知っているか」
「「な⁉」」
勇人とゼフィールが同時に声を張り上げた。
「反乱軍に依頼されたと言っていたが……。あの笠原優一の言うことだ。信用ならん。となればやはり騎士団の作戦の確率が高い。しかし?」
妃がゼフィールに目で問う。ゼフィールは首を縦に振った。
「ああ。私に連絡もなしで作戦実行はありえない」
となれば考えられる可能性は二つ。一つは本当にマレフィウムの単独行動であるということ。どんな目的かはわからないが、その可能性は十分にあり得る。それは彼女らが国とは一切無関係な状態であるから。本来であれば、たとえゼフィールや神子のように国軍とは無関係でも、その国の幹部が反乱軍の依頼など受ければ大問題になる。しかしマレフィウムに限って言えば、そうはならない。彼女の率いる「鐘の塔」は完全に独立した組織。ゆえに多くのお偉いさん方にとっては不安の種。ゼフィールが幹部に推薦しなければ、そもそも候補にすらならなかった。
「しかしあのマレフィウムが……」
ゼフィールにとって、ジェラルド・マレフィウムはとても信頼できる人物だ。それこそ幹部に推薦したくらい。多くの偉業を成して、多くの命を救ってきた。背中を預けられるほどの仲間。勇人は難しい顔をする。
「ジェラルド・マレフィウム。千の魔術を修め、千の魔術を編み出した才女。この世界で最も魔術というものに真剣に向き合っている人物。彼女の評判はあまり聞いたことはないな。笠原はなにか言っていたか?」
「ふむ。私が聞いた評判とは随分異なるな。笠原や雨堤雫が言うには、狂った殺人集団の長らしいぞ。どっちが正しい?」
妃の目を見据える断固とした意志を持つ目。世界を見守って来たその重みは妃を信用させるには十分であった。一つわかった。それはマレフィウムに関して、笠原優一や雨堤雫は嘘をついていたということ。問いただす必要はない。じわじわと追い込んでいく。
「ゼフィール。あなたからマレフィウムに連絡を取れないか?それが明白になる。それに彼女が反乱軍に付いているのだとしたら、この作戦はそう簡単には終結しないだろう」
勇人とゼフィールが顔を合わせ頷いた。ゼフィールが手になんらかのデバイスを握って、テントを出る。ここが判断の分かれ道であろう。マレフィウムと笠原優一、あるいは他の者たち。それぞれの思惑がある。この戦い、選択を誤った先には悲劇が待つ。そんな予感がする。そんな中でも、ゼフィール・エクスフォードの願いは小さな、それでいて悲痛なものであった。
「緋ノ宮妃」
「黒守勇人」
二人が同時に相手の名を口にする。勇人が睨み、妃が笑う。
「「おまえは何をする?」」
その問いは空へと響き渡る。彼方の友に聞こえていないか不安だ。
「緋ノ宮妃、わざわざこんなところまで出向いて、その満足気な表情。いったい何を見ている?おまえはこの戦いになんのために加わる?」
「ああ、黒守勇人。私は思うんだよ。これは本当の戦いではない。次に来る何か、それが私の敵だってね。だからな、ここでは見極めたいんだ。己が炎はその戦いで通用するかどうか。ついでに言うならもう一つ。その次のステージに立つ者たちが誰であるかをね。で、今のところ確実なのが二人いる。一人は私の目の前にいるんだ。だから聞きたい。おまえはどうする?またお友達を守るか?」
「……」
勇人は黙ってしまった。彼女の言うことはあまりに意味のないことだ。人間が五十年間戦ってきた魔女や魔物。それらは本当の敵でないという。そんなこと誰も信じない。なんの証拠もなくそんなことを言われても当然、気にも止めない。
「俺は……」
でも黒守勇人はわかる。目の前で偉そうにしている黄金の炎。熱く、雄大にゆらゆら揺れる。その炎が見据えるのは次なる舞台。中心にいるのはもちろん彼女であろう。では……自分はどうする?わからない。彼女とは違い自分は弱い。目の前の不安を拭っていくので精一杯だ。
「まあいい。今日は存在を確認したくて来たんだ。さすがに死亡と報告されたときには驚いたが……。やはり私の感覚に間違えはないな」
二人が話を終えるとほぼ同時にゼフィールがテントに入ってくる。その表情は厳しいものだ。急いで身支度をしている。
「マレフィウムは何か言っていましたか?」
「すまないが、これは極秘の内容だ。今から神子のところへ向かう。勇人、おまえにはあとで伝えよう。それから緋ノ宮妃。申し訳ないが君には言えない。情報を提供させておいて、こちらからは何も教えられないというのは不公平ではある。しかしこればっかりは駄目だ」
そもそもジェラルド・マレフィウムのことを教えたのは妃だ。にも関わらず、そのことの真相を彼女には言えないという。これには妃も怒り心頭……かと思いきや、満足気にわらっている。
「まあそういうこともあるだろうな。いいぞ、そっちで頑張ってくれ。では私は戻るとするか。押し付けてばかりで、さすがに教介に申し訳なくてな」
妃がテントを出る。あとを追うように勇人もテントを出た。
「しばらくはあいつらを頼む」
「学園の生徒である以上、頼まれなくてもやるさ。おまえのことはどうする?菜ノ原怜あたりは嬉しさのあまり泣きそうだが?」
勇人は天を仰ぐ。最後の機会だろう。今なら普通の学生に戻れる。
「いつか……。いや、近いうちに。自分で会って、自分で伝える」
「そう言うと思ったよ」
妃が背を向けたまま答える。勇人から見ても、この緋ノ宮妃という存在は異質だ。普通の人間とは違う。強いから?美しいから?それとも性格が?いや、そうではない。まるで自分とは別の種類の生き物。そんな違和感。唯一無二の特別な存在。仮にそうでなかったとしても、少なくとも勇人にはそう感じさせる。
(頼む)
勇人は遠ざかっていく彼女の背中に小さな声でそう呟いた。
「虹の誓約」としての終わりは近づいています。年度内には終わらせたいな。
ぼちぼちちょっとした設定の説明とかしたい(自分がやりたいだけ)




