日常④
五人席はないので和也たちは六人席に通された。席に座るや否や八田が「腹減ったー」などと言い、メニューをめくる。和也と勇人がスパゲッティ、智花と怜はドリア、八田は……ステーキとハンバーグと唐揚げを頼んだ。注文を終えると八田が話を切り出す。
「で、どうよ?吸血鬼はやっぱり強いのか?」
「一般の方には公表されていないことだから小さな声で頼む」
怜が真面目な顔で注意する。八田は「アッ」という顔をし、手を合わせる。
「悪い、悪い。でもなんで隠してんの?」
もっともな質問に和也が「確かに」と言う。智花も首を縦に振っているので言葉には出さないが同じように感じているのだろう。勇人は答えようとしたが怜が答えたそうにしているので彼女に譲る。
「いずれ公表されるだろう。もっともありのままにとはいかないだろうが……」
「ありのままにはいかない?」
「……。吸血鬼の出現はただ現れて、危ないというだけでは済まない。魔女が操る魔物の中でも唯一高い知能を持つ、いわば魔女のスパイとも言えるものが日本の中心に近い場所に現れたのだ。普通なら世界中の魔術師を集めて対策を練る案件。もちろん国民、特に魔術師でない人たちはパニックになる」
言い終えると「はぁ」とため息をつく。ふと和也は何かに気付いたかのように「ん?」と首をかしげる。
「普通なら?つまり今回は普通じゃないのか?」
その質問にたいし今度は勇人が身を乗り出す。
「今日起きたことだからな。正直なところ何とも言えない。だが……違和感はあった。そうだな……現場の教員や来た調査員が妙に落ち着いていた。プロだからと言われればそれまでだが」
「そもそも高尾に現れて最初に気付いたのが我々生徒という時点でおかしいのだ」
怜が付け加えるようにそう言う。
「んー」とみんなして唸る。とそこに八田が頼んでいた唐揚げが運ばれてきた。
「お!うまそ。あ、これみんな一つずつ食べていいぜ」
八田に礼を言い、唐揚げをみんなで突っつく。
「難しい話はいいや。結局吸血鬼でどんな感じ」
アバウトに和也がそう聞く。すると勇人は一瞬驚いた顔をする……がすぐに真剣な顔になって質問に答えた。
「一人だとキツイがチームなら逆にやや余裕はあるな」
「ほうほう」
和也が興味ありげに頷く。それを見た勇人は不思議そうに首をかしげた。
「吸血鬼って軍隊でも苦戦するかなり厄介な敵だろう?勇人のチームそんなに強いのか?」
和也のさらなる質問に勇人と怜が顔を見合わせる。それから勇人は真剣な顔になり人差し指と中指を立てる。
「なるほど。その認識について二つ言わせてもらおう。まず一つ。吸血鬼はもちろん強い。各種運動能力、魔術レベルも人間より上だ。人間では歯が立たない……。昔はな。今は人間が強くなった。特にアパラチア山脈を境にした大決戦、「虹の聖戦」における勝利以降は人間側が様々な魔術を解明、開発し魔女や原初龍が絡んでこない限り安定して勝利を収めることができるようになっている。吸血鬼にも少数では厳しいが精鋭が数チームで戦えば確実に対処できるようになった」
勇人の話に和也と智花の二人が「へぇー」と言いながら聞いている。一方で八田はどこか冷静だ。勇人はそんな三人を見てニヤッと笑い今度は得意気な顔になる。
「二つ目は魔女の使役する魔物についてだ。まあこの辺は教科書でも習っているだろう」
和也と智花が頷いた。魔物の種類は学園に入らずともニュースなどで見かける基本の基本。授業を怠けがちな和也といえどもほぼ完璧に把握していた。
「第一種、吸血鬼。第二種、天使。第三種、狂獣。そして貴種、原初龍だろ?確かそのうちの九割五分を第三種の狂獣が占めているんだよな」
「ああ」
勇人が和也の言葉に頷く。その表情は少し嬉しそうだ。
「吸血鬼、天使、原初龍は所謂危険種。その中でも知能レベルが他に比べて極端に高い吸血鬼が第一級危険種と呼ばれる」
「うん。それも聞いたことがあるね」
「俺らの認識の何が違うんだ?」
「まあ原初龍は置いておく。あれに戦場で遭遇するのは交通事故に遭遇するようなものだ」
原初龍。人類が遭遇した魔物の中でも最も巨大で強力な魔物。過去に四度、いずれも魔物の進行が激しいアフリカ大陸の大西洋岸で目撃されている。何体いるのか、いつ現れるのか、多くのことが未だにわかっていない。一度目の出現ではむやみに攻撃して千を超える魔術師が犠牲となった。今では仮に発見してもすぐには攻撃しないようにという勧告が出ている。
「吸血鬼と天使。おまえたちはどちらについて多く教わっている?」
和也は考える。授業の内容をできるだけ思い出す。智花がそんな和也の横顔を笑顔で見ていた。
「吸血鬼かな?というか天使って名前だけでそれ以外の情報は殆ど教えてもらってない気がする」
うんうんと頷く智花。
「そうだろ?だがな、戦闘力で言えば天使は吸血鬼をしのぐ。天使にもタイプがあるから一概にそうとは言えないが……。少なくとも戦場においては戦うのであれば天使の方が恐れられる。特にタイプ〈セラフィム〉は……あれは生き物というより殲滅兵器だ」
「ええと……つまり?」
「どうせおまえたち「勇人が吸血鬼倒したんだって。凄いよな(笑)」みたいなやり取りしていたんだろ」
「それは八田だ」
相変わらずスマホと向き合ってゲームをしている八田が反応して和也を見る。それからスマホをしまい勇人を見た。
「いや、凄いだろ。普通は吸血鬼なんて倒せねーよ」
「そうでもない。吸血鬼の討伐任務において最大の難関はその発見だ。見つけて戦闘に入れば多くの場合成功する」
黙って話を聞いていた怜が再び口を開いた。さらに付け加えるように勇人が言う
「今回は偶然発見したうえに、逃走の様子を見せなかった。目的をまだ達成していなかったか俺たちが子供だから侮ったか……いずれにしろ戦闘に入った時点で吸血鬼本来の厄介さはない。とはいえ強いんだけどな」
「「へぇ……」」
和也と智花が再び同時に唸った。
「お待たせしました!」
話に夢中になっていたテーブルに注文した料理が運ばれてくる。料理が置かれると皆お腹が空いていたようで話を止めて食べ始める。そんな中、勇人の目が普段に比べてやたら上品に料理を口に運ぶ怜に向く。
「怜、おまえ普段そんな丁寧な食べ方」
「黙れ」
「はい……」
二人の会話を聞き、和也と智花は不思議そうな顔する。そして八田はニヤニヤと四人を眺めていた。この後五人は魔術とはまるで関係のない話をした。最近の芸能人の話、二年でどの女子が可愛いかという話(主に八田が)、智花の部活についての話などたわいのない話題だ。しっかりと集まって話すのが久しぶりだからか、気が付けば時間は二十二時を回ろうとしている。
「和君!私そろそろ帰らないと!明日も学校あるし……」
智花が若干和也を頼るようにそう言う。
「あ、本当だ。もうこんな時間。そろそろみんなも帰るか?」
智花の期待に応えるかのようにみんなに言う
「そうだな。今日は帰るとしよう。明日も色々あるだろうからな」
「色々?」
勇人の言葉に和也が首をかしげる。
「教員から今回の件に関して何からの連絡があるだろう。特に……いやなんでもない」
「え、なんだよ!気になるじゃん」
勇人が少し間をあける。
「別にたいしたことではないよ。吸血鬼の出現をどう説明するかってことさ」
「ああ……確かにそれが一番気になるよなー」
「まあそんな心配することもないだろう。和也はせいぜい二週間後の座学のテストの心配でもしておけばいい」
それを聞いて荷物を手に持って立ち上がった和也と八田の二人が「ゲッ」という顔をする。智花と怜は余裕そうだ。
「では私はこっちなので失礼します」
「あ、俺も違う方向だわ。和也テスト勉強頑張ろうな!じゃあな!」
店を出ると八田と怜は違う方向なのですぐに別れた。和也、智花、勇人の三人は幼馴染なだけあって家が近い。三人は先頭に和也、真ん中に智花、後ろに勇人が並んで歩く。
「なんか懐かしいな……。昔もこうして一緒に帰ったっけ?」
「昔って……二年前だよ。和君」
智花が「ふふふ」と笑う。
「あれ?そんなもんか。それだけ環境が変わったってことかねー」
その言葉に智花がニコッと笑い、勇人も軽く微笑む。それから智花は笑みを浮かべながらも悲しそうな顔になる。
「仕方のないことだけど……少し寂しいね」
「そうだな……」
和也も悲しそうな顔をする。しかし勇人は微笑んだままだ。
「確かに少し寂しいが学園で顔を合わせることができるし、こうしておまえたちとの関係も繋いでいる。忙しい日々だが……俺は満足できているよ」
それから勇人は二人の肩に手を置く。
「この先俺たちがどうなっていくかはまるでわからない。仮にも魔術師だからな。だが……とりあえず今後もよろしく頼む」
言い終わった勇人は少し恥ずかしそうに笑う。
「な、なにを言ってんだよ!いまさら……。しかも言った自分が真っ先に照れているし」
「ふふ」
和也も智花も恥ずかしそうにそして嬉しそうに笑う。魔術師であり、学園の中級以上である彼らが将来的に魔女や魔物との戦いに何らかの形で関わることは確定しているといってもいい。現状日本の魔術師が直接戦場に赴くことはあまりないがそれでも将来的にどうなるかは誰にもわからない。もし今のヨーロッパやアフリカのような状況に成れば毎日が生死をかけた戦いの日々となる。そうしたらもう今のような生活はできないだろう。三人で会って、食事をして、くだらない話をする。そんな簡単なことすらできなくなるのだ。
「あ!お母さん!」
智花が声を上げて駆けていく。気が付くと三人は智花の家の前まで来ている。ドアの前には智花の母親が立っていた。
「少し遅いから心配しちゃったわ」
「ごめんなさい!」
智花が少し申し訳なさそうに母親の横に立つ。
「こんばんは、おばさん」
「あら、和也君に……勇人君?」
智花の母は勇人を目にして少し驚いたように言う。
「お久しぶりです」
勇人は礼儀正しくお辞儀をする。
「ええ……お久しぶり。随分会ってなかったからかしら!雰囲気が変わったようで一瞬わからなかったわ」
「そんなことないよー。黒守君は全然変わってないよー。ね?和君」
「うーん……どうだろ?というかすいません。遅くまで智花を付き合わせてしまって」
「いいのよ。二人が付いていてくれれば安心だわ。それに智花だって魔術師だもの。並の変態には負けないわよ!」
「並の変態……」
「八田あたりには注意が必要か……」
和也と勇人がボソッと呟く。
「それでは俺らはこの辺で失礼します。じゃあな!智花」
「うん!また明日!」
「今度うちに遊びに来てちょうだい。特に勇人君!お話聞かせて欲しいわ」
「はい」
智花と彼女の母親が手を振る。和也と勇人は軽く手を振ってそれに答え、智花と別れる。勇人は少し恥ずかしそうだ。
智花と別れた二人は再び自宅に向かって歩き始める。といっても智花の家から百メートルほどの十字路で別れるため二人でいる時間はそう長くない。お互いその百メートルは何も話さなかった。十字路まで来る。勇人が「じゃあな」と言って、和也とは反対の方向に歩き出そうとしたときのことだった。
「なぁ勇人。なにか心配なことでもあるのか?」
「……何故だ?」
反ってきた質問に和也は首をかしげる。
「なんでだろうな?」
「なんだそれ」
勇人が笑う。
「んん……。なんていうか少し自信無さげだったというか……普段の勇人ってもうちょっと自信満々って感じじゃん?」
「そうか?」
「うん」
勇人も和也と同じように首をかしげる。それから一回智花の家のほうを振り返り再び和也を見る。
「楽しかったからな……昼間のことを考えると少し怖くなったんだよ」
「勇人でも怖くなることとかあるのか?」
「おまえ俺を何者だと思っているんだ?」
「最強の魔術師?」
「近所でなら最強だな」
「はは。あと親友」
「恥ずかしい」
「ええー」
二人で「ははは」と笑う。それから勇人が少し真剣な顔になる。
「だがおまえの言う最強の魔術師は吸血鬼の出現にびくびくする臆病者なわけだ。さて和也、おまえはどうする?」
「どうするって?」
「俺が腰を抜かして、智花が怯えているときおまえはどうするかってこと」
「ええー」
和也は少し考えるような素振をする。勇人は和也が答えるのを待っていた。和也をじっと見つめている。何かを見定めるような或いは祈るようでもあった。すると和也は「よし!」と言い、何故か自信あり気に胸を張る。
「三人でどうにかしよう!」
「……」
勇人はしばらく無言でいた。その間も和也から目を逸らさない。そして唐突にニマッと笑う。
「なるほど!それはありがたい。しかし今のお前の魔術じゃなー、どっちにしても不安だなー」
「はぁ!それ言う?もういいし。スゲー練習して強くなるし」
「ははは」と勇人が笑う。するとつられて和也も笑ってしまった。
「まあじゃあ今日はここら辺で!」
「ああ。魔術の練習頑張れよ!」
「わかっているよ!それじゃお休み」
「お休み」
そう言って二人は逆方向に進んでいく。和也の顔には笑みが浮かんでいた。




