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虹の誓約  作者: mosura
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人の敵

今回は早かった(短い)

和也、智花、イリスがともに背中を預けあうようにして、構えている。敵がどこにいるかわからない。八田が使うような幻術と似ていて、しかし確かに実在する白い靄にその存在を溶け込ませている。

「ふふ、可愛い、可愛い坊やたち。そんな弱くて何をしに来たというの?」

 妖艶で、恐ろしい声が靄の中から響く。雫が戦闘を始めた地点から一キロほど離れたところで彼女は待ち構えていた。欠片の共鳴を頼りに進んだので、おそらく敵のボスにより近い場所。彼女もまたワルキューレと名乗った。前情報によればワルキューレとは反乱軍の親衛隊。つまり強力な魔術師であることは間違いなかった。故に和也は逃げることを選んだのだ。それが間違いだったかどうかはわからない。しかし逃げきれなかった。敵は強かった。自分たちの魔術はほとんど無効化されてしまい、一方で敵の魔術は徐々に徐々に自分たちを追い詰めていく。魔術における可能な限りの手は既に打った。しかし敵の方があらゆる点で優れている。八田と雫の合流までどうにか耐えなければ……。

「和也!」

 イリスが叫ぶとともに靄のなかに僅かな銀色の光を確認する。それが攻撃であることは直観的にわかった。和也は手に持った刀でその刃を弾く。その感触に和也は驚いたような表情をした。

「あらあら」

 ワカメのような髪の合間から除く充血したような赤い目。女の顔が一瞬だけ目の前に現れたのち、嘲笑うようにして再び靄の中に溶け込だ。和也は刀を構え直す。

(技量は向こうが上だ。でも……)

学園での戦闘からわずかな期間であったが、和也は勇人の使っていた刀を少しずつ使いこなせるようになって来てはいた。本来であれば足りない筋力は有り余る魔力が補ってくれる。もちろん技術についてはまだまだ。それでも刃に魔力を乗せることくらいは習得した。騎士団の幹部には届かなくても……。

「智花、あれ使えるか?」

「う、うん」

「じゃあ次にあいつが現れたときに俺の手前で発動してくれ」

「了解です!」

 智花も当然余裕がない。ないのだが……その自然にとってしまったであろう啓礼のポーズが和也の表情を少しだけ和らげる。

「おい、だれだかわからない人。俺の名前は水瀬和也だ。この意味がわかるな?」

 ほぼ言い終えると同時。再び銀の光が和也の目の前に現れる。しかし和也の構えはさきほどとは違う。いわゆる上段の構え。敵を上から下へと一刀両断する攻めの姿勢。

「コン吉さん!」

 和也の心臓に刃が届く、そう思われた瞬間に女の視界は真っ黒になった。全身にモフモフとした感触がある。そして、そのふざけた触感から離脱しようとした次の瞬間にはそれが無理であるとわかった。

「上かしら」

 女は叩き潰すかのごとく膨大な魔力が迫るのを感知。手に持ったカトラスでそれを防ごうと構える。しかしそれは大きな過ち。なぜならそれこそ和也がこの状況で見つけた唯一の勝ち筋なのだから……。

「うおりゃ!」

 和也の刀がコン吉さんごとカトラスを粉砕した。上段からの渾身の一振り、和也の絶大な魔力、そして多少の無茶ではその刃に傷の一つも入らない刀。和也はさきほど女の攻撃を受け止めた際に、その威力の弱さに気が付いていた。故に一撃だけでも刃と刃が交錯する状態であれば、勝てると感じたのだ。カトラスを砕いた刀は止まることなく女の頭を真二つにする……はずなのだが……。

「ああ、うざい。さっさと殺すわ」

 気が付くと、刀が彼女の髪の毛によって拘束されている。和也は何とか引き抜こうとするがびくともしない。そして和也の肩を何かが貫く。

「くっ」

 それは女の髪だった。鋼鉄ほどもの強度の髪の毛に自分の右肩を刺されている。そして正面をみるとさらに何本もの髪が和也を狙っている。

「和也、刀から手を放して」

 イリスの指示通り手を放す和也。しかし鋭い槍のような髪は確かに迫っている。

「――」

 言語としてはもはや認知できない美しく、虚しい音が響き渡る。確かに騒音とも言える音量でありながら、不思議なことに煩いと感じない。和也は音を発したであろうイリスを見ながらも、確かに自分の前に築かれた白い透明の壁が敵の攻撃を防いだ事を確認した。

「なんだこれ」

女はすぐさま次の行動に移った。大きく跳躍してイリスの目の前に移動。赤い目をパっと見開くとその目へと爪を立てる。見るに堪えない光景に智花は悲痛そうな面持ちで目を瞑ってしまった。

「私の美しい目……あの少女の「魂」を見て」

 血の滴る目がイリスを捉える。そしてゆっくりとした動きでイリスのことを覆うように、掴むように手を構えた。和也はそれが危険なものであると判断。落ちている刀を拾って投げつけるも意志を持つかのような女の髪がそれを防いでしまう。

「あ…ぁぁ……」

イリスが呻くよう声を出し、苦しそうにする。それを見て女は笑う。とても愛おしそうに笑って、笑って、笑って。そして……顔を歪めた。

「いや……いやいや……いやいやいやいや」

 女が髪を狂ったように掻きむしる。その表情は狂気そのもの。むかしテレビ番組で見た麻薬中毒患者が同じような表情をしていたことを思い出す。和也と智花は急いで苦しそうなイリスの元へと駆け寄った。

「イリス!」

 その言葉に反応したかのようにイリスの瞳が和也を捉える。荒かった呼吸が徐々に収まり、表情も和らいでいくのがわかった。一方の敵はいまだ狂ったように転げまわり、頭を地面に打ち付けながら叫び続けている。さきほどはチラチラ確認できた一般の兵士たちもその光景に怯えてか見当たらない。

「和也……気を付けて。彼女は支配されたわ。奴らに……」

 その言葉と同時に、叫び声が止む。女が動きを止めた。わずかな静寂が戦場に訪れる。

「来るよ……人間の敵が……」

 女の体が跳ね上がる。何度も何度も跳ね上がる。背中から、お腹から、足から、腕から。何かが皮膚を突き破って出てこようとしている。あまりにグロテスクなその光景に和也と智花は抱き合うようにして目を逸らした。そして……恐る恐る目を開く。和也の目に映ったのは……体中から赤黒い手を生やして、かろうじて人の姿を保っている女の姿。その手らしきものから流れ落ちる黒い液体は間違いなくこの世界のものではない。震える。身体の中の欠片が本能的に恐怖を感じている。動けない。

「和くん!」

 女の体から手が伸びて和也に一直線。いや、欠片に向かって……。

「あなたはいったい何?」

問いかけに答えるように手がスッと止まった。智花の見つめるそれはグニャグニャと形を変える。人の顔に、獣の顔に、鋭い牙を持つ顔に、羽の生えた物に。泣きそうな顔で和也をかばうように前に出た智花。その目まぐるしく変化する何かに涙を流す。

「やめて……」

智花の言葉は通じていないのか、はたまた通じているにも関わらず拒絶されているのか。それは手の形状に戻ると、再び智花に向かって一直線。悲しそうな表情のままの智花を貫く……前に、飛来した弾丸によってぐちゃぐちゃになった。

「智花さん、離脱を!」

 もう一発。この銃弾は鳥のように自由なり。

「アルバトロス!」

 正確無比、渾身の一発が今度は本体に命中。黒と赤の混ざった液体が飛沫を上げた。ダメージはあるらしく、苦しそうな声を上げてノロノロ歩き回る。さらにもう一発。今度は完全な急所、頭に弾丸が直撃した。人間はおろか、吸血鬼でさえ致命傷である。この状況で起き上がって来るならばそれはもう生き物とは言えない。

「兄さん、あれは……」

 音羽が祈るように呟く。魔物を初めて見たとき、人はそれに攻撃していいものかと悩んだという。多くの動物を絶滅に追いやって来た業が攻撃を妨げた形だ。

“でも、これは違う”

甲高い不快な呻きとともにそれは脱皮をするかの如く現れた。その音を聞けばわかる。黒い邪気を纏った人の形をした何か。その姿を見ればわかる。

「和也、あれはね」

イリスが和也に笑いかける。和也は恐怖の目でイリスを見た。

「ギギギ」

首を傾げるような動作。その何かは音羽を見た。虫の羽音に似た音を立てている。グニャグニャと体が歪み、そして……。

「……」

 音羽に向かって伸びた多数の手らしきもの。音羽の対応が遅れる……が、それらが彼女に届くことはなかった。不気味なその生き物はバラバラになって地面でもがいている。それを無表情に見下ろすのは美しい黒髪と美しい刀を携えた女性。おぞましい黒に目を逸らしたその場の者たちは、今度は美しい黒に目を奪われる。

「……。これが……」

 怜は忌まわしく地に這いずる何かを一瞥し、呪符でそれを粉々に吹き飛ばす。今度こそ死んだ、いや消えた。和也と智花はほっとしたように尻餅をつく。音羽も冷や汗を流しながらも安堵の表情。イリスは……消えていった何かを無表情で見送っていた。

「怜さん」

音羽が高台から降りて、怜に一礼。いくつか言葉を交わすと音羽が和也たちの方へやってくる。安心したような表情。顔には笑みが伺えた。その愛らしい表情を見て、和也と智花の二人も笑顔を取り戻す。

「こうしてお会いできて良かったです!一時はどうなることかと思いましたけど……」

「音羽ちゃんはどうしてここに……いや、それより助けてくれてありがとう。さすがにピンチだったよ」

「いいえ、お礼なら怜さんにどうぞ。あの人がいなければ私もダメだったでしょう。一緒のチームになってわかりました。兄さんが認めた力量は伊達ではありませんね」

 ここ数日、怜と音羽は同じチームになったことで、連携を高めるために多くの時間を共にするようになった。そこで分かったことはただただ菜ノ原怜という人物がいかに強いかということ。音羽が初めて見た、兄に匹敵する魔術師。しかも武器、魔術から主な流派まで多くのことで共通点がある。兄を信頼して生きてきた彼女にとって菜ノ原怜は相性のいい人物だ。

「和也さんはいつもピンチですねw」

「本当だよ、もう。和くん、無茶ばっかりするんだよ。心配で見ていられないよ」

「駄目な旦那ですなー」

「音羽ちゃんの言う通り!……じゃなくて……」

 顔を赤くする智花。和也はそれを見て「ははは」と笑う。音羽はいつも通りの二人を見て、安心したように握り締めていた銃を腿のホルダーしまった。そしてイリスをチラッと見る。本能がまともに視界に入れるのを拒んだような気もした。

(もし……もし人があれと戦うのであれば……勝てない)

 「あれ」に意識が吸い込まれそうになる。しかし不幸中の幸い。いまだ四方八方から聞こえるけたたましい爆発音と銃声。その場の全員が今、やらなければいけないことに意識を戻した。そしてタイミングを見計らったかのように怜が四人に手招きしている。

「今から司徒教介と合流する。そして目標へと向かうぞ」

「待ってくれ。まだ八田や雫と……」

「安心しろ。すでに司徒が合流済だ。おまえたちを襲った敵も始末したそうだから追手はいない。問題はこれからも鉢合わせることになりそうなワルキューレどもか」

「あと笠原先生もだ!先生、一人で戦って消えちゃったの」

「うむ……」

 怜が智花の言葉を聞いて、思わず唸り声を漏らす。彼女、いや彼女らにとって笠原優一はこの状況で最も警戒するべき人物。そのことは緋ノ宮妃とも合意していることだ。故に奴を見失っている状況はまずい。水瀬和也を捉えれば接触できると踏んでいたが……それすら読まれていたか。それにしても緋ノ宮妃は何をやっている。

「とりあえず合流を最優先にしよう。それまでこの建物で待機だ。幸いメンバーは申し分ない」

 建物に入った和也たちは食事を摂っていた。皆、揃って食べよう誘われたが怜はそれを断り、薄暗い部屋で一人おにぎりを口にする。素朴で、虚しい。でも彼女にはそれで十分。あとわずか。もう少し進めばいいのだ。

「ワルキューレか」

北欧の半神。戦場において勝敗・生死を見定める者。英雄をヴァルハラへといざなう女神。

「ふっ、戦場にいることと性別くらいしか合ってないではないか。彼女らがヴァルハラに導いてくれるなら、ぜひとも私を連れて行ってほしい」

怜は腰の刀を握る。さきほどの異形。魔物とはたしかに違う何かとの戦い。私の刃はどれほどのものであったろう。学園で幾度となく打ち合った。彼は単に腕力の問題と言っていた。でも違う。見えないが、たしかにあった壁。それを少しずつでも薄くできているのか。そんな疑問がここのところ常に付き纏う。ふと、刀から熱を感じる。気が付くと手から魔力を送っていたらしい。

「いや、あいつはヴァルハラにはいないか」

怜がクスッと笑みを浮かべた。残りのおにぎりを口に放りこむ。屋外から笑い声が聞こえた。割れた窓から外を見る。嬉しそうま表情で森谷智花が雨堤雫に抱き着いていた。水瀬和也と八田慎二も笑って何か話しているようだ。そして男と目が合う。緋ノ宮妃のような派手さも傲慢さもない。学園での絶対的な二番手。決して一番にはなれない。しかし緋ノ宮妃とも同等と言えるほどの確かな自信が眼鏡の奥の瞳から窺える。司徒教介。この男もまた何かに手を伸ばそうとしているのか。


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